第25話 菊幢丸の将来

 朝倉宗滴は声を失っていた。

 朝倉家にも色々な城があるが、これは見たことも聞いたこともない。

 朽木谷城。

 その威容は、いや異様かもしれない。

 これには先触れに出た者も腰を抜かしたやも知れない。

 平山城の丘の麓を一回りする幅の広い水堀、その先にある真っ直ぐに切り立つ石の高い壁。

 その石が問題であった。

 継ぎ目がないのだ。

 どうすれば、この様な石壁が出来るのか想像もつかない。

 どの様に攻めればいいのか、暫し考えを巡らせるが、垂直の高さ三間(約5メートル40センチ)はあろうかという壁。

 壁下が水堀となると梯子の設置も容易ではない。

 弓矢は打ち込めるであろうが、肝心の兵を送り込めねば矢を打つだけ損をする。

 となると門を集中して攻める他ないかと目をやれば、見たこともない橋が架けられている。

 何か意味があると考えねばなるまい。

 しかし幾ら考えても答えは出てこない。


「もし、そこな御仁、儂は朝倉宗滴と申し今日より上様にお仕えする為に越前より参った者じゃが、あの橋には何か仕掛けがあるのか?」


 宗滴は名と立場を伝えて城から丁度出てきた白髪を片わなにした武士に尋ねてみることにした。


「これは恐縮でござる。拙者、塚原卜伝と申す兵法者でござる。その名も高き朝倉殿にお目に掛かれて光栄でござる」


 武士の名乗りに宗滴は驚いた。

 塚原卜伝の名はそれこそ日ノ本に轟くほどに有名だからだ。

 曰く、古今無双の大剣豪であると。


「して、橋の事でござったな? あれは跳ね橋と申す絡繰り仕掛けの橋でござるよ」


「跳ね橋とは、とんと聞いたこともない名じゃが……」


「城が攻められた折には、橋が上がり門までの道を無くすと同時に門に蓋をする形で収まるのでござる」


 卜伝の説明に戦における橋の概念が崩れ去る衝撃を宗滴は受けた。

 この城は落とせぬ。

 守る兵と攻める兵の数にもよるが、そう結論付けるしかなかった。

 もし、落とすつもりならば何百、何千の屍の山を築きそれを足場にして乗り込む他あるまいと判断する。

 そして、その様な真似が出来ようはずもない。兵は人なのだから。


「幕府が力をつけていると聞いておったが、この様な城まで作っておるとは」


「はっははは。確かに今、幕府は色々とやって結果を出しておりまするが、まあ、その殆どはキサラ殿の手柄でござる」


「ほう、では、この城も魔法とやらで?」


「その通りでござる。見ていた者によれば、水が湯に変わるよりも早く作ってしまわれたとか」


「なんと!?」


 驚き過ぎてもう一年分は驚いたかと宗滴は勘定した。

 魔法とはそれほどの技であるのか。

 もっとも、人の寿命さえどうにかしてしまうのだ、さもあらんのやもな。


「朝倉殿、先触れが参られてより、控えで案内役が待っておられる、そろそろ行かれるが宜しいかと存ずる」


 と、さりげなく角が立たぬように卜伝が注意喚起

 そうであるな、遅くなるのも失礼というもの、もう少しこの城の威容を感じていたい思いもあったが宗滴は言われたとおりに門に向かった。

 橋を興味深く観察しながら渡ると番兵が門を押し開けて、宗滴を誘う。

 名乗らずとも、もう知れているのは先触れがあった為だとわかるので驚きはないが、その先で待ち構えていた人物には目を見開いた。


「遠路お疲れ様でございます、宗滴様」


 深々と立ったまま頭を垂れる姿は姿勢が良く美しい。銀色の髪がまとめ上げられた後頭部は陽光を照り返して輝いてさえいた。

 

「これはディネ殿、そなたが案内役でござろうか?」


「はい。お誘いに上がりました主様に代わり、お出迎えを願い出ましてございます。さあ、どうぞこちらに。上様がお待ちでございます」


 宗滴の声が掛ってから面を上げたディネは全身を使って宗滴を場内へと促す。


「うむ。では、案内をお願いする。よしなにな」


「では、参りましょう」


_____________________________________

 

「今頃は、父上と宗滴さんが同盟について話し合ってる頃かな?」


 宗滴が僅かな供を連れてやってきたという報告は菊幢丸にも届けられた。

 歓迎の宴は夜にやる手筈になっているので、挨拶と役目などの大まかな話が済めば、早々に問題にとりかかってるはずだ。

 

「こら。余計な事を考えてないで、さっさと耐火魔法を掛けて行け」


 キサラが案山子隊員(案山子ゴーレムの呼び名)を一体仕上げると、菊幢丸をせっついた。

 暇を見つけては造っている案山子隊員は、現在50体にもなっていた。

 城の要所に2体配備すれば25カ所を守れる。

 案山子隊員は1体で戦力は上級武士10人になり、防衛力ではおよそ足軽では突破できない程のものになっている。

 朽木谷城内だけに限れば、もう不落の城だろう。

 菊幢丸としては案山子隊を300体は朽木谷城に配備したいと構想を練っている。

 そういう理由でキサラに製造を頼んでいるので、菊幢丸の作業の手が止まっているとキサラから𠮟責が飛ぶ。


「ごめんごめん。でも、この案山子、武器まで持てるなんて知らなかったよ」


「卜伝翁には伝えたんだがな。アンタには言ってなかったか」


 互いに作業をしながら、会話を交わす。キサラは特に呪文を唱えないでも魔法を行使できるが、菊幢丸は呪文の合間に話す感じである。

 

「それで、この刀は何処から持ってきたの? 足軽用の蔵?」


 城にある武具を収める蔵には、武将用の武具は置かず、農民兵を徴収した際に貸し出すお貸し武具が収納されていて、基本は大量生産される、数打ちとよばれる物が大半である。

 その割には、何か名刀みたいな奇麗な刃をしてるなと菊幢丸は思った。


「いや、それはアタシが昔作ったやつだ」


「え? これ日本刀だよね?」


「いや、良く似ているがアランフォードのミギサ地方に伝わる刀だ。日本刀は解析して成分や作り方は分かっているけどな、面白いことに全く同じ物だ。まあ、砂鉄ではなく普通に鉄鉱石から作ってたが」


 日本刀も別に砂鉄から作らなければいけないわけではなく、玉鋼を作れれば鉄鉱石でも問題はないのではあるが、砂鉄から作られた日本刀を読み取ったのでキサラは日本刀は砂鉄から作るものと思い込んでいる。


「へぇ……まだ僕には分からないけど、何となく名刀に思えるなぁ。そのあたりはどうなの?」


「アタシが中途半端な物を作る物か。ましてや態々、持ち歩いているんだぞ」


「じゃあ、やっぱり名刀なんだ」


「そうだな。魔法剣でないのにその切れ味は、凡百の名匠の刀とはわけが違うぞ」


 菊幢丸の顔が引き攣る。

 何、その凡百の名匠って。何か凄いパワーワードに聞こえるんですが?


「その刀の鞘には斬撃無効の魔法を掛けてある。そうでないとどんな鞘も

斬れてしまうのでな」


「え? もしかして、何でも斬れちゃう刀とかいう理由?」


「ああ、地面に切っ先を着ければ手を放した時点で鍔まで埋まってしまうぞ」


「物騒だね」


「物騒だな。だが、物騒でない武器等存在はしない。武器は武器と認識された時点で皆、物騒だ」


 哲学的というか真理なのか、言われてしまえばその通りであった。

 

「そう言えば、菊幢丸は何か武器や防具で欲しい物はあるのか? あるなら。暇な時を見繕ってつくってやろうか?」


 作業の手を止めてキサラが菊幢丸の顔を見つめてきた。

 菊幢丸は刀の刃に映った自分を見て考え込む。


「う~ん。今はいいや。どうせ直ぐに成長してサイズが合わなくなるだろうしね」


「そうか。所有者に合わせてサイズも変わっていく成長する武具は少し魔力を消耗するからな。それならそれでいい」


 キサラのそんな返しを受けて、そうか、ファンタジーなんだな、と改めて思い知らされる菊幢丸。

 

「まあ、僕も何時かこんな刀が栄えるようなカッコイイ男になるさ」


 その時に似合った武具を作ってもらおうと、そう思った菊幢丸だったが。


「え?」


 何か、キサラから意外な物を見た様な声が洩れ出たのを耳にした。


「? どうかしたの?」


「いや、アンタさ、格好いい男になりたいのか?」


「そりゃあ、僕だって男だからね。それに足利義輝って言ったら剣豪将軍の異名を持つんだ。それに相応しい、逞しく凛々しい男になりたいさ」


 例えるならどんな人物か、と頭の記憶を探る菊幢丸にキサラがモゴモゴと声を掛ける。


「いや、あのさ、こう、見た目、何かより、世に勇名を語られるような生き方的な格好良さを目指すといいんじゃないか?」


「それもいいけど、見た目も大事だよ。やっぱりね。ああ、でもこの時代の肖像画とかカッコイイとは思えなかったなぁ……日本画じゃなく西洋画のような写実的な似顔絵を残せるようにしないといけないな」


 歴史の教科書に載っていた信長や家康の肖像画を思い出して深く考え込む菊幢丸。

 そして閃く。


「そうだ。キサラに描いてもらおう。勿論、できるよね!」


「アタシは嘘は嫌いなんだぞ」


 という事は、何でもできるのは嘘じゃない。

 なら、問題なし!

 なのだが、キサラの表情が渋い。

 何故だ。


「事実を曲げた絵など後世に残せると思うか?」


「え? 何? キサラって僕の未来の姿が分かるの?」


「まあな。魂魄は肉体の設計図だと教えたよな。それで読み解くとどの年代でどんな姿になっているのかが分かるんだ」


「そ、それじゃあ、まさか……?」


 菊幢丸の声から力が抜けていった。

 手に持った刀で顔を良く映してみる。

 幼い顔立ちだが良く整っているように思えるが。

 これがブサメンになっていくのだろうか。


「勘違いするな。アンタは良い男だと思うぞ。人から好かれやすいと思う」


「じゃあ、どういうことさ?」


「アンタ、自分の顔をどう思う?」


「う~ん。奇麗かな? 整ってはいるけど勇ましいとか精悍とかじゃないな」


「その通りだ。子供故に可愛い部類だ」


「そうだろうね。僕も自惚れじゃないけど、そうは思う」


「その顔が20年後どうなるか想像できるか?」


 キサラの菊幢丸を見る目が可哀そうなものになっている。


「カッコヨクは、ならない……」


「ああ、強いて言うなら今と大差ないな」


 残酷な言葉がキサラから告げられる。


「え? 30歳になって可愛いままってことですか、キサラ様?」


 重々しく頷かれた。

 

「ああ、でも安心していい。身長は153センチまでは伸びる」


「全然安心できなーい!」


 キサラは知らないが菊幢丸は知っていた。

 この時代ではそれほど低くないが、令和で身長153センチは大体12~13歳の少年の高さだという事を。

 つまり未来において、足利義輝の詳細な情報が写実的な似顔絵と共に残るのであれば……


「うわ~~~っ! 絶対に、呼ばれる~~~っ!」


 足利ショタ輝。

 と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る