第13話 銭のお話

 天文14年7月。

 実りの秋になった。田圃では夕日を受けて黄金色の稲穂が重たく頭を垂れている。

 ここ数年で朽木は豊かになっていた。

 全て些細な点から農業を変えていった神童菊幢丸のおかげである。

 来年からはもっと良くなるだろう。

 キサラがちょっと無茶して農耕地を広げたからだ。

 新しく出来た田畑は四角形をしており、現代の農業の形にまた近づいた。

 そして土も稲が育ちやすい物、野菜が育ちやすい物に調整してくれていた。

 大分魔力を使ったらしいが、食に対する思いの強さがキサラの心の天秤を傾けさせたのだ。

 いわく、良質の食物の摂取は良質の魔力の生成に良く、生産量も多い。

 キサラが食に強く拘る理由の一つである。それが高じて美食に目覚めたともいう。 

 本当かどうかは菊幢丸にはまだ真贋を確かめられないが。

 ただ、キサラが発奮して生み出したそれが、菊幢丸として見れる朽木谷の田圃の最期だ。

 再来年には菊幢丸は足利義藤になる。


「直轄軍を持たない王様なんて、笑っちゃうわねー」


 辛辣な言葉を投げかけるのは、身長40センチ程度の人形少女シャロンだ。


「いや、居たんだよ、う~ん、名目上は今もいるんだけどね……」


 夕方の剣術稽古で掻いた汗を手拭いで拭きながら菊幢丸が説明する。

 奉公衆という役職の人が自分の領地の民を集めて戦では馳せ参じて将軍直属軍になるんだと。

 ただ、その奉公衆の領地も今では国衆と呼ばれる地侍らに横領されて兵が集められないと。

 因みにシャロンがここにいるのは、菊幢丸の稽古の総評をしてもらうためだ。

 意識だけ憑依してもらい感覚を鍛えている菊幢丸だが、剣の技術の方も向上させないと意味ないので、こうして最強の剣士に聞いていたのだ。

 技を学ぶ師が卜伝であるなら、戦闘における思考の修正をする彼女は裏の剣術指南役である。

 本日のダメ出しを貰ってからの暫しの雑談。


「その辺はレイチェル姉さんとはどんな話をしてるわけ?」


「僕としては彼らに頼らない常備兵をお金で雇おうと思ってるんだけどね、その肝心のお金がない」


 肩を落とす菊幢丸。お金を生み出すには産業が必要なのだが、その産業にメドが立たない。


「お金儲けに関しては、姉さんじゃ荷が勝ちすぎてるからね」


 やれやれと首を左右するシャロン。

 

「どういうことだい?」


「姉さんはお金に興味がないから、それを稼ぐ方法に知恵を回せないのよ」


「全知全能を謳ってるのに?」


「それは魔法使いとしての話。人としての才能とは違うから」


 口元に手を当てて奇麗な白い歯を見せて可笑しそうに笑うシャロン。


「例を挙げるとね、一食20文の料理を作るのに40文使って準備するような感じね」


「稼ぎを出すどころか赤字じゃないか」


「そうよ。それでも気にしないのがレイチェル姉さんなの。無いのなら生み出せばいい、そう言って魔法で何でも解決しちゃう。出来ちゃう。だから全知全能なのよ」


「はぁ……異世界では本当に万能なんだね」


「この世界でもそこそこやれると思うわよ。でも、その為にはこの世界に適合した身体を作らないといけないわ」


「その身体って、今作ってるのかな?」


「今は無理じゃない? まずは地盤を固めないと」


「地盤?」


「菊幢丸君が生きていける地盤よ。それが整わないうちに難しい魔力組成体の身体の作成なんてやってられないと思うわ。間違って菊幢丸君に死なれちゃ、元も子もないからねー」


「キサラにも苦労掛けてるな……」


「う~ん……姉さんは苦労なんて考えてないと思うな。むしろ、契約してくれて感謝してるんじゃないかな? それに報いてやらないといけないって思ってると思う」


「そ、そうかな? 僕の方が凄く助けられてる気がするけど……」


「姉さんはそう思ってないよ、きっと」


 そう言った所で、道場に伝わる渡り廊下へ顔を向けるシャロン。


「何を話し込んでるんだ?」


 丁度キサラがやって来た。


「ああ、その何をするにもお金が要るなぁって話かな」


「金か。丁度、この世界でもきんは価値があるらしいんで少し用意してみたが。ほれ」


 とタンクトップから黄金のインゴットを取り出して放ってくる。

 慌ててキャッチするけども。滅茶重い。

 マジで金のインゴットだ。


「どうしたんだ、これ?」


「作った」


 シャロンが言う通りだった。


「姉さん、無暗にお金を作ると経済のバランスが崩れるからやっちゃダメだよって昔言ったわよね?」


 そのシャロンは姉に眉を吊り上げて説教している。


「いや、ほんの少しだ。ここ、本当に貧乏なんだぞ?」


「姉さんの少しは基準が違うから当てにならない。あと幾つ作ったのかな~?」


 腰に手を当て下からキサラの顔を覗き見るシャロンの目は座っていた。


「100ばかりだな」


「姉さ~ん?」


「ちょっと待って、シャロン。これは前世で学んだんだけど、この時代の日本は精錬技術が未熟で、銅に交じってた金や銀を取り出せずに大量に諸外国に輸出して大損していたんだ。少しくらい、僕らでこっそり持っててもいいと思う」


 菊幢丸が真面目な思案顔でシャロンを宥めた。


「でも、金塊ばかりだと取り扱いに困るから、できれば銭が欲しいね」


「銭か」


 タンクトップからまたまた取り出したのは小さな袋。その中に俸給として支払われたお金が入っている。

 まあ、サイズの割に中に納まってる金額が可笑しいのは突っ込む必要も今更あるまい。


「銅と錫の合金だな。奇麗なものもあるし、欠けてるのもあるみたいだぞ」


 何枚かを取り出して見比べる。

 それだけで原材料を当ててしまうのは流石だが、良銭、悪銭の意味合いには気づいてないようだ。鐚銭は流石に幕府の体裁で渡してないらしい。


「元は同じ貨幣なんだけど何十年と使ってると劣化するんだよ、そういうのを悪銭て呼ぶんだ。中にはもっと状態が悪かったりする物もあって鐚銭って呼ぶ」


「ふうん。態々、呼び分けるって事は価値も違うのか?」


「そうだね。公儀にはそれはないんだけど、使う人間からしたら悪銭や鐚銭は持っていたくないから早く手放そうとするんだ。でも受け取る側も嫌がるから拒否する。それでも良銭の数は少ないから、悪銭数枚で良銭1枚分とするとか勝手に決めてるんだ」


 所謂、撰銭である。

 幕府は撰銭令を何度か発布してはいるが効果はないと言ってよかった。


「良い銭が少ないなら増産すればいいだろうが。原材料がないのか?」


「この国の貨幣は渡来銭、ようは他国の銭を輸入して使ってるんだ。それが相手の国も出し渋ってる面もあってさ。経済のめぐりが悪いんだ」


 菊幢丸の話す内容に何処か疲れた顔をするキサラとシャロン。


「自分たちの国の金をよその国から輸入するって終わってるな。そのうち、経済浸食されて国を奪われるだけだろうに」


「そうよね~アランフォードでもそんな国無かったわ」


 異世界組にディスられるが、菊幢丸自身、思う所があるので特に憤ることも言葉を返す事もしないが、ただまあ。


「輸入は明って国からしてるんだけど、あの国は朝貢してくる国は属国扱いしてるんで、特に侵略とかの意思はないんだよな。そもそも、明も大分腐敗してて外征どころじゃないって前世で習ったように思う」


「そうなんだね、でも自分の国の国内の事は自分で何とかしといた方が良いと思うけどな」


 色々とメリット、デメリットを考えながらそれでも国産に結論をシャロンは出した。


「だけどさ、お金って信用なんだよね。力がない幕府や朝廷が貨幣を作っても使ってもらえないと思う」


 いざと言うときに保証が出来ないからだ。

 それなら大国、明で使われてる銭なら安心できるというわけである。


「なら、作るか。明の銭」


「そうだね。作れるなら作った方がいいか」


 突拍子もない発言にも慣れた菊幢丸はノーシンクで了承した。

 出来るか出来ないかも、もう聞きはしない。

 キサラがやれるというなら出来るのだ。


「ただ、銭の使い道は菊幢丸、お前が良く考えろ。回らない金はめぐりが悪い血液と同じだぞ」


 ようは、しっかりと循環させないと国が死ぬということだ。


「その辺は何とかしよう。あと1年と少しで僕は将軍になる。その時に大々的に事を起こせるようにそれまでに出来るだけ銭をためて、産業の下ごしらえをしていこう」


「やる気は十分なようだな。よし、さっそく銭づくりに入るとしようか」


 夕の稽古の後は夕餉まで自由時間だそこそこ時間はあるけど……


「何処で作業するの?」


「そこでいいだろう」


 と道場の軒先を指さす。

 

「本格的に作業するにはちゃんと場所を用意できてからだな。出来た銭を仕舞っておく場所もいるだろう?」


「そういえばそうだね、てっきりキサラの服の中行きだと思ってたよ」


「出来た銭はアタシのじゃないからな。しっかりと国の金庫に入れとけ」


 話ながら道場を出て庭先の真ん中まで来る。

 因みにシャロンは僕の肩の上に腰を下してる。木の人形のはずなんだが、鎧以外の部分は柔らかいし温かい。おまけに顔に近いから良い匂いがする。木の清涼な匂いじゃなく生の女の子の匂いって奴だろうか……

 聞いてみたいけど、聞いた途端に取られる行動が怖くてそれができない。


「先ずは竈。そして鍋」


 そんな菊幢丸の葛藤の間にもキサラは準備をしていく。

 ただ、タンクトップから出てくる光景はお馴染みだが、出てきた物には少しばかり驚いた。厨にあるような大きな竈にどデカい平鍋だ。絵的にみても竈の大きさも鍋の大きさもタンクトップから出せる幅じゃない。

 そのくせ、服は破けもしない。

 そう、22世紀のネコ型ロボットのポケットから出てきたように見える。


「こっち来な、菊幢丸。これが錬金用の鍋だ。竈はまあ、なんでもいい」


 言われるがまま近づいてみれば、鍋の中は空っぽだった。

 竈にも火は付いていない。


「錬金術には先ず、錬金溶液を入れるんだが、この鍋はアタシ謹製の特別製で液体なら何でもいい」


 と言って、小さな青い石を放り込んだ。

 満たせ、と短い言葉をつぶやくと石は瞬く間に鍋一杯の水に変わった。


「次に火をかける。付け」


 それだけで竈から轟轟と火が猛る。


「沸騰したら、錬金したい物をイメージして棒でかき混ぜながら材料を投入するんだがな。イメージがしっかりしないとアヤフヤな物ができるから、初心者や中級者くらいまでは、サンプルを先に入れておく」


 と言って、1文銭を鍋に放り込む。

 すると水の色が赤くなった。


「これで鍋が何を精製するするか記憶した。そうしたら、今度こそ材料を投入だ」


 と、言って、キサラが地面を指さす。

 頭上に?を浮かべる菊幢丸の耳にシャロンが囁く。


「ほら、土でも石ころでも何でもいいから鍋に入れるの」


「ええ!?」


 銅銭の材料の銅どころか金属ですらない。

 だが、命じられた以上はやるしかないと菊幢丸は両掌一杯に土を持って鍋に入れた。

 流石に沸騰した鍋の近くは暑かった。

 頬を伝う汗でシャロンに嫌われなければいいな、と場違いな事を考えながら数歩下がる。


「あとはかき混ぜてれば……」


 ぼわん! と大きな音共に水蒸気が上がって思わず菊幢丸は顔を背けて目を閉じてしまった。

 暫しして、何事も起きないと分かると恐る恐る目を開けて驚愕する。


「あれ!?」


 なみなみ張られていた水が一滴もなくなり鍋の底には目算して十数枚の銅銭と一つまみくらいの土が残っているだけだった。


「量が少なかったからこんなもんだな。多ければ時間が掛かるし、材料が生成物に近ければ時間は短くなる」


「これが錬金術……?」


「ああ、ダメダメ。姉さんのと一般の錬金術を一緒にしちゃ」


 すかさずシャロンの訂正が入る。

 キサラの錬金術は一般の錬金術師には理解できない物だと言うのだ。


「アランフォードでも錬金術は未だ黎明期だからな」


「それも違うと思うなぁ」


 キサラにも訂正するシャロンであった。

 まあ、何はともあれ、原材料に銭が掛からないのは良いことだと菊幢丸は思うことにした。

 

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