第10話

「闘気を発動した状態のヴォルグを倒すとはな……なかなかやるじゃないか」


 ここで来た。あいつだ。


「よくここまで来たな。あのまま絶望に浸っているかと思ったが……」


 相変わらずの邪悪さ。

 

「どうした?自分から忍び込んでおいて怖気づいたか?」


 ヴォルグがかすむような暗い空気。


 こいつだ。

 こいつを倒しに来たんだ。

 そして……。


「アリシアを返せ!」


「ふはははは!やれるものならやってみるがいい!」


 こいつの後ろにはバインドで捉えられたアリシア。

 わざわざ連れてきやがった。

 なめてるな。

 でもお陰で簡単になった。

 こいつを倒してアリシアを救い出す。


「……と、言いたいところだが」


 ん?


「残念ながらもう遅い。すでに準備は整った」

「なんだと?」


「貴様らはなぜ聖遺物を手に入れたいと思う?」

「なぜ?だと?」

「そう、なぜ?だ。あれの効果を知っているのか?」

「効果なんか関係ないわ。女神さまの啓示に従うまでよ」

「女神だと?あれを持って行けと女神が言ったのか?」

「そうよ!」

「フハハハハハハ」

 突然笑い始めるカスピアン。

 何だっていうんだ。

 

「それは滑稽だな。その女神のおかげで……魔神が復活するのだから」

「なに?」

「なんですって?」

「聖遺物は力だ。神の力が収まっている。知っているか?魔神の復活には依り代となる身体と、活動するためのエネルギーが必要になる。そのエネルギーは聖遺物がひとつあれば十分にまかなえるのだ。」

「それにアリシアを使うつもりか!」

「その通りだ。その娘には素質がある。加護も持っている。十分に魔神の入れ物になるだろう」

「ふざけるな!アリシアにそんなことはさせない!」

「ではどうする?抗うか?すでに準備は整っている。あとは儀式を行うだけだ」


 儀式ってなんだ?踊りでもするのか?

 僕は怒りを抑えつつ剣を構える。


「抗えばいい。そんなことは無意味だが、貴様らの絶望を味わってやろう」

 そう言って掌を掲げるカスピアン。


 絶対に防ぐぞ。

「『聖なる炎、敵を包み込み、聖なる力の爆発をもたらせ』セイクリッドバースト!!」

「食らえ!スラッシュブラスト!!」

「無駄だ。準備は整ったと言っただろう。シャドウストライク!」

 僕らの攻撃はかき消されてしまう。


 くそっ、やはり強い。


「フフフ。では始めよう……ディーヴィナス・ポテンティアム・フレクトゥ!コラム・デオ・マルム!エト・メトゥエ……」

 

 

「パワースラッシュ!」

 そこに登場し、カスピアンに斬撃を喰らわしたのは……

 

「なんだと!?」

「おっ、叔父さん!」

 

「エドモンド!アリシアは任せろ!」

 突如現れたアルトンがその剣技でバインドを壊し、アリシアを救出する。

 かっこよすぎるやろ~~~

 しかも、僕の憧れのパワースラッシュ。早く使えるようになりたい。


「シャドウストライク!」

「ウォーターキャノン!」

 アルトンとアリシアを狙ったカスピアンの魔法をリリアが得意の水魔法を当ててそらす。

 その隙に離脱するアルトン。


「もう一人いたとはな」

「さぁ、これで儀式はできない。諦めろ!」

「調子に乗るなよ、小僧」

「ぐっ」

「あの娘が使えれば手駒を減らさずに済むと思ったが、奪い返されては仕方ない」

 そう言うとカスピアンは床に手を突っ込む……。

 

 なんだ?

 あそこは……そうだ、あの魔女が影に沈んだところだ。


「だいぶ回復しただろうモルガーナ」

「カスピアン、何を?」

「儀式は続行ということだ。ディーヴィナス・ポテンティアム・フレクトゥ……」

「まさか!やめろカスピアン!?やめて」

 おい、待て。魔女はお前の仲間だろう?


「コラム・デオ・マルム……」


「やめて、カスピアン、やめて、」

 涙でぐちゃぐちゃの顔で懇願する魔女……。

 おい、ふざけんな!


「エト・メトゥエ……許せ、モルガーナ。はじめから……もしいい身体を見つけられなかった場合、こうするつもりだったのだ」

「ワタシでは……タリない……ハズだ!?」

 衝撃に目を見開く魔女。

 いやいやいや、可哀そうすぎるだろう。

 わざわざ余計な言葉でショックを増やしているのがまたあくどい。


「そんなことはない。お前は優秀な闇魔導士だ。いくぞ!デストルクティオネム!!」

 突如としてカスピアンの前に黒い靄が発生し、モルガーナにまとわりつく。

 なんて邪悪な気配……。


「あ あ あ あ あ……」

 飲み込まれていくモルガーナ。


「さぁ甦れ。その力ですべてを焼き尽くすのだ!」

 こいつはイカレてる。

 仲間を食わせて……いや、最初から仲間とかじゃないんだろうな。ただの道具だ。


 そしてやってくるのは魔神……本当に?

 

 リリアを庇える位置で僕は身構える。


 黒い靄はどんどん濃くなる。

 カスピアンのやつ後ろに下がったな。

 間にある靄のおかげでよく見えない。


 ドクン!!!!


 いや、来た。

 明らかに重苦しい気配。

 湧き上がる恐怖。

 息が苦しい。

 

 ……僕は立てているのか?

 目が動かせない。

 体も動かない。

 

 リリアは?

 そうだ、リリアだ。

 僕は彼女を守る。

 約束したんだ。

 絶対に。


 こんなところで這いつくばってるわけにはいかないんだ。

 押し返せ。

 こんな気配がなんだ。

 気配だけじゃないか。

 いまだに霞は晴れない。

 でも、モルガーナが動いているようには見えない。

 空気が動いてない。


 構えろ。

 なにが来てもいいように。

 魔法だろうが、スキルだろうが。

 受けて立ってやる。

 後ろには大切な人がいるんだ。

 退けないんだ僕は!

 

 霞が上がっていく。

 そして……。

 なんだ?

 なにが現れる?

 ほんとに魔神か?

 

 

「おぉ……おぉ……なぜだ?なぜ??」

 なんだ?カスピアンが上を見上げて呆然としている。

 霞がカスピアンに降り注ぐ……。

 

 上手くいかなかったのか?

 モルガーナが言うように足りなかった?


「うぉおおぉぉぉおおおおおおおお!!!!!」

 霞が全てカスピアンに取り込まれた。

 なんだ?どうなった?


「フハハハハハハ!これは……これはいい!!」

「!?!?」

「魔神復活は失敗したようだ。残念ながらやはりモルガーナでは足りなかったようだな」

「やはりだと?お前!人の命を何だと思ってる!!」

「人の命だと?お前たちこそなんだと思っている」

「どういうことだ?」

「貴様らは奪ったではないか。私の、妻を。娘を。敬愛するあの方も。全て。奪ったではないか!」

「ぐぅ?」

 魔法になっていないが、すさまじい魔力を叩きつけられ、僕は剣で受けながら吹っ飛ばされる。

 剣が折れる音がした……。

 

 リリアも余波で一緒に飛ばされてしまったが、あいつから遠ざかれた。

 

 

 こいつはなにを言ってる。

 僕はなにも奪ったりなんかしていない。

 混乱しているのか?

 でも、それが動機か?


「奪われ、復讐でもしようとしたのか?」

「そうだ!あの日誓ったのだ。全てを奪われたあの日」

「誰にだ!お前が復讐しようと勝手だ。それに無関係の奴らを巻き込むのか?」

「全員同じだ。同罪だ。あの日、全てを失った私に、誰も手を差し伸べなかったではないか。むしろ盗み、燃やし、破壊したではないか。全て……敵だ!」

「バーン!」

 詠唱もなくやつが放ったのは明らかにシャドウストライクだ。

 僕は火魔法を叩きつけ、何とか威力を殺そうとしたが完全には消せず、シャドウストライクをくらってしまう。


 こいつの力が上がってる。

 なんでだ。


「エド、魔神の加護よ」

「リリア?」

 ヒールをかけながらリリアが教えてくれる。

 

「儀式は成功しなかったけど、完全な失敗ではないんだと思う。モルガーナを生贄にして、加護を得た形で儀式が終了したんだわ」

「そんなことが?」


「よく理解しているようだな。貴様らの……絶望を」

「くっ」

「さらばだ……ナイトフォール……」

 やけに静かだった。

 自分から湧き上がる、抑えきれない焦り、恐怖。

 それに対してカスピアンの魔法はやけに静かだった。


 静かなまま、周囲が闇に包まれていく。

 まずい……。

 抗えない。

 これは破壊の闇だ。


 包まれたら壊される……。


 リリア……。


 そうだ。あっさり負けるわけにはいかない。

 僕の後ろにいるのは誰だ?


 そんなに簡単に負けていいわけがない。

 

 そんなに簡単に諦めていいわけがない。


 ふざけんな自分。

 僕は全てを出し切ったのか?

 違うだろう?

 まだやれる。

 まだ。

 

 魔力は残ってる。

 火魔法は出し尽くしていない。

 風も、光も、地も。

 まだ抗いきってない。

 すべてを出し尽くせ。

 諦めんな。


 すべてを放って、それで抗って。

 それでダメでもなんとかしろ。


 ……たしかこんな呪文だったな。

「『聖なる炎、敵を包み込み、聖なる力の爆発をもたらせ』」


 行ける……ん……?

 行ける!?

 リリアが何かしてくれたのかな?

 なんで聖属性の魔法を唱えてる?


 僕は聖属性は持ってないぞ?

 ……でも、行ける気がする。

 行ける気しかしない。


 関係ない。

 理由なんか。

 使えるものは使え。

 守れればいいんだ。

 

「行け!セイクリッドバースト!」

 闇の帳に光を打ち込む。

 ほら、発動してる。

 恐怖が晴れていく。

 そうだ。これは光魔法のエミュレートだ。光魔法のレベルが上がったのか?


 行ける!行ける!

 そのまま体が勝手に動く。

 

「『我が炎よ 立ちはだかるものに襲いかかれ』ファイヤーストーム!!!」

 続けて炎の嵐を放つ。

 火と風の合成魔法。ずっと練習してきたやつだ。


 でも、まだ足りない。

 もっと。もっとだ。

 あいつはまだ立ってる。

 

 その表情は……憤怒か?

 お前も悲しかったんだろう。

 でも、だからといってリリアを傷つけるのは許さない。


 僕は叔父さんにもらった剣を構え、魔力を貯める。

 今なら使える。

 おじさんと練習してきた技。

 さっきも見せてもらった。

 今なら使える。


「パワースラッシュ!」

 僕は闇の帳に突っ込み、スラッシュの上位スキルである斬撃を繰り出す。

 退くな!行け!

 こんな魔法がなんだ。

 僕はこいつを倒すんだ!

 行け!

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