第19話 キサラの日常3
菊幢丸が昼まで学問の勉学に励んでいる間、キサラは何をしているかというと……
特に決まった行動はしていない。
ただ、何もしていないわけではなく、この世界の事を知る為に、野山を巡ったり、城の者と会話をしたり、時には何かを作っていたりする。
今日は、その製作の日の様だった。
手頃な太さの丸太を縦に170センチ、横に120センチ程に十字に縄で括り付けて藤の蔓を巻き付けていく。
やがて、人の形になったそれは、一般に案山子と呼ばれる物となった。古くは古事記に登場する神であったろされるそれだが、この時代、案山子と呼ばれるのは定番ではなかったが混濁するのでここでは案山子で通させてもらう事にする。
「おお、キサラ殿。この様な場所で何をなされているおりのじゃ?」
「卜伝翁か。丁度いい所に来た。これを斬ってもらえないか?」
とキサラは案山子を指さした。
訝し気に考える塚原卜伝。
「添え物切りかの?」
斬撃は余程の腕がないと奇麗に斬ることが適わないが、卜伝ほどの武芸者には赤子の手を捻るべく簡単な事であった。
「そんなところさ。ただ、少し工夫を凝らしてある。卜伝翁でも相当気合を入れないと難しいだろうと思うがな」
挑戦的な笑みを浮かべるキサラに卜伝は、これは面白いと真剣な表情で案山子に近づき腰の刀を抜いて上段に構えを取った。
そして裂帛の気合を持って一閃。
だが、卜伝の想像とは違い、案山子は三分の一ほど刀を食い込ませたが断ち切ることは叶わなかった。
「なんと、これは!?」
「うむ。卜伝翁をしてこれなら、十分に戦争に使えるな」
キサラは満足そうに頷いた。
「キサラ殿、この案山子は一体、何でござろうか? 斬った感触も刃を弾く様な感触があったが……」
「城の書庫に三国志演技何て本があってな、そこで藤甲兵なる連中が着ている鎧を再現したものがこれだな」
藤の蔦を油に付けて天日干しして10日、そしてまた油につけて干して10日と繰り返して出来た物を編んで作った鎧である。
天日干しや油に浸す時間は魔石を使って短縮させて作ったが。
「ほう……油で弦をのう……しかし、それでは刃物に強くとも火には弱いのではないかの?」
「ご指摘はごもっとも。耐火処置は、菊幢丸の魔法鍛錬のついでにさせようかと考えてる」
「ふむ。では、この鎧を兵に着せるのでござるか?」
「いや、これはこのまま使う。基本は砦や城を守る為の道具だ」
「はて、これだけの性能の鎧を案山子に着せておいても偽兵にしか使えんと思われるが?」
「そこは、まあ、見てるがいい。”我、難事に仮初の生を与える者なり、汝、我が意に従いたまえ”」
キサラが卜伝には聞き取れない文言を唱えると、なんと地面に突き刺さっていた案山子の足元が抉れて足が出てくるではないか。
「何と!? これは!?」
「アタシの国じゃゴーレムって呼ばれる人造疑似生物だ。だが己が意思を持たず製作者や指揮権を委譲された者の命令にのみ従う魔法人形だな」
コンコンと案山子ゴーレムの胸を手の甲で叩いて卜伝に解説するキサラ。
「この案山子は、卜伝翁にやろう。技量もアンタの高弟と同じくらいに調整してある。アンタの稽古に丁度いいだろうよ。そんな見た目だが、武器も持てるし一端の戦士の動きをするからな、手を抜くと一本取られるぞ」
「そうでござるか、これは忝い」
「その代わり、菊幢丸の修練はしっかり頼むよ。良い感じに仕上がってきている。魔法を使いこなせるようになるのもそう遠くない日になるだろうさ」
いつも考えるのは菊幢丸が一番だ。
彼の少年の事を卜伝に託すとキサラはその場を去った。その際に、案山子ゴーレムはボロボロになっても自然に回復するから完全に壊さない限りは気にしなくてもいいと付け加えた。
与えられた、作業小屋に戻ったキサラは作りかけの案山子ゴーレムを3体と、材料の藤の蔦を油で煮込んで干す作業を行う。
留守中に敵対勢力に攻め込まれた際に少しでも時間稼ぎが出来ればとの思いで作業しているが、どうにもじれったかった。
「城の防壁が板張りというのも不安すぎるか」
キサラが良く知る城はこの世界で言えば西洋の城塞が多い。木の壁も住む分には大して気にならなかったというか、気にもしなかった。
そういう文化だと考えてるからだ。
だが、いざ、防衛の観点から見ればあまりに弱弱しい。
「改善しておくか」
そうと決まれば善は急げという。
さっさと小屋を発ち、城の外まで出てく行く。
思えば空堀も幅は狭いし深さも物足りない。
朽木谷城は平山城で、三の丸まであり櫓もそれなりに備えたこの時代の標準的な城ではあったが、アランフォードで大城郭をいくつも見てきたキサラには吹けば飛ぶように思えて仕方なかった。
「先ずは土塀を作るか」
この城の地図は既に脳内にインプットされているので、何処をどの程度改造すればいいのかは把握済みである。
「”土よ、集まれ”」
魔法語の囁きは静かに空間に浸透していき、大自然に干渉していく。
空堀とその周りの土がボコボコと動き出し一斉に板壁に押し寄せていくと瞬く間に幅2メートル、高さ5メートル余りの土壁と深さ5メートルばかりの堀が出来上がる。高低差は10メートルだ。
それに満足げに頷くと更なる魔法語を呟く。
「”石化”」
一瞬で土壁が石壁に早変わりした。
本来、石化の魔法は生物を石に変える魔法なのだが、土を石に変える錬金系統に属する魔法は使用範囲により魔力も多く使うので、目標ひとつを対象とする上解除されるまで永久効果であるこちらの方が良いと、キサラに日生物も石化できるように改良された魔法でこの現象は成されていた。
こんな事を何気なく成してしまい平然とした態度でいるから錬金術協会との仲が悪いのだが、本人は気づいていないのか、気にしていないのかである。
「空堀より水堀の方がいいか」
と、水の魔石を幾つか取り出して堀に放り込み「満たせ」と言えば、あっというまに立派な石構えの水堀で出来た城の誕生である。
「橋の長が足りなくなったな。”分解””創造・跳ね橋”」
堀の幅が広がって尺足らずになった用なしの橋を除去して新たに跳ね橋を取り付ける。
「こんなものか」
出来栄えにとりあえず満足して頷くキサラ。
ちなみに、城の内側には城壁に登れる階段もしっかり作られていて抜かりはなかった。
この作業に掛かった時間、およそ1分半。カップラーメンも白旗を上げる速さである。
そしてこの様な大規模な変化を誰にも見られない筈もなく、顎が外れた様に口を開けて呆ける人が大勢出たようだ。
その中でも一部始終を目撃していた一番近くの人間、すなわち、城門の番兵2人が慌てて、キサラに駆け寄ってきた。
「キ、キサラ殿! これは一体何事でございまするか!?」
「おう。お勤めご苦労だな。実は明日から、ちょくちょく城を留守にする事になってな、今のままでは不安があるから、ほんの少し手を加えさせてもらった」
「ほんの少し、ですか」
何言ってるの、あんた? な目で見られているのだが、キサラは気づかないのか無視してるのか表情に変化はない。
「ああ、そうだ。アンタ達、跳ね橋の使い方を知ってるか?」
「跳ね橋ですか? そう言えば、橋が変わって鎖が門に繋がってますな」
「知らないか。では、実際に使って見せるから覚えろ」
番兵の頭に浮かぶ?を見て、キサラは跳ね橋の稼働を実演してみせた。
橋が上下することに驚く番兵らに、キサラは敵が攻めてきたら橋をあげるんだと指南する。
跳ね橋を上げることで城門に蓋がされ防御力があがるので、橋の裏板には鉄板を使った。
その分、重くなっているが、この跳ね橋は魔法を使わない機械仕掛けの補助機構が設けらているので動作は苦にならないようにしてある。
「これは凄いですな!」
「そうだな、まあ、以前の城より数倍強固にはなっただろう」
「はい!」
「では、この橋の仕掛けは仲間内にしっかりと伝えて皆が使えるようにしておけよ」
「はっ! お任せくだされ!」
番兵の威勢の良い声を聞き、キサラは一仕事終えたな、と思いながら城の中に戻っていく。
途中、異常に気付いて外壁に集まっていく者達と何人もすれ違いながら。
やがてその中に、城のお偉方の姿も混じりだしてくると、遂に菊幢丸とその父、将軍義晴も現れた。
「ちょっと! キサラ! 今度は何をやらかしたのさ!?」
「やらかしたとは酷い言い草だな。城の外壁に少し手を加えただけだというのに」
菊幢丸の詰問に遺憾だとばかりに反論。
「いや、でも少しだけだとしても勝手にやるというのは……」
「まあ、待て菊幢丸よ。先ずは何をしたのか我らの目で確認しようではないか? それにキサラ殿が何をするにしても余らに不利になることはないであろう」
「父上がそこまで仰せになるなら、私は構いませぬが……」
歩き出す義晴を追う菊幢丸。
キサラの脇を通る際に、
「誤魔化す為の方便を考える僕の事も少しは考えてよ」
と小声で愚痴を言うのであった。
「誤魔化す必要なんてないだろう? 普通に本当の事を告げればいいだけだ」
そう宣うキサラに菊幢丸は疲れた笑みで応えた。
ここまでキサラの信用を積み上げるのに、どれだけの方便を使ったやらと。
武士の方便は武略というが、その点では菊幢丸は大した武士であった。
「ほう! これは凄い!」
石壁に上がる階段を上った義晴は感激した。
「これなら万の軍勢に囲まれてもそうそう落城はせぬであろうな」
「この石は……大岩や砂利を敷き詰めたにしては隙間もありませぬな」
義晴が単純に驚いている中で、菊幢丸についてきた万吉が鋭い見識を見せていた。
「魔法で成形した土をそのまま石に変えたからな。よじ登ろうとしても簡単にはいかないだろう」
「そうなんだ。コンクリートでも使ったのかと思ったよ」
転生者の菊幢丸としてはこんな感想になるのも仕方がない。
「「コンクリート?」」
期せずしてキサラと万吉の疑問の声が重なる。
「ああ、この国のずっと西の遥か昔にこういう風に石を作る技術があったそうなんだ」
所謂、ローマンコンクリートである。
その作り方は菊幢丸も知らないが、話ぐらいは聞いたことが前世ではあった。
「昔というが、今はないのか?」
「何か失伝したとか聞いた気がする」
「技術を継げないとか致命的失態だな」
「この国でもガラス作りが失伝されてるね」
菊幢丸がその知識を披露していると、万吉が首を傾げた。
「ガラスとは何ですか?」
「ああ、玻璃の事だよ。南蛮ではビードロとも言うね」
菊幢丸が答えると万吉はその博識ぶりに毎度の如く感心し、キサラは情けないなといった風情で言葉を継いだ。
「ガラスすら作れないのか。この国の屋敷の窓が板か紙で閉じられていたのはそういう理由だったのか」
文化によるものだと思い込んでいた、キサラは途端に力が抜けた様に肩を落とした。
「ガラス窓がないから発展した文化だよ?」
「でもだな、昔はあった物が発展せずに失われた結果の文化は情けないぞ」
「そう言われると、返す言葉がないかなぁ……」
「仕方ないな。菊幢丸、もし誰でもいいから硝子造りに興味がある奴がいたら連れてこい。アタシが造り方を指導してやる」
「魔法で?」
「阿呆が。魔法なぞ使わなくてもガラスくらいは造れる。割れたガラスを元通りに修復するなら魔法が必要だが、余程の物でなければ作り直せばいいだろう」
こうして後に朽木谷は硝子工房が立ち、日本の伝統硝子細工の町として発展していく事になる。
新しい産物が出来た事に菊幢丸は大いに喜ぶのであった。
なお、義晴達、幕府の重鎮はキサラが改造した朽木谷城に大変満足していたようである。
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