第27話 尾張のキサラ。朽木谷の菊幢丸。

 尾張国津島。

 尾張の経済を支える2代拠点の一つの河川湊である。

 キサラとディネの二人は朽木谷より約1日でこの町に到着していた。徒歩でである。

 以前に菊幢丸に馬に乗るより速いといっていたが正にその通りであった。

 町は活気があり、これまでに訪れた日ノ本の場所で一番の賑わいである。

 キサラとディネにとっては正に異国情緒溢れる津島で、彼女らは早速目立っていたが、そこに近づいて来るものはなく皆、遠目に様子を窺うにとどめられていた。

 さて、そんなキサラ達だが、菊幢丸は何もしないでも大丈夫とは言ってはいたがそれはそれで芸がない。

 人を呼び集め話題を提供するなら珍品でも商うかと言ったところだが、これと言った物は持ってきていないし、魔法商品を気軽に扱う訳にもいかない。

 身一つでできそうな物は魔法くらいだが、と少し考えてキサラは旗指物を扱う店を探して一本の幟を購入した。

 その際に店の人間に酷く驚かれたが、これまでの人の反応からしてそんな物だろうと気にも止めなかった。

 そして買った幟に日ノ本の文字でこう書き記す。

 「万病癒して候」と。

 これをディネに持たせて、町の視察を兼ねて練り歩くのである。

 かなりの人の出入りがあるが、キサラ達の周囲にはぽっかりと穴が開いたように空間が出来ていた。


「あ、あのぉ~」


 そこへ侵入する男が一人。恐る恐るキサラ達に声を掛けてきた。

 言葉が通じるのか疑問を抱きつつもだ。


「なんだ」


「っ! あ、あの、この幟に書かれている事は本当でしょうか?」


「勿論だ。嘘を宣伝する趣味は持ち合わせていない」


「実は、手前どもの大旦那様が重い病に罹って医者にも匙を投げられる始末でして……」


 流暢な言葉に安堵した男は事情を語りだした。

 具合が悪くなったのは半年ほど前だという。食欲がなくなり腹が痛くなって嘔吐したり、便に血が混じっているという。

 以前はふくよかだった身体も見る影なくやせ細ってしまったそうだ。

 

「なるほどな。その病は、今のこの国の医学では治らないだろう」


 症状を聞いただけで病名が大体理解できた。恐らく、胃癌だと。

見れば一発だが、転移もしていよう。


「そ、そうですか……ですが、その、この国と仰るようでしたら貴女様には治せるのでございましょうか?」


 微かな希望に縋るように問いかける男にキサラは何時もの調子で答える。


「治せるぞ。治してやろうか?」


「本当でございますか! 是非にお願いいたしとうございます!」


「ああ、で、何処へ行けばいい?」


「少々遠いのですが、屋敷までご足労願えますでしょうか?」


 申し訳なさそうに頭を下げる男に「問題ない」と応じるキサラに、男は更に深く頭を下げるのであった。


 男に案内される道中で、男が仕える家は武家で生業に馬借を営む土豪だという。

 今日は津島まで荷を運んできて偶然にもキサラ達と出会ったということになる。

 運が良いとしか言いようがない。

 もしも今日、この日に津島に用がなく訪れていなければ、その大旦那とやら運は尽きていたであろう。

 そうこうしている間に、男が仕える屋敷に到着した。

 後に小折城が築城され、生駒屋敷と呼ばれるようになるそこは、今はまだ土豪の館であった。

 

「あら、茂平、お帰りなさい……そちらの方々はどちら様でしょう?」


 戻って来た男達を出迎えたのはまだ幼い童女であった。

 彼女は、見た目からして珍しいキサラ達に驚きはしたが、それを態度に殆ど出さずに茂平と呼ばれた男にその素性を確かめた。

 中々に出来る娘の様である。


「ただいま戻りました、お嬢様。こちら、大旦那様の病を治せるとのことでお連れしたお客様でございます」


「まあ!? 御祖父様を治せるのですか!」


 驚き目を開く童女の顔がキサラ達に向く。

 その表情は何か信じられない物を見るそれだが、特に不躾なものではなかった。純粋に驚いているだけであろう。


「お見受けしたところ、何処か遠くより参られたお方々とお見受けいたします。どうか祖父様をお助けください」


 丁寧な礼を披露するのは流石は武家の娘、つまりは姫という所か。


「うむ。任せておけ。それで、誰が病人の所まで案内してくれるのだ?」


「それでしたら、私が。茂平、貴方は馬を厩へ戻しておいてください」


 そう茂平に命じると童女は先頭に立ち差しの奥へとキサラ達を案内した。

 それなりに大きい屋敷の廊下を歩き、離れへと通される。

 別に人にうつる病ではないが、その様なことは知らないのか、それとも静かな場所で休ませるための配慮なのかは分からないが、家人らとは別の場所で寝かされているようだ。

 案内された部屋の前に待機する侍女に話を通して中に入れてもらう。

 そして、初老の病人を一目見るなりキサラは言った。


「ここまで酷いとはな。もって、あと10日程か」


「主様の仰るとおりかと」


 ディネも追従する。

 それを聞いて悲嘆の声を童女が上げた。


「そんな! もう助からないのですか!」


 だが、それを一刀両断に切り捨てるのがキサラという娘である。


「いや。心配いらない。アタシが来たからには病気で死ぬなんて事はさせはしないさ」


 そして病人の上に手を翳すと、そこから埃でも払うかのようにしてパッパと払うようにすると、苦しそうな顔をしていた初老の男の顔が安らかな物に変わった。

 それからすぐ、男は目をゆっくり開けて乞うのたまわった。


「ここは極楽か……天女様がおられる」


 寝起きで初めてキサラを見ればそんな感想にもなる。

 それが当然とばかりのキサラとディネだが、そこにガバッと男に縋りつく童女。


「お祖父様!」


「? ……おお、なんとういう事じゃ、お類、お前まで身罷ってしまうとは、儂の病が移ったのか? おお、おお……」


 と慟哭しだす男。


「何を馬鹿な事を申してるのですか! 生きておりますよ! 私もお祖父様も!」


 勝手に殺されてしまったお類という童女が頬を膨らまして抗議するが、その表情は何処か嬉しそうである。


「な、なんと! 儂は生きておるのか!? もう駄目じゃと何度も思っておったのに……言われてみれば、腹も何処も痛くはないの……?」


「そうですよ。生きておられます。ここにいるお方のお陰で。ですよね?」


 キサラに確認してくるあたり、お類も半信半疑な部分があるのだろう。

 それだけあっさりと、男の状態が良くなってしまったのだ。


「そうだ。病は完治した。弱った臓器などもついでに元に戻しておいた。もう床を払って普通の生活を送れるぞ」


 キサラにそう言われて、腹のあたりに手を添えて擦る男。

 首を傾げながら。


「むむ。確かに、何やら腹が空いて……」


 いると言いかけた所で俄かに部屋の外が賑やかになる。

 ドスドスという廊下をあるく遠慮のない足音。

 そしてスパーンとばかりに開かれる障子戸。


「おう! 豊政の爺! 今日は鯉を持ってきてやったぞ! これを食って早く元気になれ!」


 そこに居たのは、派手な着物を着崩して腰に縄を巻いて瓢箪をぶら下げた悪ガキだった。

 その手に器用に生きた鯉の尾を掴み上げて病人が寝る部屋に堂々と乗り込んできた様はなんともうつけていた。


_____________________________________


「何? 幕府直営の宿だと?」


 一方で菊幢丸は父、義晴と談判をしていた。

 

「はい、父上。ディネが励んでくれたお陰で魔石もかなり出来ました。これを高く売る為にも魔石の利便性を広く知れ渡らせる必要があります」


 直接諸大名に魔石と使い方の書状ないし使者を送るという考えも当初はあったのだが、それで日ノ本中に広まるかと言えば実に怪しいと思えた。

 多分、いや、恐らく、魔石を貰った大名達は自分たちだけで独占するだろう。

 幕府が一定数、売ってくれるという確証を持たれるのはよろしくない。

 それでは値段が上がるのは難しい。

 そこで、商品を広めるなら商人を使うべきだと考えを変えた。

 珍しい商品を手に入れた商人はそれを高額で身分ある者らに売るだろう。

 商人が挙って買うようになれば、魔石の値段は天井知らずになるかもしれない。

 そうすれば、利益と、魔石を大名に贈る事で幕府の権威はあがる。

 そこで、商人が利用する宿を作り、そこで魔石の素晴らしさを体験させて、なおかつ宿で売買できるようにすれば、間違いなく大儲けできるはずである。

 それを熱心に義晴に説く。


「そこまでお前が申すのであれば、試してみるがいい。もとより、資金はその方が用立てたものだしの好きに使って良い」


 許諾を引き出すのに成功した菊幢丸は弾む足取りで自分の部屋に向かう。

 そこでは結果を楽しみに待っていたハンティがいた。


「どうだったっすか?」


 無言で親指を突き上げる菊幢丸。


「やったっすね!」


 宿の経営は幕府で雇った人間に任せるが、建物の維持管理および警護主任はハンティにさせるという計画を菊幢丸は立てていた。

 これでキサラ達が帰ってきても、ハンティがお役御免で引っ込められないで済むかもしれない。


「ああ、これから忙しくなるぞ。場所を決めて、大工さん呼んで、図面を書いて、材料は、朽木は元々木材の切り出しをしてるからそこから用意すればいいか……」


「ボクにも案があるっすよ。庭を作って大きな池を用意するっす。池は川から水を引いて新鮮な魚が獲れるようにするっす。お客さんに釣ってもらった魚を直ぐ料理するとか楽しいっすよ」


「おお、面白そうだね。じゃあ、料理人も大勢呼ばないとね。あとは、料理も売りにするなら調味料も色々欲しいなぁ。塩、味噌、酢、醤油、酒まではどうにか出来るとして、砂糖とか味醂が欲しいかな」


 顎に手を当てて考える菊幢丸。卵はあるからマヨネーズは造れるか、と考えてると。


「味醂がなんなのかは分からないっすけど、砂糖は造ればいいんじゃないっすか?」


「あ~、この国に砂糖の原料になる作物がないんだよ。それにあれは亜熱帯に近い気候じゃないと上手く育たない筈じゃなかったかな……」


「作物さえあれば、育成はボクが魔法で何とかするっすよ。ダークでもエルフっすからね。植物の栽培は得意っす!」


 薄い胸をトンと叩いて鼻高々に宣言するハンティにほっこりする菊幢丸。

 

「流石に商売にするほどの量は厳しいっすけど、宿のお客に提供する料理に使うくらいの砂糖は造れるっす」


「その作物なんだけど、今の日本にはないんだよね。日本より南の琉球って国にあるんだ。簡単には手に入らないね」


 ふうっと溜息を一つ吐く。

 甜菜っていう手もあるけど、あれは逆に涼しい地方向けだし、今、日本にあるのかも分からない。


「じゃあ、ボクの持ってる作物使ってみるっすか?」


 ゴソゴソとエプロンの裏を漁って、一本の植物の節を取り出すハンティ。


「シュガースティックの苗っす」


 手渡されたそれは、あまり詳しくないが菊幢丸にはサトウキビの苗の様に見えた。もしかすると同じなのかもしれない。

 キサラも米を知っていたし、麦なんかも同じらしいからその可能性はありそうだ。


「これは、砂漠や雪山の様な極端な環境じゃなければ育つように改良されてもいるっすよ」


 試してみるかと問われたので、とりあえず庭に出てみることにした。

 

「どんな感じか見て貰うために高速育成するっす」


 苗を適当に土に差し込んで、呪文を唱えるハンティ。

 するとあっという間という程早くはなくとも見る見る内に、ってレベルの速さで茎が伸びて葉が生えてグングン大きくなって菊幢丸らの身長を軽く超えて三倍近い高さまで成長した。

 それは紛う事なきサトウキビだった。

 大体5分くらいだろうか。掛かった時間は。


「これ、サトウキビみたいだね」


「そうなんすか? 同じ種なのかもしれないっすね」


 菊幢丸が高く伸びたそれを見上げて言うと、ハンティはその茎を手折る。

 そして、”加工”と魔法を唱えると手にした茎は真っ白な粉へと変貌を遂げた。

 大きさからして小さなハンティの掌に納まりきれずにパラパラと地面に降り注ぐそれは雪の様に真っ新な白色をしていた。


「舐めて見るっすよ」


 ハンティが手を差し出してきたので、思わず舌を出してペロッと白い粉の山を嘗めとる菊幢丸。

 普通なら指で摘まむなりするところなれども、その辺に気を使っていないのは、反射的な行動だったからか、疾しい心があったからかは分からない。


「甘い。間違いなく砂糖だ!」


 本当の所は装置を使って成分を調査しなければ分からないだろうが、味といい見た目といい、この時代では砂糖と認識されることは疑いようがない。


「よかったっす。これで料理のレパートリーが増やせるっすね!」


「うん! これはお城でも毎日使いたいな!」


 この時代、甘い物は水菓子くらいしかなく、砂糖はその希少性から薬として使われていたくらいであり、甘味から久しく遠ざかっていた菊幢丸はテンションが天元突破していた。


「大丈夫っすよ。まだまだ沢山あるっすから」


「そうなの!? あ、じゃあ、これを専用の畑で栽培もできるかな?」


 ハンティはこのサトウキビは何処でも栽培できるって言ってたはずだ。

 という事は、返事は勿論……


「できるっす!」


 元気一杯花丸笑顔頂きました。ありがとうございます。


「こうしてみると、名前が違っても同じ動植物はあるもんなんだね」


「人間という種族の共通があるっすから、不思議じゃないっすよ」


「それもそうか」


 それじゃあ、と菊幢丸は話を続ける。本来ならまだ日本に入ってきていない作物で異世界産の物はないか。思いつくものを片っ端から上げていき、どういった形状だとか味だとか説明する。

 するとその中に心当たりがある物をハンティが取り出して何処でも簡単菜園魔法で育てて確認をするといったやり取りをすることで、約二刻。

 ジャガイモ、サツマイモ、トウモロコシ、カカオ、ピーナッツ、キャベツ、ホウレンソウ、トマト、タマネギ、ピーマン、パセリ、セロリ、ニンジン、スイカ、メロン、パイナップル等が手に入った。

 ついでに香辛料で黒胡椒も獲得した。

 これらは速成魔法を使わずともどんな場所でも育成できる改良品種である為、世話が簡単で季節も選ばないために物凄い速さでやがて日ノ本を席巻する事になるのであった。更に未来では世界を相手に輸出するほどの大産業に発展していくことになり外国の在来種を脅かす程になる。

 その様な偉業とも暴挙ともいえる事は、元はといえば、ただ美味い物を食べたいという現代人の味覚を持った一人の転生者の欲から始まったことを後の歴史書は伝えていない。

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