第8話

「ここは?」

 目覚めたとき、僕は見知らぬベッドに……いや、ここは治療院だ。

 なんどかお世話になったことがある。

 僕は何を……?


「リリア?アリシア?父さん?」

 思い出した。邪悪な記憶。

 慌てて飛び起きる僕。


「エド、起きたのね?」

 悲痛な面持ちのリリアが僕に声をかけてくれる。


「リリア。どうした?どうなった?」

 僕は最悪の状況から目を逸らしたくて、最悪な状況ではないことを祈りながらリリアに問う。

 しかし、現実は残酷だった。


「エド、よく聞いてね。アリシアちゃんは連れ去られてしまったの。あと、ハーウェルさんは、重傷を負って今治療をしてもらってるわ。でも……」

「でも?父さんに何があった?」

 嘘だと叫びたかった。治療院で今なお治療している?どれだけ大けが?

 辺りはまだ暗いからそこまで時間は経っていないと思われる。

 でも、普通治療にそんなに時間はかからない。


「エドが私たちのところに来てくれた頃。あの男はエドの家を襲撃した。そしてアリシアちゃんを拘束し、それを止めようとしたハーウェルさんを斬りつけたようなの」

「!?!?」

 なんてことを。

 許せない。


「エレナさんが必死に回復魔法をかけて……。騒ぎに気付いてやってきた長老様たちが治療院に運び込んでくれて、セリーナさんが治療にあたってくれてるんだけど」

 頭に入ってこない。なんでこんなことになったんだ。


「状況を見ていた長老様から覚悟をしておくようにって……」

 リリアは泣いているようだ。

 僕は視線を上げられず……。


 


 父さん……ハーウェルは重傷を負った。

 セリーナさんは必死に治療に当たってくれてる……彼女はこの村の治療院の院長だ。

 とても腕の良い治療術師なんだ。

 父さんをお願いします。


 僕は許さん。

 生まれて初めて憎しみを持った。

 あいつらを決して許さない。


 僕は剣を取る。

 

「どこへ行く?」

 そう話しかけてきたのはアルトンだ。


「おじさん、僕は許せない、あいつらを。そしてアリシアを救出する」

「そうか……」

 叔父さんも悲痛な表情をしている。

 だが、治療院を出ようとする僕に話を始めた。

 

「ちょっと待て、エドモンド。数日前に森との間にある廃墟の周辺を巡回した」

「廃墟?」

「あぁ、廃墟だ。お前も場所は知っているだろう」

「うん」

 廃墟か。昔はリリアをかくれんぼしたりした場所だ。

 

「この前来た商人から廃墟のあたりに人影があったという話があってな。この時期だから遺跡探検に行くやつらが休憩でもしてたのかもしれないが、それでも一応巡回で近くに行くときに確認に行ったんだ」

「うん」

 何の話だろう……。もう行っていいかな?


「するとな。廃墟にあかりがともっていた。確実に誰かがそこにいる」

「あかり?まさか……」

 そういうことか。あいつら……廃墟に?


「そうかもしれないと思ってな。お前たちを襲ったやつら。どこから来たのかと考えると、怪しい気がしてな」

「ありがとう、叔父さん!僕は必ずアリシアを救出してくる!!」

「待て。私も行くぞ?姪のため、兄のためだ!」

 それは心強い。叔父さんは僕の剣の先生だ。

 警備隊の隊長である叔父さんは強い。


「私も行くわよ?エド」

「リリア!?」

 いや、それは遠慮してほしい……かな。守り切る自信が……。


「エド、ダメよ」

「いや、でも」

「でもじゃないの。行くのよ。アリシアちゃんのために、聖遺物のために、古代神様との約束のためにね」

「わかったよ、リリア」

「うん。あいつらは聖遺物を持って行ったわ。聖遺物がそこにあるんだから、私の力も強化されるわ。心配しないで」

「うん……わかった。行こう」


 そうして僕らは3人で廃墟に向かう。

 廃墟まではそう遠くない。

 子供のころの僕らが遊びに行けるくらいの距離だ。

 もしあいつらがここにいるなんて……舐めてるとしか思えない。


 僕らが廃墟についたころ、あたりはだいぶ暗くなっていた。

 古びた石造りの壁に囲まれたその場所は、不穏な空気と薄暗い光をまき散らしていた。


「やっぱりあかりがついてるな」

 薄暗い光だが、間違いなく誰かがいることを示していた。


「間違いないわね。聖遺物の力も感じるわ」

 リリアは聖遺物探知機のよう……。


「エド?」

 やべっ

「なんでもない。行こう」

「エド?……もう」

 

「さて、どうやって入るか……?」

 叔父さんは廃墟を眺めながら侵入方法を考えているようだ。

 それなら任せてほしい。伊達にここで遊んできていない。


「アルトンさん、侵入は任せてほしいの」

 意気込んでる僕をよそにリリアが叔父さんに話を始める。

 そこは僕が言いたかった……。


「ほう?なにか当てがあるのか?」

 叔父さんも興味を示している。


「えぇ。昔からあそこで遊んでたから。ねっ、エド」

「う、うん。そうなんだよ、叔父さん。あそこでかくれんぼするのは楽しかった」

「お前ら。あそこに近寄るなと言われなかったのか?」

 あれ?叔父さんちょっと怒ってそうな……。


「それはそうなんですが。やっぱり村の近くの秘密基地みたいな感覚でよく遊んでました」

 リリアが少し恥ずかしそうに暴露する。


「まったく……。何が役に立つかわからんものだな」

「そうですね。でも、おかげでこっそり入る経路も覚えてますから。エドを驚かすときに使ってたんです」

 リリア―ーー!!!


 それで誰もいないはずの場所から急に出てきたりしたのか。

 子供ながらにびっくりした記憶が蘇る。


「お転婆だな」

「えへへ」

 くそっ、可愛いから怒れない。


「まあいい。今の状況ではありがたい。行くぞ」

「はい、こっちです」

 僕らはリリアの示す方へ足を踏み出す。

 こんなとこに通れるとこがあったのか。

 盲点だった……。


 夕暮れから夜に変わる時。

 もっとも見えづらくなる時間だ。

 その間に僕らは廃墟に潜り込む。



 

 そんなこととは一切夢にも思わない悲運な男が呑気に通路を歩いていた。

 

「くそっ、カスピアンのやつ。何が『お前は見回りでもしてろ』だ。それしかできないみたいな言い方しやがって。誰のおかげで聖遺物を持ってこれたと思ってんだよ」


 その男は自らの境遇を嘆く『哀愁を纏いし悲運の冒険者』ジャスパーだ。

 彼はいつも通りぶつぶつ言いながら歩いてた。


 静かに、通路の天井裏に忍び込んだ僕らはその姿を眺める。

「間違いない、あいつだ。神殿から聖遺物を盗み出したやつだ」


「モルガーナも適当に治療しやがって。歩くと痛ぇじゃねーか。へぼ魔法使いが」

 彼の不満は尽きることがなさそうだ。

 そのうち壁とかにも文句言いそうだな……。


 アルトンはジャスパーが歩いてきた方を見ている。

「あいつはあっちから歩いてきたな。ということは、敵は向こうか」

「向こうには大広間があります。あの邪悪な男はきっとそこに」

 

 リリア、よく覚えてるな……。

 そう言えば階段を下りているときにスライムを落とされて脅かされたような。

 あれはこの天井裏からあの広間に出ていたのか。だから少し高い位置にいたんだな。


 思いがけず昔のことを理解した。

 どうでもいいけど。

 悔しくなんかないです。良い思い出です。

 羨ましいだろう?可愛い幼馴染との思い出だよ?

 やーい。


「エド?行くわよ?」

「あっ、うわ」

 アホなことを考えていて足を踏み外した……。

 やっちまった。


「誰だ!おまえは!?」

「チッ」

 ジャスパーに気付かれた僕とその瞬間に剣を抜いてジャスパーに斬りかかるアルトン。

 叔父さんかっこいい!


「ぐはっ」

 そしてあっさりやられるジャスパー。こいつ弱い……。

 

「エド、大丈夫か?」

「ごめん叔父さん」

「いや、いい。どうせ帰りのことを考えたら先に倒しておくべきだった。すり抜けて上に行って、もっと強いやつと戦ってるときに合流されても面倒だしな」

 かっこいい叔父さん。大事だから二回言ったよ?


「エド、ヒール」

「ありがとう、リリア」

 最高です。天使です。

 足を踏み外したときに少し挫いた足があっさり治る。


 ガチャ!ガタン!!


「なんだ?」

「あぶない、リリア!」

 僕はリリアを押し倒す。大丈夫。今回はばっちりだ。

 飛んできた何かを避ける。

 叔父さんもかわしたみたいだ。


「あはははははは!食らえ、煉獄!」

 魔法?じゃないな。なんだ。

 

 伏せている僕らにジャスパーが何かを叫ぶ。

 あれ?これまずい?煉獄ってなんだっけ?


 ぐぁ!!!

 

 何が来るのかと身構えた僕を横からの衝撃が襲い、リリアと共に吹っ飛ばされる。

 えっ?叔父さん???

 

「ぐぅ……」

 叔父さんの方を見ると、彼は黒い炎に囚われていた。


「くそ、1人だけかよ。この魔道具高けぇのによ。くそっ」

「お前!?」

「ウォーターカッター!」

「ぎゃあ」


 ジャスパーを襲う水の刃がクリーンヒット。

 あっ、倒れた。

 さすが……じゃなかった、叔父さん!


「ウォーター!」

 リリアが叔父さんに水魔法を放つ。あれは水をかぶせる初級呪文だな。


「くっ、消えない」

「リリア!僕がやる!ヴェール!」

 僕がそう叫ぶとアルトンを囲む黒い炎を淡い青色の光が包み込む。

 これは光魔法だ。あの黒い炎は闇魔法だと思うから、これで消えるはず。

 

 消えた!


「叔父さん!」

「ありがとう、エドモンド。助かった」

 そう言いつつ、叔父さんは床に座り込む。だいぶ怪我をしてしまったようだ。


「エドモンド、リリア、先に行ってくれ。私はここで治療してから後を追う」

「わかったよ、叔父さん」

「わかりました、アルトンさん」


 叔父さんは回復魔法も使えるから自らを癒したら追ってきてくれるだろう。

 僕たちは再び天井裏に上り、先を急ぐ。

 

 

「必ず後を追うからな!心して行けよ、エドモンド」



 

 そうして天井裏に戻った僕らは作戦会議中だ。

 次の大広間を覗き見たところあの2人組、ヴォルグとモルガーナが見えたからだ。

 カスピアンはいなかった。

 作戦会議は叔父さんのいるところでやってもよかったんだけど、そこは1回離れないといけない気がした……。

 

「エド。あの魔女は相当な使い手よ。以前も魔法の発動を打ち消されたわ。奇襲するなら魔法以外の方法が良いと思う」

 リリアも冷静だ。

 確かに以前は全部打ち消された後、ケダモノのラッシュに見舞われた。

 今回は……。


「今は死角にいるはず。剣技で先制したいが……」

「私があえて魔法を発動して注意をひいて、その隙に」

「それは……」

 有効かもしれないけど、リリアが無防備になる可能性がある。


「それならモルガーナに先制攻撃できる。上手くいけばそれだけで落とせるかもしれないとは思うけど。でもあのケダモノは絶対にリリアの方に回る」

 イメージしてみたが、絶対にそうなりそうだ。あの好戦的なケダモノのことだから気付くと同時に動いてきそうだ。

 

「大丈夫、私は打ち消される前提で魔法攻撃を放った後、すぐに自分に支援魔法をかけて全力で回避と防御に移るわ」

 あの魔女の反応速度なら絶対に気付くと同時にディスペルをかけてくるだろう。

 もしくは防御系の魔法を。

 有効な作戦に思える。

 どう対応してきたとしても、僕がやることはあの魔女に向かって剣撃を飛ばすことだ。

 可能なら接近して間髪入れずに斬撃も入れたい。


 悩んでてもしょうがない。

 やってみるしかないな。あの邪悪な男を倒すためには途中の障害で魔力を使いすぎてはいけないし、攫われたアリシアのことを考えたらさっさと突破したい。


「よし、リリア。やってみよう」

「うん。絶対に負けないわ」

 リリアが男前だ。

 僕も頑張ろう。


 そうして改めて僕らは大広間に向かう。

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