第18話 キサラの日常2
「それで、相談ってのはなんだ?」
場所は何時もの奥の部屋。
上座に菊幢丸が座り、下座にキサラが座る。
キサラは毎度のことながら胡坐をかいてはいるが、背筋はシャキッと伸び姿勢は申し分なくいい。
一方の菊幢丸は、猫背になって脇息に身体を預けていて、いささかだらしがない。
塚原卜伝の修行がきつかったのがそれでキサラには窺えた。
キサラにも脇息が与えられているが、菊幢丸は終ぞそれを使ってる姿を拝んだことはなかった。
「うん。兵はお金で雇うとして、それを調練したり、戦で実際に指揮する武将をどうしようかと考えてるんだけどね……」
菊幢丸曰く、将軍家の命令でも今の時世だと各大名家から有能な家臣を出させるのも難しいそうだ。
各御家が独自に戦をする乱世において有能な人材を外に出すなどありえないのである。
「なるほどな。戦争の指揮などは、アタシよりシャロンやディネの奴の方が上手いし、鍛え方も職業軍人のそれが出来るが……」
「へぇ、珍しいな。キサラが出来ないことがあるなんて」
「馬鹿を言うな。アタシが出来ない訳じゃなくてだな、ただ誰が得意かという話でだ」
憤慨したように、いや、明らかに気分を害してキサラは菊幢丸を睨んだ。
彼女の自尊心は過小評価されることを特に嫌う傾向にあった。
「え……? じゃあ、シャロンって軍人だったりしたの?」
「言ってなかったな。シャロンはああ見えて大帝国の騎士団長だった事があるんだ。千単位の騎士と万単位の兵士を率いる能力があるんだぞ」
我が事のように誇らしげに語るキサラに更に菊幢丸は質問を重ねる。
「じゃあ、ディネさんも何処かに仕えていたのかな?」
「仕えていたと言えば仕えてはいたがな、奴の場合は自前の特能で統率能力が極めて高いんだ」
途端にテンションが下がるキサラ。やはり、あまりディネの事は快く思ってはいないらしい。
だが、それよりも気になる事を菊幢丸は聞きたかった。
「特能? 特殊能力の略称?」
「ん……こちらではそういう力は無いのだったかな。特別権能という個が持つ異能の事だな。ディネの奴のそれは集団統括というもので、自己の配下に組み込んだ者の能力を強化し己の意志を的確に伝達し働かせるという効果を持ってる」
指示を的確に全員に伝えて動かせるのであれば、統率力は自ずと高くもなる。
「そりゃあ、この時代の戦にうってつけの能力だね」
「ああ、あと言っておくが調練が上手いのは単純に奴が人に物事を教えるのが得意なだけであって能力でも何でもない。奴なりに努力して下の者を導いてきた結果だな、教官に向いてる」
嫌悪感を隠しもしないキサラだが、それで相手に暴力を奮ったり嫌がらせをしたりはしない。
長所があれば、ちゃんと認めるし、褒める要素があるならちゃんと褒めるのだ。
「とまあ、身内の話はここまでにして、シャロンらを駆り出すのも構いはしないが、それだと根本的な解決にはならないのは分かるよな?」
菊幢丸の知略を測るかのように聞いていくキサラ。
それに対して菊幢丸は強く頷いた。
「いくら、キサラ達が優れていても3人しかいない。やらなければいけないことは多いし、とても手が回らないよね。キサラが100人くらい居ればそれでも何とかなりそうだけど、いくら何でもねぇ……」
「出来ないこともないが、やらないぞ。あれは滅茶苦茶に面倒だからな」
「……増えるの?」
唖然としながら聞く、菊幢丸。
勿論とばかりに頷くキサラ。
もう何でもありなんだなと遠い目をする菊幢丸少年。
「まず、魔力の消耗が大きすぎる。そして増やした分身は制御が難しい。一人ずつ、アタシと同じ思考を持つのだが、放っておくと皆、同じ行動をする。それは、まあ、みんなアタシだから仕方ない。アタシがやろうと思うことを皆がする。結局、本体であるアタシが意識を裂いて制御するしかないんだが、それだけ意識が分散するからな、いいこと何て一つもないんだよ」
そういうもんなんだ、分身って、とは菊幢丸。
「まあ、決定的に人数が足りないのは正解だ。戦争をするにも部隊は何部隊もあるだろう?」
「そうだね」
キサラの指摘にそう答えるしかない。
やはり、この時代で優秀な人材を集めるしかないか、と考える。
「そうなると、現在で野に埋もれているか、不遇を囲っている人とかを見つけるしかないと思うんだけど……」
「心当たりはあるか?」
「そうだなぁ……逆行転生物のお約束だと、後に天下人になる木下藤吉郎でも、今はまだ子供だったかな? う~ん……こうしてみると、時期が悪いなぁ。大体牢人してた著名な武将はもう誰かに仕えてるよ……」
そう零す菊幢丸の表情は相当渋かった。
「ふぅむ。野の人物ではなく、他所から引き抜くのはどうだ?」
「それも厳しいかと思うな。この時代の武士は土地が貰えてなんぼだからね、領地を授けられない幕府に引き抜くのは……」
「そうか。上手くいかないものだな。ならば、発想を変えるのはどうだ?」
「どういうこと?」
「いっそのこと、手に入れたい人物に目をつけて色々と調略を仕掛けるんだ」
「上手くいくかな?」
「いない人物を探すより、居る人物を何とかしたほうが建設的だぞ」
キサラに言われて、それもそうかもしれないと思う菊幢丸は、指折りしながら思いつく武将の名前を上げていくのであった。
大名は無理だろうと思いながらも何時かは配下に迎えたいという思いでキサラにも教えていく。
「よし、わかった。度々、アンタの警護役を離れるが構わないな? なるべく城からは出るなよ? もし出るんならシャロンに常に憑依してもらっておけ」
菊幢丸の身の安全を守る為にそうアドバイスをするキサラであった。
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それは奇跡との出会いであった。
驚きと共に齎された衝撃に打ち震える身体がキサラには信じられなかった。
数万年を生きて蓄えた知識の中に存在しない物。
それが今、目の前に鎮座していた。
「解析」の魔法で得られた情報の中で知らない単語があった。
単語自体が異世界である以上、知らない物であって不思議ではないが、解析によって齎される情報は基本、自分に分かるものになる。
更なる解析で血液の凝固作用を抑える効果があると知れる。
「ナットウキナーゼか……」
その食物の固有名詞が付いた成分を感慨深く呟いた。
そもそもの出会いは、キサラの前に置かれた膳にあった。
ご飯のよそられた茶碗の脇に置かれた小鉢に小山の様に装られた茶色い豆らしきもの。
見た目からして何となく腐った印象を与えており、匂いも独特の異臭を放ってはいたが、その程度で動じるようなキサラではなかった。
「ほう。豆の発酵食品か」
一目で正体を見抜いたのである。
「それに匂いの中に感じる芳醇な匂い、これは、もしや大豆ではないか?」
「納豆と申します大豆が原料の食品とのことです、主様」
膳を運んできたディネがその正体を伝えると「納豆、納豆……」と繰り返すキサラにほっこりする。
元々、大豆に興味があったキサラは何の躊躇いもなく「解析」の魔法を掛けていた。
それが先の顛末である。
「小鉢の中でかき混ぜてからご飯にのせて頂くのが作法の様です」
味を見ようと一粒箸で摘まみ上げて口に運ぼうとしたところを自称完璧メイドが口を挟む。
「む、そうか。ならば、作法に則るとするか」
かき混ぜることで粘りが出てくる事に僅かに驚きの声を上げ、それでも丹念に混ぜて、粘つく糸がプツリと切れるぐらいまで行う。
それを白いご飯に乗せて、一緒に口に運び入れる。
因みに箸の使い方はアランフォードにも文化があったために問題なく使えていた。
「おお……何という美味さ。主食の食べ方は色々あるが、トルバラシアのミルクトーストにシュガーバターが一番だと信じて疑わなかったアタシの価値観を超えてきたぞ」
そう語るなり黙々とご飯を食べ進めるキサラ。
まだそれほど時は過ぎていないが、懐かしいとも思える故郷の味を思い浮かべるが、どうしても箸を止める事叶わない。
白米に納豆、そして味噌汁。
なんと贅沢な朝ご飯であろうか。
美食家ではあるがさほど健啖家とは言えないキサラは一口一口良く噛みしめて味わう。
魔力補給するなら”暴食”の魔法を使って食らいつくす様に食べるのもありだが、それは風情も何もない。
「ああ、美味かった」
至福の一時を堪能したキサラは、ほうっと溜息をつく。
その姿には見た目相応の年の娘の面影があり、それを見れたディネも幸せな心地になれた。
その気持ちのまま、キサラの膳を下げようとすると、不意に声を掛けられる。
「おい、ディネ。明日から暫くはアタシと一緒に行動してもらうぞ。魔石の作成も大分進んだしな、大好きな
「失礼を承知で申し上げますが、私はメイドの仕事に誇りをもっております。それを飯事とはいくら主様でもお言葉が過ぎませんか?」
「どの口が言うか。アタシの傍に居られるならどんな雑用でもするからと泣きついたのは誰だ?」
「私ですわ」
「手段と目的がいつ入れ替わったんだ?」
「何を仰せになるかと思えば、私の至上命題は主様のお傍にお仕えする事。どの様な時でも不変でございます」
「だよな。わかっていた」
「それで、私を誘うなんて何をなさいますのでしょう?」
コテンと首を倒してあざと可愛らしさ表現するディネをつとめて無視しながら告げるキサラ。
「ヘッドハンティングだ。菊幢丸が気にしている連中を片っ端から調査して顔つなぎや隙あらば引き抜くぞ」
「それに私が必要でしょうか? 主様がおられれば十分だと存じ上げますが?」
ニヤリと笑ったキサラに疑問を呈するディネ。
それに対するキサラは嫌そうに眉根を寄せて告げる。
「アタシは極力魔力は使えない。故にお前の種族としての能力を利用させてもらうつもりだ」
「そういう事でございますか。それでしたら、万事お任せくださいませ。必ずやご期待に沿える働きをお約束いたしましょう」
メイドらしく主の意向に応えてみせると礼をするディネであった。
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