第11話

「エド?エド!?」

 この声はリリアだ。

 僕は何を?


 

「リリア!」

「よかった、エド」

 リリアが抱き着いてくる。これは夢か?


「僕は戦っていたはず……どうなったんだろう?」

「エド……」

 リリアに抱きしめられ、息ができない……。

 むしろ息をしたくない。

 息なんか……息ってなんだっけ?

 


「大丈夫だよ、リリア。僕はもう大丈夫だ」

「よかった。エドが動かないから私……」

 心配かけたみたいだ。

 ごめんね、リリア。


「それで、どうなったんだろう?」

 こうして無事ということは倒したのかな?


 そんな僕にリリアが説明してくれる。

「魔神に強化されたカスピアンがナイトフォールって言ったかな?確か闇の大魔法だったと思う。それを使ってきたの」

「うん、そこは覚えてる」

「私、もう駄目だと思って。でも、エドは立ち上がって、セイクリッドバーストを撃ったの。びっくりしちゃった。どうして使えたの?」

「たぶんだけど、戦ってる間に光魔法のレベルが……いや、火も風もかな。とにかく魔法レベルが上がったのかなと思う」

「魔法レベルが?」

「うん。それで光魔法のエミュレートを覚えたんだと思う」

「なるほど、それで使えたのね」

 エミュレートは誰かの魔法をコピーする魔法だ。

 使用制限があると言われていて一定時間の範囲で同じ場所で使われた魔法に限定されるんだけど、誰かが使った魔法をコピーして放つことができる。

 体が勝手に動いた感じだけど、覚えた魔法を活用してリリアが使ったセイクリッドバーストをコピーして発動したんだと思われる。


「そこからも凄くて、エドがファイヤーストームを撃って……」

「そういえば撃てたね」

「そういえばって」

「だって、無我夢中で。なんか体と口とが勝手に動いた感じ。放ってるのは記憶があるけど、頭で考えた感じはないんだ」

「そうだったの。火事場のバカ力ってやつかな?」

 もうちょっとこうかっこいい言い回しはないものだろうか?

 リリアにバカって言われるのは凹む……。


「ファイヤーストームはあいつに確実に届いてたわ。闇の帳もあいつも一緒に切り裂いてたわ」

「なんか凄い……」

「エドの魔法よ?でも、本当にすごかったわ」

 なんか照れくさい。


「さらにエドは斬り込んでいってパワースラッシュを使ってたと思う」

「その記憶もある。闇の帳のせいか、魔法もそうだけど攻撃が当たったとか、斬ったっていう感触が全くないんだ」

「本当に無我夢中だったのね。でも、そのおかげであいつは倒れ、私たちは助かったわ」

 リリアの抱擁がこそばゆい。

 でも、ようやく実感した。

 あんな強いやつを倒したんだ。

 意識がないし、もう1回やっても勝てる気が全くしないんだけど。

 それでも僕が倒した。


 そういえば……。

「聖遺物は?」

「聖遺物はあいつの後ろに転がってたわ。残念ながら力を使われてしまってるけど、間違いなく聖遺物ね」

「そうなのか。じゃあ、もうリリアの力は強化されない?」

「いや、そんなことはないみたい。エドにかけた回復魔法の効果は高かったように思うし」

 

 なんて便利な聖遺物。

 ありがとう聖遺物。

 ……ちなみにこれに名前ってないのかな?

 リリアから聞いた説明だと、聖遺物っていっぱいあるらしいし……。


『エスペリア』

「!?!?」


 なんだ?

 とつぜん頭の中に声が響いた。

 表情からリリアもその声を聴いているようだ。

 エスペリアってなんだ?

 

『その聖遺物の名前だ。それがエスペリアだと、教えてやったのだ』


「誰だ!?」

 教えてくれるのはいいけど、ほんと誰だよ?

 どう考えても味方っぽい声じゃないんだけど。

 むしろ恐ろし気な声。

 少しだけ不快な高音が混ざる、気持ち悪い声。


『あぁ、わからぬか。我はハドラス』

「!?!?」

 ハドラス?

 誰だよとおもってリリアを見たら、めっちゃ驚いてる可愛いお顔が見えた。


「魔神……ハドラス……?」

『いかにも。余はハドラス。魔神でも邪神でもよいが……いずれ訪れる崩壊に抗いしものなり』


 そういいながら起き上がる男……。

 えっ?おい……マジで?

 違うだろう。

 ここは満を持してカスピアンかと思ってそっちを見たのに……。


 


 立ち上がったのはその横に倒れてた文句ばっかりの男……。


「ジャスパー?」

「アハはハはは。そうだ。改めて名乗ろうか?この悲しき下僕はすでに我が依り代。予想もしなかったか?」

 

 はい、想定外でした。

 リリアもだよね?

 あれ?……めっちゃ厳しい顔でジャスパーを睨むリリア……。

 そんな表情で見られたら僕なら何かに目覚めそうだけども……。


「あなたは。いつから?」

「気付いておるのだろう。無意味な問いかけは無意味だ」

「カスピアンの儀式は絶対に成功しなかったということね」

 どういうこと?

 

「あっ……まさか……」

「そうよ、エド。この魔神はもとからここにいた。カスピアンの儀式は魔神を目覚めさせるものであり、すでに蘇っているこの魔神がもう一度蘇ることはない。つまり、はじめから成功することはなかった」

 ひどすぎるな。

 なにがひどいって、モルガーナの死はただただ無意味だ。


「無意味ということはない。カスピアンは強化されただろう?」

「あなたはいつでもそれができるのでは?」

「そんなことはない。モルガーナの魔力を食って、ようやく余の加護のレベルが上がったのだ。そして強化された。意味はあっただろう?意味があるかどうかに何の意味があるのかが余にはわからぬが」

「お前!」

 僕はジャスパーを斬る。

 しかし……。


「無駄だ」

 一瞬で修復されてしまう。


「魔神たる余にそのような攻撃は無意味だ。人の子よ。貴様はなかなか強い。光属性を持っているというのも面白い」

 こんなやつになぜかべた褒めされている……。

 キモい。

 なんか動けないんですけど。


「すでに決まっておる。貴様が次の依り代だ。誇るが良い。貴様は神の目にとまったのだ。その努力と勇気によってな」

 近寄ってくるジャスパーの手がゆっくりと僕の頬に当たる。

 キモい。

 そういうのはリリアだけにしてほしい。


「この状況でそんなことを考える余裕……。面白いな。逃避とは違う。だが、それが貴様の心をとどめておるな」

 ジャスパーの手から何か黒いものが出てくる。

 さっきモルガーナを包んだ靄のようにも見えるが……。

 これが魔神の精神?


「精神ではない。これは……呪いだ。貴様を我が依り代とするためのな」

 キモい。

 体は動かない……。

 靄が僕に入り込んでくる。

 この感覚はあれだ……森の中で落ち葉の山に突っ込んだら体中に虫がまとわりついてきた……あのときみたいな。

 肌も、心も。

 気持ち悪すぎる。

 心がささくれだつ。

 おぞましい。


「エド、エド!」

 リリアが僕を引っ張ってくれている。

 靄から引きはがそうとしてるのかな?

 その手はなんて暖かいんだ。


「邪魔をするな、女神の手先よ」

「エドを渡すものですか。そんなことは許さない!」

 リリアが勇ましい。

 愛おしい。


 僕は……。


 その瞬間、不思議なことが起こった。

 リリアの持つ愛の女神の加護が反応し始め、彼女の体からは輝かしい光が溢れ出た。

 聖遺物が反応し、その力がリリアに流れ込む。

 聖遺物にはまだ何か力が残っていたのか……。

 

 パリ――ン!


 なんだ?


「……女神」


『そこまでです。ハドラス』

「貴様……誰だ?その力……ただの女神のものではない」

 ハドラスの浸食が止まる。


 現れたのは光るなにか……。

 魔神がそう呼ぶのなら女神なんだろう。

 

『ただの女神ですよ?しがない4級神である愛の女神です』

「そんなはずはない。4級神がそのように神聖で深い魔力を持つことはない!古代神のはずだ……」

 怒るハドラス。

 仲が悪いのか……?ってそりゃそうか。

 魔神だもんな。


『おおよそ正解です。元……ですが』

「元だと……?まさか!?」


『リリア、そしてエドモンド。よく頑張りましたね』

「はい、女神様」

 リリアが居住まいを正して答える。


 僕は黒い靄から解き放たれてそのまま床に転がる。

 疲れた……。


『セイントクルス』

 穏やかで優し気な声音から紡がれた魔法は、とても神聖で、とても強力なものだった。


「ぐあぁァぁあアああァぁあアああ」

 ハドラス(ジャスパー)が消し飛んでいく。

 あいつ……最後まで悲しい扱いだったな。

 草葉の陰でもぼやいてることだろう。


『倒せましたね。あくまでもハドラスの力の一部でしょうが……。聖遺物がここにあってよかった。お陰で出てくることができました』

「ありがとうございます、女神様」

「聖遺物にはまだ何か隠された力があるんですか?」

 僕は疑問をぶつけてしまった。


『いえ、この聖遺物……エスペリアの今わかっている効果は魔力をため込むことと聖属性を強化することです』

「えっ?女神様が現れるときに何か反応していたように見えましたが……?あと、私が頂いている加護の紋章も」

『反応は聖属性の強化だと思います。もしかしたら私も知らない何か隠された力があるかもしれませんが。あと、紋章については、すみません、私が細工をしておりました。神と見えることになったとき、救いの手を差し伸べられるように』

 

 女神様とリリアが会話している。

 無関係な立場で眺めるのであればとても眼福な光景なんだろうけど、なんだろう……こう、直視できない恐ろしさを感じる。


 

『エドモンド、リリア。聖遺物・エスペリアを見つけてくれて、守ってくれてありがとうございます』

 女神様は改めて礼を述べてくる。

 

『何かお礼ができればいいのですが……』

 お礼……できれば……。


「女神様。お願いがありまして」

『なんでしょうか?』

 リリアのお願い?なんだろう?


「エドのお父さん。ハーウェルさんを助けていただけないでしょうか?」

 リリア……良い娘すぎる。

「お願いします」

 間髪入れずに僕もお願いする。僕もそれを言おうと思っていたんだから。


『もちろんです……と言いたいところですが、それはできません』

「えっ……なぜ?」

 なんでだ。

 なぜ父さんを助けられない。

 まさか……。


『すでに回復されている方を助ける、というのはなかなか難しい問題ですから』

「「えっ?」」

 突然知らされた朗報に僕らは驚く。


「ハーウェルさん、無事だったんだね」

「よかった……」

 まじでホッとした。

 ほんとうに……。


 アリシアもおじさんが救出してくれてる。

 リリアも無事だ。

 良かった。


『そうですね、エドモンド』

 あぁ……って、えぇ?

 読まれてる?


『すみません、あなたの思考は読みやすく』

「エド?」

 いや、2人してジト目はやめて……。

 というか、この2人なんか似てるような?


『似ているでしょうね。リリアには私が加護を与えています。それは昔から……生まれたときからですから』

「えっ?」

 どういうことだ?

 聖遺物を授かった時に加護を貰ったって言ってなかったっけ?

 あれ?

 加護まで、って言ってたような。


『聖遺物・エスペリアを発見してくれた時、お礼を言いたくて繋いでしまいました。あの時は負担をかけさせてすみません』

「いえ、女神様。私は神官でありますので、いかようにも。しかも、加護の力を強化していただきましたし」

『ありがとうございます、リリア。可愛い子よ』


 ユリか???


『違います』

「エド?(怒)」

「すみませんでした!」

 見よ!全力の土下座だ!


「もう……」

『面白い方ですね。そして強き方』

 さすが土下座。効果は絶大だ。


『そんなあなた方に改めてお願いがあります』

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