第6話 魔法少年菊幢丸
菊幢丸は混迷の極みにいた。
これまで、たんに足利義輝に生まれ変わったと思っていたのが、まさか義輝を取り込んでいたとは露にも思わなかったことだ。
人によっては別に同じようなものと思うだろう。
しかし菊幢丸に転生した彼は違った。
本来誕生する筈だった義輝の命を奪ってしまったと認識したのだ。
室町幕府13代征夷大将軍としての義輝。それを乗っ取ったのならば、自分はこれからどうすればいいのだろうか。
史実同様に幕府復興に心血を注ぎ、永禄の変で殺されないといけないのだろうか。
その迷いが口に出た。
「僕は、これからどうすればいいんだ……」
これまでは義輝に生まれ変わったが、義輝本人ではないからと史実の束縛から逃れる為に色々考えた。
それが間違いかもしれないと思わずにはいられない。
「ふうん……何を考えてるのか分からないでもないけどな、別に好きにしたらいいだろうさ」
菊幢丸の葛藤を他人だからかにべもなく切って捨てるキサラ。
少し恨みがましい目を向ける菊幢丸に魔法使いを名乗る娘は告げた。
「どうせ、歴史がどうとか、自分の役目がどうとか小難しい事で悩んでんだろうが、お前にとってここは今を生きる場所だ。なら、自分がどう生きようが文句を言う奴はいないさ」
「そうは言うけど、史実が変わってしまうんじゃないか?」
さっきまで自分も殺される史実を変えようとしてはいたが、それは足利義輝として生まれはしたが、義輝本人じゃない自分が死ぬ必要はないだろうと思っていたからだ。史実が変わるというなら、本来の義輝がどう行動して永禄の変に繋がったのか細かい事情は知らないのだからその辺は史実と違ってくるはずであるし。
「史実だぁ? お前が未来の人間だったから言うのだろうがな、今、この時代を生きる者たちが築くのが史実ってもんなんだよ」
何処か冷めた碧眼が菊幢丸を見やる。
何というか、またか、みたいな。
「アタシの故郷にもいたがな、過去を改竄しようとする者は多いんだよ。そして、それに反応する現代を生きる連中は特に気にしないんだ。何故かわかるか?」
ここに至って、キサラの魔法が正常に働いた。
今まで菊幢丸は彼女の事を南蛮人だと思っていたが、実は異世界人である事が正しく意思として伝わったのだ。
その事に大きく驚きつつも、魔法使いがいるなら異世界もありかと納得した菊幢丸。
「え~と……パラレルワールドになるからかな……?」
歴史が変わり今の生活が一変、更には自分が消えるかもしれないとなれば大問題になるはず。それが無関心とか言われると、それしかい気がした菊幢丸。
「ほぉ、正解だ。400年の知識とやら伊達ではないようだ。アタシの故郷でもこの問題に終止符が打たれたのは魔道星暦5900年代に入ってからだから相当早い結論に至ったんだな。大したもんだ」
素直に関心したキサラだが、菊幢丸としては(多分、あっちは実際に事件があって、こっちはただの机上の空論なんだろうな)と思うのだった。
「お前の言う通り、過去が変わっても今は何も変わらない。過去を変えて戻って来た連中が嘆いたもんだ。あいつらは、変えた未来の時空座標に新たに旅立つのが正解だったわけさ」
そこまでをしみじみと語ってから菊幢丸をじっと見据えるキサラ。
もう何が言いたいか分かるな? とばかりだ。
菊幢丸の方も愚鈍じゃない。
故に悩んだ。
これまでは、死なないように考えてきただけで、それが目標かと言われるとどうなのだろうか。
転生者らしく、物語みたいに日本を統一する? 菊幢丸の場合は幕府の再建でもいいだろう。
それとも今の身分を捨て田舎でスローライフを送る。
いいかもしれないと思いつつも、退屈そうではあるし、何より今の身分が許してくれまい。
どれほど悩んでいたか、ぽつりと菊幢丸が零した答えは……
「生き延びたいな」
そうである。何を成すにも生きていなければどうしようもない。
この時代には戦がある。謀略がある。飢饉がある。治せない病気がある。
とにかく、生存率は低い。特に帰農なんてしたらあっさりと死にそうだ。
結局は根源的な本能に従った望みが答えになった。
「ハハハ! そうか、生きたいときたか! いいぞ、無茶な野望を口にしたり、綺麗ごとのお為ごかしを聞かされるより気分がいい!」
ツボにハマったキサラはしきりに笑い声を上げた。
それを呆然と眺める菊幢丸。
やがてキサラの笑いが収まると、凄く真面目な顔つきで菊幢丸に話し出す。
「菊幢丸、アンタに少し、アタシの事を話そう」
曰く、異世界から不慮の事故で日本にやってきた。帰ろうにも現在、それがかなわない事。
そして、この身体は普通の肉体にあらずということ。
「普通の肉体じゃないって、どういうこと?」
「アタシは不老不死を求めて、魂壁をぶっ壊したのさ。魂壁はさっき言った以外にも肉体の情報の集合体でね、成長や老化、寿命なんかを制御もしているんだ」
そんな魂壁がなくなれば、肉体は制御できず暴走崩壊する。
そこでキサラは魔力で細胞を一つ一つ作った身体を用意してそこに魂を移し替えた。
この身体は生身の肉体より強力だ。
どのぐらい強力か?
「素手で神を殴り倒し、悪魔を蹴り飛ばせる」
冗談かと笑おうと菊幢丸は思ったが、キサラの目が本気すぎて頬が引き攣った。
「だがなぁ……ここで問題が発生した。この世界、魔力の素になる魔元素が少なすぎる。薄すぎる。おまけに不純物に汚染されて質が最悪ときた」
こんな環境ではキサラの故郷基準の魔法使いは生まれないだろう。
そうキサラは断言した。
よくて、紛い物程度が稀に生まれるかどうかだと。
「それでもこの世界に魔法使いがいるかもしれないんだ?」
「アンタが言うと可笑しいね。自分の存在は既に魔法の域に足を突っ込んでるようなものなんだぞ?」
確かに転生者なんて御伽噺の産物。魔法使いとどっこいだ。
「それで、その魔元素とやらが最悪なものだとどうだっていうんだ?」
「アタシが魔力を使うとこの身体が維持できなくなる」
キサラの身体は超高性能の魔力細胞で構成されている。それを補うにはそれなりの質と量の魔元素が要る。
魔元素であれば、どんな物であれ魔力は生成できるが、この世界での魔元素で生成した魔力ではとても今の身体を維持できない。
「じゃあ、魔法が使えない魔法使いって事?」
「いや、まあ、本来なら貯蔵してある魔力で大抵はどうにか出来るもんなんだけどなー……ここに来るときに殆ど使い切っちまってなぁ」
何事も堂々、ハキハキ話すキサラからすれば珍しく口ごもる様子に菊幢丸は推理を立てる。
「異世界に漂流した魔法使いってことは、転移魔法の暴走ってところかな?」
「いや、それはアタシを馬鹿にしすぎ。そんな三流以下のミスはしないぞ」
「じゃあ、何でよ?」
「ああ、ちょっと神と大魔王とのガチバトルに横やり入れてきた」
「は!?」
「アイツら、自分の世界が傷つくのが嫌だからって、アタシらの世界で大戦争おっぱじめやがってさ、双方ぶちのめしてお帰り願おうと思ったら、共同戦線張られちまったんだよ……さすがに無理すぎだろ……」
スケールが宇宙的過ぎて話が頭に入ってこない菊幢丸であったが、とりあえず、そんな状況ならどんなに魔力を持っていようが無くなるかもなとは思うことができた。
「そんな訳だから、この世界の魔元素で使える魔法を開発して魔法使いをやっていくつもりではあるんだけどさ、それだと凡百の魔法使いと大差はないな」
と、言った上でタメを作ってキサラが真剣に言う。
「それでもこの身体の維持で魔力は使わなくても減っていくんだ。もって2,3か月か」
「え! それは大変じゃないか!? あんたにとってそれは死と同じだろ!?」
「アタシの本体は魂そのものだから、身体の消滅=死じゃないけどな。だが、この世界では似たようなもんだ。この世界の死後の流れはさっき話した通りでな、肉体を失えばエナジーリングに囚われて魂の洗浄場に運ばれる。これに抗うのは不可能だ」
仮に意識を保てたとしても力は相当削られていくだろう。そうなれば元の世界に帰るのは絶望的だ。
いや、生命体に戻れるかすら疑問だ。
「な、何とかなんないのかよ! あんた、神様にすら喧嘩売れる魔法使いなんだろ!?」
出会って間もない相手だが、菊幢丸はこの異界の魔法使いが心配だった。信じられない美人だとか、自分の事を教えてくれただけではなく、単純に知り合った人間が死んでしまうという状況に脳がパンク寸前に陥っていた。
「ないな。と、ちょっと前までは思っていたんだが、今なら手はある」
対してキサラは落ち着いていた。
おそらく、自分の考え通りに事は進む。
「ほ、本当か! ど、どうするんだ!?」
「菊幢丸、アンタ、この時代で生きたいって言ったよな? で、アタシもこの世界で生きたい」
「それがどうだっていうのさ?」
「単刀直入に言おう。菊幢丸、アタシと契約して魔法使いになる気はないか?」
この誘いこそ、後に魔法剣豪足利義輝誕生の切っ掛けになるのであった。
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