第26話 朽木谷同盟と増えるメイド

 今、朽木谷城には六角定頼がやってきている。

 勿論、朝倉との同盟の話をするためだ。

 宗滴は朝倉家の事を考えつつも、幕府に仕える事になったからには、幕府にとって何が一番利となるかを考えてくれて、同盟に同意をし、朝倉家を説得させていた。

 朝倉家としては、特に考えもしなかった事ではあったが、別に六角を敵にするでもないし、南が纏まれば加賀に集中出来る事、人材の育成に注力できる事から特に反対意見は出なかった。

 懸念の北近江を幕府預かりにするという点も賛成派を増やす要因でもあった。

 幕府が自前で兵を持てば、加賀と戦いになった際の援軍も望めるからだ。

 対して、六角定頼は、最初に話を伺う前に驚かされた。

 幕臣として宗滴を紹介されたからだ。

 キサラが当初思った通りに定頼は焦った。いつの間に、幕府はこれほど朝倉と誼を深めたのかと。

 しかし、それを顔に出す定頼ではない。胸の内に押しとどめ、堂々と渡り合う姿は流石の一言。


「朝倉家との同盟でございまするか……」


「我ら朝倉方に否はございませぬぞ」


 宗滴が真っ向から肯定して見せる。

 暫し、沈思した結果、六角としても反対する必要性は殆どない。

 同盟がなれば、西の戦で朝倉の支援も望めるであろうし、幕府の軍を歴戦の名将宗滴が率いるのなら願ったり叶ったりである。

 互いに目を向ける方向が違うのだ。朝倉は東の加賀、六角は西の機内。

されど、問題は両者ともに少なくない因縁がある北近江の浅井の処遇についてだ。


「上様、浅井についてその所領を幕府直轄にするとのことでしたが、久政が素直に頷きましょうか?」


「幕府は浅井の所領を認めておらぬ。北近江は元々、京極家の物ぞ。それに異を唱えて幕命に従わぬのなら、討伐するまでよ」


 義晴の強気の態度に内心唸る定頼であった。

 この御仁は本来、性穏やかで将軍の権威の為だけに生きてきたはずなのだが。

 朝倉宗滴を幕臣に招いたり、朽木谷城を難攻不落の城に改築したりと何かが変わった。


「上様、失礼ながら、どの様な心境の変化があったのでございましょうか?」


「何の事はない。今までのままでは、幕府に先はないと悟ったまでよ」


「しかし、その思案、今までの上様の物とは思えませぬ。誰ぞ、知恵者でもお傍に置かれ成されましたか?」


「ふむ。流石、定頼よ。鋭いのぅ。だが、新しく仕えさせたというよりは元から居ったのだ」


 したり顔で応じる義晴に難しそうな表情の定頼。

 その様な幕臣は居ただろうかと。


「分からぬか? そら、我が息子菊幢丸よ」


「菊幢丸様でござりますか!? いや、確かに神童とのお噂は、某も耳にいたしておりましたが、確かまだ十かそこいらでしたはず……」


 当惑が現れた定頼に、義晴も宗滴もさもあらんといったところだ。


「その子供の提案が熟練の軍略家のそれだから舌を巻いておるのよ」


「うむ。宗滴の申す通りよ。前々から決めておいたのだが、菊幢丸は来年元服させて、将軍職を譲る、これに代わりはないのだが、後見は必要ないやもしれぬと見ておるくらいじゃ」


「そこまで申されまするか……」


 定頼は更に深く唸った。

 将軍職を譲るという話は既に聞いている。

 その際に、定頼に管領代についてもらって、烏帽子親を務めるとも。

 だが、後見は必要だったのだ。

 それを……


「無論、政の経験はない故、そこはしっかりと補佐はする。だが、幕府のかじ取りは息子に任せるつもりだ」


 定頼は思考する。

 幕府のかじ取りを任せるほどに将来を嘱望された嫡子の烏帽子親に自分をするほどに定頼は信頼されている。

 その嫡男が考えた六角と朝倉の同盟。

 幕府再興を夢物語ではなく、実現させるための一手。

 これは、朝倉と六角を余程信頼してなければ出来ない事。

 そこまで考えが整理できると、定頼は思った。

 面白いと。

 もしも菊幢丸がそれほどの器であれば、いずれ六角も朝倉も幕府に呑まれる可能性もあろう。だが、それでもいいのではないか。応仁の乱より続く戦で民も武士も疲れ切っているのが日ノ本の実情と言えよう。

 そんな世が終わるなら、六角が幕府の一部になろうと、家さえ残ればそれでいいではないか、と。


「分かりました。詳細は朝倉殿と六角で詰めますので、上様には仲立ちをお願い申し上げます」


 近江六角氏中興の祖とされる定頼はここに大きな英断を下すのであった。

 後に朽木谷同盟と呼ばれる幕府の要が誕生した瞬間である。


_____________________________________


 その頃のショタ幢丸、もとい、菊幢丸は一人の少女と対面していた。

 褐色肌で先の尖った長い耳を持つ、ザ・ファンタジーの代表格の一人、ダークエルフのメイドである。


「ご紹介に預かった、メイド頭のハンティ・アス・ダンティマっす! よろしくお願いするっすよ!」


 元気よい言葉遣いは、純ファンタジーではなかったっす、いやなかった模様。

 薄紫色のやや癖っ毛のあるショートカットヘアでボーイッシュな見た目のメイドである。

 エルフなら切れ長の目をイメージしがちになるが、ハンティの目はクリクリした可愛らしいオレンジの目である。

 気持ち釣り目? と思われる程度でしかない。

 そして胸である。

 エルフの胸は薄いと相場が純ファンタジーの鉄板だが、ハンティはというとそこは王道なのか、小さいが形は良いというのがその特徴的なメイド服の上から窺えた。

 因みにそのメイド服だが、スタイルが丸わかりな黒のタイツスーツに白いレースのエプロンドレスという耽美でありながら、しかし、ハンティが着ていると機能美が優先された溌溂とした健康的な爽やかさが発せられるという不思議な現象を生んでいた。

 まるでこれがファンタジーの神秘だとでも言いはっているようだ。

 それに対しての菊幢丸の印象はというとだ。


(いい! ディモールトいい!)


 そして葛藤する。菊幢丸はシャロンが好きだ。だが、このハンティという少女も捨てがたい。

 シャロンとは気も合うと思ってはいるが、付き合おうとすればキサラが掣肘するだろうから、この少女ならどうだろう、と思うのは前世で高校までしか人生経験がない菊幢丸には仕方のない事なのかもしれなかった。


「どうしたっすか? ボクに何かおかしなところがあるっす? あ、メイド服が似合ってないって言うのはなしでおねがいするっすよ。ボクも未だにそう思うっすからね」


「いや、別に……エルフは初めて見たから珍しくて、気に障ったらごめんね」


 ジロジロ見てるのをさり気なく誤魔化す菊幢丸。

 その内心で「ボクっ娘!」と喝采を上げていた。

 どうやら、このハンティというダークエルフの少女は菊幢丸の萌えポイントをこれでもかとあざとく攻めてくるようである。


「そうっすか? なら、たっぷり見ても良いっすよ、ダークで申し訳ないっすが」


「いや、どうなんだろう。エルフよりダークエルフの方が珍しいかも?」


 ダークってつくと一昔、いや、三昔くらい前だと悪い印象があったみたいだし、とか小声で呟く菊幢丸。

 もっとも、この場にいる全員、耳は良い事は忘れている。


「おい、ディネ。ハンティは止めないか? アタシらが帰ってくる頃にはアイツのお手付きにされていそうだ」


 キサラが珍しく顔を曇らせる。

 

「心配はご無用かと存じます。ハンティは元勇者なだけあって申し分なく強いので」


 かつて下級とはいえ邪神を三人のパーティで倒した実績があるのは、見た目に寄らない。

 そして、元勇者とかいうワードに菊幢丸のボルテージが更なる上昇をした。


「だがな、立場がお前の下だぞ。菊幢丸がその気になって命令したら従わないか?」


「そうですね……メイドである以上、主筋のお方のご命令に従わないわけには行きません……そう躾けておりますし」


 二人がさて、どうしたものかと相談をし始めると、そこへ慌てて菊幢丸が割って入る。


「待った、待った! 何か、僕がけだものみたいに思われてるみたいだけど! そんな事しないから! 二人が留守にしている間の護衛兼お城の管理役なんでしょ! そんなひどい扱いできないって!」


 そうなのである。キサラとディネは宗滴に続く人材確保の為に暫く朽木谷を離れるのでその間、二人の代わりになる人物を用意したのだ。

 キサラの所持枠とは別にディネは彼女が率いるメイド部隊を所有している。彼女らは依り代無くして存在できる、キサラに近い身体を持つ魂であるが、ディネの力を分けて与えている為、大人数を長時間運用するのは無理に等しい。

 故に、強くメイドの仕事も万全に行えるハンティを選んだという理由があった。


「その言葉、真心から出たものなのか? 単にハンティが気に入ったから、別の奴に変えられるのが嫌で言ってたりしないか?」


 キサラの鋭い指摘に一瞬言葉を詰まらせる菊幢丸である。

 が、しかし。

 ここで怯んではパラダイスは得られない。


「た、確かにタイプであるのは認める。ああ、認めるさ! でも、僕は、権威や立場を利用して好き勝手やる人間には絶対にならない!」


 これは菊幢丸の偽らざる本音である。

 三文小説に登場するクズやゲスとは違うと言い切れるだけの道徳はあったのだ。

 だから、こうなるのも必然であった。


「嘘はないようだな」


 嘘に敏感なキサラを納得させ、


「カッコいいっす……」


 初心なハンティに好印象を与えさせ、


「まあ、よろしいでしょう」


 何かを見透かしたようなディネに溜息を吐かせたのは。


「では、ハンティに任せるとしよう。頼んだぞ」


「はいっす! 大婆様!」


「うむ。いつ聞いても気持ちのいい返事だな」


 キサラは目を細めるが、菊幢丸はおっぴろげた。

 さり気ないやり取りにビッグワードがぶん投げられている。

 いや、会ったばかりで言うのも憚られるかもしれないが、ハンティだからこそ嫌味も何もないのは分かる気はした菊幢丸だが、キサラ相手に、その言は新鮮に過ぎた。

 だが、キサラが何も言わないところを見るとそれで良いらしい。

 

「さて、ではアタシらは尾張へと向かうが、何か困ったらシャロンやハンティに言うんだぞ? そうすれば事と次第によっては最悪、アタシらが帰ってくる」


「大丈夫だよ。史実でもこの時期に大きな事件は起きてないし、城も堅固になってるんだしね。それより、キサラが居ない間にもこっちの準備は進めないといけないから、頑張るよ」


 これまでは、本当に何から何までキサラに負んぶに抱っこだったから、と笑って二人を送り出す菊幢丸。

 そこに無理をしている様子はまるでない。

 心配も不安も必要ないのは送り出す側としては楽でいい。


「じゃあ、吉法師君によろしくね」


「どうなるかは分からないが、顔つなぎくらいは出来るだろう。話通りなら気を引かせるのは簡単そうだ」


「キサラ達なら、津島の町にいれば向こうからやってくると思うな」


 珍しい物が好きだったという彼の事だ。

 南蛮人というだけでも十分なのに、綺麗な、女のとサービスが2つもついてくるのだから、誘蛾灯に誘われる羽虫の如くに。

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