第5話 菊幢丸の異常性

 奥の間を借りて菊幢丸とキサラは二人きりの場を用意した。

 これはキサラからの要望であったが、何をされるかわからない菊幢丸は事さらに嫌がったのだが、義晴も卜伝もキサラを何故か信用し、上様が仰るならと近習衆も菊幢丸に味方しなかった。

 菊幢丸自身の近習に連れ去られている最中にあったが、キサラの威圧に負けてしり込みしてしまっていた。

 後で覚えていろよ、と脳内で罵る菊幢丸。

 そして運命の部屋に到着する。

 部屋の戸を開けるなり、腕を放され放り込まれる菊幢丸。この様な扱いなど今生初めてであるために驚きを隠せない。

 持ち前の運動能力で転倒は避けられたが、蹈鞴を踏んだ。

 何するんだと目で文句を言うが、キサラには何も感じさせない瞳で見返されるだけであった。


「時間ももったいない、さっそく本題だ」


 後ろ手に戸を閉めたキサラが菊幢丸を睨め付ける。

 キサラの視線にたじろいだ菊幢丸は一歩、いや数歩後ずさり腰を着いた。

 それを話す合図と受け取ったか、キサラも進み出てその前にドスンと腰を下す。


「小僧、単刀直入に聞くが、アンタ、何者だい? アンタの親父さん含めここで会った全ての人間はアタシの話を疑うことはなかった。アンタを除いては、だ」


「それがそもそも、可笑しいんだよ……何で皆、魔法なんて胡散臭い物を当然のように信じてるんだよ……いくら、信心深いからって、魔法だぞ、魔法……」


 菊幢丸のその呟きはキサラに対する回答というよりは、自身に言い聞かせるような物だ。

 陰陽師、妖怪とかならまだしも、魔法は異国の言葉。菊幢丸は魔法が異国の陰陽道のような物だという説明も受けていない。なのに、義晴らは魔法という言葉を当たり前に受け入れていた。


「それは、アタシの魔法が作用してるからだ。アタシの言葉は聞き手に対して正しい知識として認識される。それが、何故か、小僧には通じていない。これは異常だ」


「へ? 魔法って、あんた、本当に魔法使えるのか?」


 驚きつつも懐疑心が強い菊幢丸が恐る恐るキサラに尋ねる。


「魔法が使えない魔法使いは詐欺師だぞ、侮辱してるのか?」


 言葉には怒りが含まれているのを感じた菊幢丸は、これまでのやりとりからキサラが本当に魔法が使えるみたいだと遅まきながら理解してきていた。

 だが、そうなると何故、自身にはその魔法が通じないのかが、キサラ同様に疑問となる。

 他の人間と菊幢丸の違い……それは……


「僕が転生者だからか……?」


「転生者?」


 小さく零した己の疑問はしっかりとキサラに聞き取られてしまった。

 まあ、相手も魔法使いだというし、自身が転生者でも珍しくないかと思い、菊幢丸はこの10年秘匿して事情をキサラという異国の魔法使いに話すことに決めた。

 誤魔化しても直ぐにボロが出てバレそうだと思ったのも後押しをした。


「ふむ……死因は分からないが、前世の記憶があり、それは今から400年以上未来の世界のことか……それは、また珍しいな」


 話を聞き終えたキサラは腕を組んで瞑目した。


「それで、400年後の未来で魔法はどうだったのだ?」


「魔法使いなんて名乗ったら精神病院行きかなぁ……あるいは犯罪を犯してたら刑務所かも」


「何故、そうなる? 魔法使いは純然とした職業だぞ」


「科学が凄く進んでいてね。人の成り立ちや星の在り方、宇宙の事とか色々と解明してるんだけど魔法は未だ未知、ファンタジーの域をでないんだ。錬金術何かもあったんだけど、実際に物質の変換はできずに化学の発展に貢献してる」


 考え考え説明してる菊幢丸に対してキサラは特に質問を挟むことなく頷いていた。これはキサラの魔法が菊幢丸の言葉をその意図として理解して伝わっているからでもあり、彼女の非凡な頭脳が瞬時に自身の内面に落とし込んでいるからだ。


「そうか。小僧は魔法というものを既に知っており、アタシの知識にある魔法の常識がそのファンタジーの物とすり替わっていたのだな、ふむふむ。面白い」


 魔法を知る者は大抵が魔法を実在の物としるか実在しているかもしれないと知る者が大多数だったが、魔法を知りつつ虚構の産物とする世界があるとは。


「だが、もっと面白いのは小僧、お前そのものだ」


 そう言い放ったキサラの笑みは面白いと言いつつも真剣そのものである。


「そりゃあ、転生者なんて珍しいんだろうけど、魔法使い程じゃ……」


「違うな。魔法使いもそうだが、転生者も珍しいものなんかじゃないぞ」


「へ? そうなの?」


 真剣に考えていただけに間の抜けた声が菊幢丸から出た。


「ああ、そうさ。死後の概念には幾つかパターンがある。生前の行いによって次に行く世界が決まる。天国やら地獄やらもそれになるが、これも転生の一種で生前の記憶がある。次に魂が漂白された上で生前の行い次第で様々な生物に生まれ変わる、これも転生だな。この場合稀に前世の記憶を持っていたり、突然思い出したりもする」


 指を立てて説明するキサラに菊幢丸はなるほどと頷くと自分は後者の方かと呟く。


「いや、違う。似てはいるが別物だ。この世界の死後のシステムはエナジーリングソウルクリーンタイプと呼ばれる奴だ。死後に星霊流に乗って各星の中枢に運ばれ魂を浄化されて様々な用途に使われていくんだ。一個の魂ではなくなり複数の力と融合したりあるいは分解されて利用される。運が良ければまた生まれ変わる事もあるが元の記憶や意識が完全である確率は低いだろうな」


 そこで何故か溜息をキサラは吐いた。

 その柳眉は中央に寄せられ何処か苦々しい。


「先の生まれ変わりシステムには管理者がいる。だから生前の業で生まれ先が変えられるんだがな、このエナジーリングソウルクリーンタイプにはそれがない。様々な宗教で言われているだろうが死は平等であるを地で行くシステムだ」


「じゃあ、この世界の転生者は珍しいってこと?」


「まあ、他のシステムよりはだがな。さっき言ったように決してないわけじゃない。探せば1000万人に一人くらい居るだろうさ、まあ、自覚があるかは知らんが」


「じゃあ、僕が珍しいのは、何が原因ですか?」


「それはなぁ……流れに逆らっているからだよ。エナジーリングの流れは過去から未来へと進む。それに流される魂も同じで、再利用される先も未来で活用されるんだ」


「ん? だって僕は400年前に転生して……ああ、なるほどね、そりゃ珍しいわけだ」


 前世で逆行転生物の小説を良く読んでたけどあれは魔法使いから見ても珍しい事だったんだな、と感慨深げに思う。


「さて、じゃあ何でそんな事になったかだが、これはアタシの憶測でしかないが聞くか?」


 キサラの問いかけに力強く無言で頷く。もしかすると運命だとか何だとか言われる可能性がある。この時代に転生した理由が分かるかもしれないのだ。


「魂って言うが、魂魄って呼ぶのが正しい。その魂魄は魂壁という魂を囲う枠とその中身である魂で一つとなる。不定形な形である魂を模る器が魂壁だ。この魂壁が頑丈である内はエナジーリングの流れに囚われる事もなく、普通に生きていける。死によってこの魂壁が傷ついたり弱くなったりするとやがてエナジーリングに運ばれていく事になる。偶に生前の未練が強くて魂壁が強化されて現世に留まる場合もあるにはあるがな」


 怨霊、悪霊などの幽霊とかそういう類だと菊幢丸は察した。

 

「でだ、小僧、お前の魂壁だが普通より器が大きい上に頑丈みたいだな。見ただけじゃその程度しかわからんが、詳しく調べれば何万年に一人の逸材かもしれん」


 死後も流されないどころか、意思を持った状態で滝登りする鯉が如く時流に逆らって進む事さえ可能。それは本来、木の枝から落ちた実が地面でなく天空へと飛翔するような物。そんな事すれば魂壁も酷く摩耗しようが、キサラが見た感じ、まだまだ堅牢だ。


「そ、そうなの? 僕なんか平凡を絵にかいたような人物だと思うけど……」


「自己の評価など、己自身が判断すれば、お前と同じか過大評価するかの両極端だ」


 全く正しく評価など出来はしない。必ず心のどこかで平均より上か下かで見る。

 自分で普通だと思うものほど何方かに寄っているのだ。


「とは言ったが、魂の事などそれらの事をしっかりと習ったうえで実践を積まねば分からぬだろうがな」


「つまり、僕は常人だけど魂が規格外だってことなんだ?」


「魂というよりも魂壁がだな。どうせ気づいていないだろうから教えてやるが、お前の魂壁の中には二人分の魂が入って混じりあって一つになってるな。それが溢れることもなく収まってまだ余裕さえあるようだ」


「え!? それってどういう……」


「ここがお前の言う過去の世だというのであるなら、本来、あの将軍の子供の魂が入り込んだのだろうさ。ただ無垢の魂が既に確固とした個人を形成している意識と合わさればそっちが意思を持つ前に取り込まれるさ」


 キサラの説明に明らかな動揺を示す菊幢丸。

 てっきり、本物の代わりに転生したと思っていただけに、まさか本当の足利義輝を犠牲にしていたと言われて得も言われぬ罪悪感を抱いてしまう。


「小僧、お前、昔から他の者より強いだとか、物覚えが良いとか言われてないか?」


「確かに神童だとか言われてたけど、それは僕が転生者だからじゃ……」


「間違いではないな。ただその転生者にもう一人分の魂が吸収されて常人の倍の能力を得たというのが大きいが」


 事実を淡々と述べるキサラに顔色が段々と悪くなってゆく菊幢丸。

 震える唇と上手く回らない舌で言葉を紡ぐ。


「そ、そんな……僕は、ん、何の権利……が、あ、あって……」


 菊幢丸は欲した。実は自分が足利家の遠い血縁で祖先の無念が室町幕府を復興させるように呼び出したという逃れられない運命というお題目を。


「権利? 魂が生き延びようとした結果じゃないかね。エナジーリングに囚われた際にこのまま流れに従うと待っているのが滅びだと本能が悟って、必死に生き延びようと逆らった結果がお前のいう逆行転生になったわけだな」


 輪廻から逃れるために現在から未来に進まず、過去へと逃亡。その先で偶々に生まれようとしている魂の動きを利用してそれに同調した。

 その結果が今の菊幢丸だ。

 本来、何も知りえずにただ、戦国時代をどうにか死なないように生きていく事を目的としてきた菊幢丸だったが、そこに異界から来た魔法使いの存在にその生き方を狂わされていく事になるのであった。



 



 


 


 




 






 



 

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