第12話 何から手を付けようか?

 菊幢丸とキサラとの出会いから数日は実に濃い日々だった。

 魔法に触れ、卜伝やシャロンの剣の極みともいうべき頂を見た。

 その容姿と態度から周囲から浮いていたキサラもそういうものなのだと皆が納得しだし違和感が無くなりだすと、菊幢丸はそろそろ今後を見据えて行動を起こすべきと考えるようになる。


「どうしようか?」


 朝稽古と朝餉を終えた学問の時間までの休息期間に菊幢丸はキサラを何時もの奥の部屋へと連れ込んだ。

 

「ここ数日で調べたが、この国の王政は面白いな」


 帝という頂点がいるが権威以外を持たず、それでも君臨し、その下で軍事をつかさどり王城警護の役割を持つ将軍が自前で軍事力を持たない。

 それはそれは、奇妙な国家体制に見えたことだろう。


「とりあえず、滅ぼされないためにも軍事力は必要なんだけどな~」


「力だけなら菊幢丸一人でこの国を平らげられるぞ?」


 キサラが提言するのは、菊幢丸の身体をシャロンが操り、キサラが与えた魔法を菊幢丸が使ってサポートすれば日本統一は出来ると確信するものである。


 ただ、この案は幾つかの点で却下されている。

 独裁政権も吃驚の独裁ぶりになるからだ。

 菊幢丸個人には逆らえない。圧倒的恐怖政治の完成である。

 キサラが手綱を引き締めればいいのだが、彼女は特にそういう事はするつもりがない。アランフォードにおいても政治介入をするべきでない事を是としてきた。

 単に今度はキサラに歯向かうものがいなくなるだけだからである。

 そして、次代へと続かない短命な政権で終わる。

  キサラがこの国の復興に力を貸す気になっているのは契約者である菊幢丸が弱者から抜け出して大望を持ったからだ。

 菊幢丸が居なくなれば、キサラの役目も終わりである。

 その時はこれまで以上の大戦乱が始まると試算が立っている。

 あとは、些細な点として、菊幢丸が肉体をシャロンに貸して戦わせないと決めたからだ。

 全てがおんぶにだっこでは、何のために乱世に立つと決めたのだか。

 ただ、稽古にシャロンの手を借りる事は良しとした。それは成長を助長するためだ。初めての稽古で感じた、あの感覚。あれを何とか会得できれば生存率はけた違いに上がる。

 キサラにはまず無理だろうが、菊幢丸に宿った剣豪将軍の魂の素養が花開けば真似事程度はできるかもしれないと言われている。

 菊幢丸はそれを目指すことにしたのである。


「個人じゃない、軍隊としての力を持つには、まず、人が必要だよね。お金があっても戦ってくれる人間が集まってくれないと豚に真珠だ」


「人を雇うにも養うにも金はいるがな。腐るほどあろうが、人が居なければ金でゴーレムを作るしかないな」


 鼻で笑いながらキサラが言うが、菊幢丸的には目から鱗でもあった。


「それもありだな。攻めに人を使い、守りに少数のゴーレムを置けば、攻めの数を増やせるし、ゴーレムに動揺はない上、睡眠、食事は不要、籠城にはもってこいだ」


 足利魔法軍。軌道に乗れば強そうな軍隊ができそうである。


「まあ、確かにアランフォードでもゴーレム部隊はあったな。最初は強力なゴーレムを作ることに専心し、やがてゴーレムのコントロールを奪う術の開発に執心し、最後はカオスな状態になって幕を下ろしたんだが……この世界では有効な戦力なのはまちがいないか」


「ところでゴーレムを作るのって難しいの?」


「いや、意外と簡単だぞ。材料を集めるのが面倒なだけだ」


 なるほどな、と頷く菊幢丸。

 キサラが簡単と言えば難しい、意外とと言うのであれば、思ったよりではなく思うよりも、と解釈するのが正しいとこの数日の魔法講義で学んだ事だった。

 つまり、ゴーレム作成は思うよりも難しいと一般的に考えるのが正解だ。


「ふむふむ。予算は……今の僕じゃ幕府の予算なんて知らないし手を付けれないから構想だけ練っておくとしよう」


 キサラもそれでいいんじゃないかと頷いて見せる。


「じゃあ、また人間の話に戻して、仮にお金で人を集めても食べさせられないと皆いなくなるよな……富国強兵、先ずは富国の部分にとりかかるのが第一かな……」


「なら、食料総生産を増やさないとならないぞ」


「農業は未来知識使って今やってるので精一杯だから……」


「なら、魔法使うか?」


「何とかなる?」


「今のアランフォード用は流石に今のアタシでは辛い。数もいるしな」


「そうかぁ」


 明らかに残念そうにつぶやく。村で聞いた、とんでも農法が可能なら一気に豊かになれるんだけどなと。


「だから、この世界の種を魔法で品種改良を加える。前にも言ったが、この世界の物に手を加えて、この世界でも起こせる現象であるなら、魔力効率もそこまで悪くない」


 ということは、未来のコシヒカリとか秋田こまち何かが作れるかもしれないということになる。

 それは、凄くいいことだ。収穫量はもちろん、味もいい。


「それでも、数は問題だな。幾らか作って今の品種と自然交配させていくしかないだろう」


「それが現実的か。その品種改良は僕でも出来る?」


「いや、そんな魔法が必要になるとは考えてなかったから覚えさせてない。覚える気があるなら教えるが、それなりに難しいぞ」


 キサラ語録。「それなり」は「相当」で「難しい」は「無理をすれば」が該当。


「じゃあ、キサラに任せることにするけど、大丈夫か?」


「作る数と質次第だな。菊幢丸の言う、コシヒカリとやらなら米俵10俵程なら無理なく1日で生産できるさ。ただし、他に魔法を使わない事が前提の最大量でだぞ」


 これは悩むところだ。

 質を下げて収量だけ上げれるようにするのが一番いい気がするな。

 あ、でも収量を上げるのだって実を沢山つけるだけだと、災害や病気には弱いままか?


「何種類か作って検討してみようか?」


「それがいいだろうな」


 と、この時決まった。

 のだが……


「アタシはコシヒカリ以外作らない」


 キサラが頑健に言い張った。

 何種類か米は作ったのだが、結果が出るまで専用の田圃を用意して1年は待つ必要がある。なので、まず、味だけでも見てみるかという運びになった結果、キサラが意固地になった。

 

「でも、コシヒカリも交配で劣等種になってしまうしさ……」、

「アタシらが食べる分は全部コシヒカリで作る」


「じゃあ、それでいいから、頒布させるのは乙米で……」


 乙米は、品種改良したコメの一種で、コシヒカリ、甲米、乙米、丙米の4つの一つ。実を良くつけ、旱魃、冷害に強い品種だ。味は今のと変わらない。


「旨い物が食えるのに不味い物を食わせたくはないな」


「いや、それだと食べられない人も出てくるだろうし、ね?」


「乙米でも食わせられる限界はある。どっちにしろ食べられない奴は出るさ」


 と、まるで受け付けてくれない有様になった。

 後で知ったのだが、キサラは衣食住の生活に必要な3大要素に対して衣と住に欲はほとんどく、人間の三大欲求の性欲、睡眠欲にも興味がない分、両方に共通の食だけには異常にこだわりがあると知るのであった。


_____________________________________


「何? 木曽馬が欲しいと申すか?」


「はい。父上。私も武家の棟梁に相応しい立派な馬が欲しいと思うようになりました」


 菊幢丸は父、義晴と交渉に赴いていた。

 目的は木曽馬を手に入れることだ。

 木曽馬であれば別に名馬でなくてもいいのだが、駄馬でもいいのでと言っては却って逆効果であろう。


「そうか、そうか。お前は優秀であったが、何処か覇気に欠けておったが、自分で名馬を求めるまでにはなったか。これも塚原殿やキサラ殿の教えの賜物かのぉ」


「はい! キサラは特に馬は数多くそろえないといけないと言っております!」


「ほお、何故じゃ?」


「馬は古来より人の相棒であり、一人に一頭の馬はいてしかるべきだと申しております。武士の馬は当然騎馬となり、農夫の馬は農耕馬に、商人の馬は荷運びにと誰でも何処でも役に立つのだと!」


「ふむぅ……大した考えだな。馬を飼うのは大変で今や金持ちのみの持ち物と想われておるが、昔はそういうものであったか」


 そこでも元気溌剌にはい!と返事をした菊幢丸だが。

 嘘八百である。

 それらしいことを並べて、キサラの言葉だとして拍付けしてるが、ただ沢山の馬を飼育する為の方便でしかない。

 まあ、目的は糞便の堆肥利用が主目的なのだが、使い物になる馬は、言葉通りに利用しても問題ないだろう。

 

「しかし、名馬とはいえ一頭だけでは、その意向には添えぬな、口惜しいが……」


「いえ、良馬さえ用意していただければ、後はキサラが何とかしてくれるそうです」


「ほう、また異国の魔法か。幾度も驚かしてくれるが、此度はどれほどかのぅ?」


「さあ、それは私にも分かりかねますが、朽木谷のどこかに牧場を用意したほうがよろしいかと思います」


 実際、菊幢丸も何をするのかは聞いていなかった。ただ、木曽馬を何とか用意しろと言われただけだった。

 ただ、キサラの事だ。増やすんだろうというのは想像に難くない。


「朽木谷は少し手狭だが、何とかするように申し付けておこう」


 言質を取った菊幢丸は非の打ちどころのない作法で頭を垂れるのであった。


 そんなやりとりがあって数日。

 近江商人が一頭の駿馬をつれて朽木谷城を訪れた。

 もちろん、菊幢丸の馬として。

 義晴への礼もそこそこに菊幢丸は、キサラの下へ駆けた。


「ふむ。やっと届いたか。アタシが捕まえに行ければ直ぐなんだが、お前の護衛を外れるわけにはいかないからな」


 城の中庭の池で泳ぐ魚を眺めていたキサラは、そう愚痴りながら立ち上がった。

 なお、魚を眺めて何を思っていたかは聞かない方がよさそうである。


「これが木曽馬か」


 既に厩舎に入れられた菊幢丸の愛馬をじろじろと見ながら呟くキサラ。

 確かにここ朽木谷城で使われている馬に比べて体格が良く力強そうであった。

 馬を増やすだけなら、ここの馬でもいいのだが、どうせなら良い馬の方が良いだろうと用意させたが、その甲斐はあったようだ。


「よし、わかった。次は場所だな……とりあえずは城の馬場でいいか」


 と一人納得して歩き出す背に、馬はもういいのかと菊幢丸が声を掛けると振り返りもせずに片手をヒラヒラさせるだけであった。

 そしてやってきた馬場の中央。


「これから使う魔法は、菊幢丸も使えるから手伝ってもらうぞ」


「あ、そうなの?」


「ああ、至極簡単な魔法だからな」


 と、さっと手を振ると何もなかった場所に一頭の馬がいた。

 それも、さっき見た木曽馬が。

 ただ、少し小さいような気はするが。


「これが動物召喚サモン・アニマル、木曽馬・雄だ」


「召喚魔法か。でも、召喚魔法って召喚できる時間が決まってたんじゃな

かった?」


 この数日間の魔法講義で大雑把な魔法の仕様は学んでいる。


「普通はな。だが、この魔法はアタシが改良を加えたから効果時間はない」


「え! 魔力の消費は平気なの!?」


 効果時間の在る魔法の使用時間を延長したり永続化すると大きく魔力を使うというのも習った。


「問題ない。この魔法は召喚した際に消費する分の魔力だけしか使わないからな」


「?? そんな事、可能なの?」


「召喚魔法で呼び出された生物は時間が経過すると消えるのは知ってるな?」


「そりゃあ、ね」


「どこに消えたかは分かるか?」


「多分、元居た場所なんじゃないかな?」


「どうやってだ?」


「え……召喚時間が切れたからじゃないの?」


「呼び出すのに召喚の魔法式は使われるのは分かるか?」


「うん、習ったからね」


「魔法式は基本一つの効果に一つ必要だったな?」


「そうだったね」


「では、召喚式の効果は呼び出した時点で役目は終わってるわけだ」


「……じゃあ、時間が来たら帰るっていうのは……」


「送還の魔法式が組み込まれていることになるな」


「なんで、そんな面倒なことを?」


「召喚魔法は、召喚、支配、送還の魔法式で構成されてる。その中で厄介なのが支配の魔法式だ。これは召喚している間中魔力を消費する。だから、適当な時間で召喚物を送り返して繋がりを切ってしまうのさ」


 うっかり忘れたり、送還時に魔力が不足しないように最初からとして組み立てられてるそうだ。


「そこで、アタシは支配と送還の魔法式を取り除いた純粋な召喚魔法を作った」


 支配する必要も元の場所に返す必要もないのならこれが一番楽でいい。

 そう説明を受けて理解できた。

 菊幢丸たちが欲しいのは普通の馬で、別に魔獣とか危険な生き物ではないし、繁殖させて数を増やすのが目的だから送り返す意味もない。


「わかったら、さっさと召喚するぞ。目標は、とりあえず100でいいか? オスとメスを半分ずつだぞ、間違えるなよ」


 あれ? 僕って手伝いじゃなかったっけ?

 と頭に浮かんだが、賢い菊幢丸は言葉にしない。

 魔法修行中のキサラに何か抗議すると大抵、もっと辛い目に合わされるのが学習できているのだ。


(そうさ、これも国を改革していくのに必要な事! 僕の試練なんだ!)


 そうでも思って励まないと遣る瀬無い菊幢丸であった。

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