第4話 魔法使いと転生者

 キサラの機嫌は低下していた。

 この国の将軍の住まう城にやってきたが、謁見は卜伝だけで、その後の宴会も卜伝らとは違う部屋で行われている。

 理屈は分かる。国に纏わる権威とはそのようなものだ。アランフォードでも同じだからである。

 もっとも、キサラの立場なら待たされる処か待たしてもいいしドタキャンしても誰も文句が言えないが。

 ただ、今は一介の異邦人故、この待遇にも不満はない。あるのは、面前に置かれた料理だった。


「アタシの獲物がない……」


 そう。キサラが獲った雉が出ていないのだ。

 後で供されるのかと思えば、この国の料理スタイルは1つの御膳という足つきの盆のような物に乗せられた料理が宴会での全てだという。

 そこに雉がないのは、そういう事なのだ。


「すまんな、キサラ殿。上様らを差し置いて我らが上等な物は食うわけにはいかんのだ」


 卜伝の弟子に頭を下げられる。

 その表情は心底すまなそうで、彼を詰めるのは気が引けた。

 ふう、とため息一つ。

 どんな味がするか楽しみだったのだが、仕方ないか。

 とりあえず、ご飯にはありつけた。この国の料理はどのような味がするのであろうか?

 料理とは時と場所が違えばその味は千差万別だ。 

 様々な場所を巡ったキサラの楽しみの一つである。それが美味かろうが不味かろうが意味はない。純粋に楽しいのだ。元々、ここ何万年かは飲食も不要な身体だ食事は趣味でしかなかった。


「まずは。この汁物から頂いてみようか」


 戦いからの短いながも旅で喉の渇きを覚えてはいた。水分が補給できるならそれに越したことはない。


「ほぅ……変わった風味だけど、悪かぁない。程よい塩気が疲労した身体にいいな」


 なんの事はないただの菜っ葉の味噌汁である。

 だが、キサラにして味噌という調味料が珍しいものだった。

 似たような調味料はあるが、彼女の故郷に大豆という豆が存在していなかった。

 それは万の歳月を生きたキサラにとって衝撃であったのである。

 

「主食は……これは米か。稲作をしてるのか」


「米は贅沢なものですな。庶民は稗や粟などの雑穀を雑炊にして食べておりまする」


 卜伝の弟子から注釈が入った。

 貧富の差があるようだ。

 それは、どんな世界でも同じだった。


「安くて多く取れる米を売れば儲けられそうだな。本格的にこちらで暮らしていくには手に職は欲しいところだ」


 魔法使いで売っていくには少し博打が過ぎるのが現状だった。

 漬物をポリポリ齧りながらキサラは思いに耽る。

 ただ。


「そんな米があるのか?」


「あるさ。アタシの故郷になら」


 今手にないのが問題だった。創造系の魔法で作る手もあるにはあるが魔力消費問題はまだ解決していない。

 今、キサラが一番危惧しているのは、この身体が崩壊した時の事だった。

 壊れたら作り直せばいいだけの話……だったのは、アランフォードでの事。

 この世界での魔元素を使って構成することもできるが、その性能はこの世界の規格に準じるだろう。

 まあ、それでも問題は大してないが。

 生きてさえいればどうにかなるがキサラの信条だ。

 身体が無くなっても死ではない。キサラの本体は魂そのものだからだ。

 だが、その魂がこの世界では危険に晒される。


「エナジーリングソウルクリーンタイプとはな……」


 その呟きは宴会の喧騒に紛れて誰かに拾われることはなかった。


_____________________________________


「ところで、塚原殿。事前では供の者は弟子が9人と聞いておったが……」


 宴も進み、ある程度酒も回ってきた所で将軍義晴が切り出した。

 ツマミにキサラが獲った雉肉を食べながら。

 請われてやってきたはいいが、面倒になる以上、厄介になる人数はしっかりと伝えておくべきである。

 それ故に、卜伝は少々困った顔をしながら深々とその白髪頭を下げた。


「あい、すみませぬ。道中で難儀している者と出会いましてな。行く当ても無いとのことで誘ったしだい。腕前の方は拙者が保証いたしますので、この者も菊幢丸様の指南に加えて頂きたく存じまする」


「うむ……剣の腕はその方を信用しよう、だがのぅ、身元の方は保証できるのか?」


「どういうことですか、父上?」


 渋面を作った父親に菊幢丸が口をはさむ。

 かの卜伝が将軍の御座所に帯同を許す相手であれば、そのあたりも問題ないのではないか。


「それがな、その者は南蛮人の女性だというのだ」


「南蛮人!?」


 想像の斜め上を行く返答に転生者である菊幢丸でさえ、驚きの声を上げた。いや、転生者だからこそ、であろうか。

 鉄砲伝来以来、南蛮船がやってきているのは知っている。

 しかし何か月も掛かる航海に女を連れてやってくることはないという事実を知っているからだ。

 しかもその女性が卜伝が認める剣術の達人ということも驚きの一端を担う。


「確かに、身元の件では上様がご懸念なされるのも致し方ないと思われまするが、かの者の性、善性にして思慮深く、また日ノ本に来られたのも自ら意図したものでなく不慮の事故でとのこと。腹に何か抱えてるとは思えませぬ」


「塚原殿程の人物がそこまで言うのであれば、会って話をしてみるかの。儂の目に叶えば、言う通り、菊幢丸の指南役にしても良いだろう」


 興味を覚えた義晴がそう決断した。

 そうと決まれば、善は急げともいう。

 宴の最中であるならそれほど身分等も気にせずにすむ。

 所謂、無礼講にしてしまえばいい。


「上様、お客人をお連れいたしました」


「うむ。入れ」


 義晴の近習が障子戸を開けると、そこには身長は160センチくらいの金髪で碧色の瞳をした女性がぶっきら棒に突っ立ていた。

 平伏してないとか、その際どい恰好はとか、そんな物は明後日に投げ捨てて菊幢丸は惚けた。

 そのあまりの美貌に。

 出る所は出て凹むところは凹んで、体系における黄金律とはこのことだと視覚的暴力に訴えられた思いであった。

 女性の好みには人それぞれがあるであろう。

 可愛い人がいい、いや、きれいな人がいいと言う者。

 スレンダーがいいよな、いや、ぽっちゃりだろうと宣うもの。

 巨乳だ、貧乳だ、乳だろ? いや、尻だ!

 論争を起こすほどのこだわりもあるだろう。

 年上だ、年下だ、お、幼いほうが……、俺、ホモなんだ。

 拗れた性癖持ちだっている。

 しかし、老いも若きも男も女も、果ては3次元より2次元が好きだと豪語する猛者も彼女を初めて目にすれば心は一つに纏まる。

 ただただ「美しい」と。


「ああ、なんだ、一人すんごい顔してる奴がいるけど……アタシに話があるんだろ?」


 部屋にいた卜伝以外の人物が多少の差はあれ惚けていたが、中でも一人顔面が面白いことになっている少年がいたが務めて無視してキサラは将軍義晴の前に歩み出てドサッと座った。行儀もへったくれもないし、第一に座って良いとも言われていないが、誰も注意をしなかった。因みに胡坐である。

 相手が誰であれ泰然自若、場合によっては傍若無人とも見える姿勢がキサラという娘の在り方である。

 特に公の場面、相手が偉ければ偉いほどにその傾向が出やすい。

 所謂、舐められたら負けであるからだ。


「うむ、そうだ。幾つか尋ねたいことがあるのだがよいか?」


 そしてそれを許してしまう雰囲気、貫禄がキサラには嫌って程に備わっていた。


「ああ。かまわないとも。ご飯を食べさせてくれたからな、質問の一つや二つ答えるのは吝かじゃないぞ」


「そうか、ではまず……そなたは事故でこの国に流れ着いたと聞いた。目的があってきたわけではないらしいが、ならば今、何をしたいのか?」


「生きていたい」


 簡潔にただそれだけに力を込めた返答。

 当たり前すぎて、意表を突かれた義晴達であったが、よくよく考えて見れば至極まともな回答だった。

 意図せず見知らぬ国に来た。それも一人で女の身だ。真っ当に生きていくのは辛い環境だろうと。

 もっとも、キサラの言葉の意味はもっと極限的に本能から来る物であったが、それを理解した者はいない。

 それがわからないままに話は進む。


「生きる為に衣食住を確保せねばなるまい? あては……あるはずがない、そうよな?」


 卜伝には付いてこないかとは言われたが、そこは保証されていない。彼との約束としてはここに連れて来てもらった事で一応果たされたといえよう。


「確かにないな」


「そなた、何ができる? 剣の腕前はこの塚原が証明してくれるそうだが?」


「出来ることか……そうだな強いて言えば、何でもできるぞ」


「そうか、何でも……は? 何でもできるというたか?」


 何でもないように答えられた為にすんなり受け入れそうになった、義晴は慌てて問いただした。


「ああ、アタシは魔法使いだ。無理を通せば出来ないことの方が少ないくらいだろうさ。もっとも、今、無理をすればアタシの存在が危ぶまれるから出来ないがな」


「そうか。魔法使いであるなら、手に職は困らぬであろうな」


 何の疑問も抱かない義晴達に、那由他の彼方に旅立っていた菊幢丸が慌てて帰ってきた。


「ち、ちょっと待ってください父上!? 魔法使いですよ!? わかってますか!?」


「勿論だ。この者の故郷では珍しい職でもないらしいじゃないか」


「そんな訳ないでしょう! いくら南蛮でも魔法なんか使える人間が居るはずないじゃないですか!」


 自身の常識を覆される話題に熱くなっている菊幢丸は、気づかなかった。

 彼を見つめる碧眼が細められた事に。


「何を言っておるのだ菊幢丸よ。確かに日ノ本では聞かぬが、この者の国では日常的におるというであろう?」


「ですから、その話はどこの何方からお聞きになられたのですか!?」


「それは、今、目の前にいるこの者からだ。名は……キサラと言ったか?」


 義晴の視線が向いたのでキサラは答える。

 そして、丁度いいとばかりに口をはさんだ。


「そこの坊や。菊幢丸と言うらしいが、将軍の息子だろう? アンタは何故、親父さんの言葉をそこまで剥きになって否定する? 流石にアタシの故郷に来たことはないだろう?」


 ならば、話の真実は分からないだろう。

 それに義晴や卜伝らはキサラの魔法で魔法の存在がどういうものか理解しているからこそ、キサラの言葉を信じている……それが菊幢丸に通じていないのに疑問があった。


「将軍、どうやら菊幢丸にはアタシから詳しく話した方が良さそうに思う。少し借りていいかい?」


 疑問を疑問のままにしておくのは性分じゃない。

 それがやがて致命的な何かに繋がる可能性を知っているからだ。


「ううむ……我が子は昔から聞き分けが良かったのだがな、ここまで儂に立てついたのは初めてじゃ。ならば魔法使い殿ご本人から説明してもらう方が確かにいいのう」


 腕を組んで唸る義晴に言質はとったとばかりに、キサラは行動に移す。

 すっくと立ちあがると、菊幢丸の腕をつかみ強引に立たせた。


「部屋を変えてじっくりと話そうか、なあ、菊幢丸?」


 キサラから感じる圧に逆らえない少年は、周囲に助けを求めるように首を巡らすが、誰もがそうするといいとばかりに頷き、彼の味方は皆無であった。

 こうして、異界の魔法使いと現代からの転生者は会合を果たしたのであった。


 






 

 





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