第2話 時は戦国乱世
「ペッ、ペッ!」
へそ出し太股まる出しルックの娘、その名はキサラ。彼女は口に入れて咀嚼した草を大量の唾液と一緒に吐き出した。
「うぇ~食える草と食うための草は違うな……」
ここが何処なのかはまだ分からず仕舞い。
幸いにも大地は土がむき出しで、両脇には草むらがあるから道だと思い、とりあえず太陽が沈む方角に歩みを進めていたのだが、不意に空腹を覚え何か食べようと思い、事に至った次第である。
「魔力さえあれば……」
キサラの口から零れる声は、今吐き出した草と同じく苦々しかった。
しかし、ない物強請りである。
建設的思考でないので、この場では追い出す。
「調理器具と調味料さえあれば、この草もまだ食べられるかー?」
しかし、これもまたない物強請りであった。
そもそも、兵隊として戦いに赴くのでもないのに鍋や塩とか持っていくわけがないのだ。
武器と防具と幾つかのアイテム。そして身一つあれば十分であり、キサラに至っては身体一つで全てがオールオッケーなのが持ち前のスタイルである。
故に、この場では困っている。
魔力回復のメドが少しでも立たないうちは魔法の使用は避けねばならない。
確かにこの世界の魔元素でも魔力は生成できる。
できるが、微々たる量で質が悪いから通常の魔法行使に使うには非効率的なのだった。
そして、魔力の欠乏はこの身体に大いに障る重大ごとである。
「まさか、不老不死の為に生身の肉体を捨てたのがここで痛手になるとはな……こんちくしょおー!」
そうなのだ。キサラの体は人と同じ細胞で出来てはいるが、その細胞は魔力で構成されている。
一つ一つの細胞が魔元素を取り込み魔力を生成し貯蔵もする。しかし、逆に魔力が無くなり、魔元素が不足すると細胞は崩壊してしまう。
外界の魔元素が足りないのなら物質に含まれる魔元素を取り入れるのも手であり、それが食物を摂取することなのだ。
その第一歩をキサラは失敗したわけである。
「草がダメなら獣だ! 魔獣なんてこんな世界には居ないだろう。ただの獣ならアタシの拳で仕留められる!」
もし、この場に彼女を知るものが居れば、貴女なら魔獣どころか神獣でもパンチで倒せます、と総ツッコミを入れてくれたであろう。
「獲物を探すとなると、鳥獣探知がいいか?」
探知系魔法も色々だが生命探知だと動物も植物も反応するし、動物探知だと虫まで感知する。分類を絞れば絞るほど魔法は難易度と消費魔力が増えるから考え物だ。
動物探知の反応が大きい物を狙うという手もあるが、この世界の生物の大きさは知らない。ならば、ある程度種類を絞るしかない。
探知した獲物を
「よしっと……それっ!」
魔法に掛かった獲物は鳥だった。大きさは80センチくらいで茶色い奴だ。
北西の上空100メートル程先を飛んでいるそれをそこいらで拾った石の投擲で撃ち落とす。
すぐさま、落下地点に駆け寄る。獣に横取りされては堪らないからだ。
「ちょっと待ったぁ! そいつはアタシの獲物だよ! 横取りは許さないからな!」
キサラは急いで来て良かったと心底思った。撃ち落とした鳥を10人ばかりの集団が取り囲んでいたからだ。
身なりとしては、先の山賊まがいの男たちよりも身ぎれいな衣服を着ている。
剣……鞘の形からして刀を腰に佩いた男達だ。強さはさっきのよりかなり上だとキサラは見た。まあ、コオロギかバッタの違い位だと思う。
「ほお、この雉を射止めたのはお主か? 火縄を使ったにしては音はなく、弓を射たにしても矢は刺さっておらん」
突然大声を掛けられた男達は一瞬驚きながらも、その中から老齢の男が鳥の足をもって前に進み出てきた。その際に、キサラの格好に驚いたのか僅かに戸惑った様子が見られたが、この老人に隙らしい隙が殆どなかったのにキサラは驚いていた。
「そうさ。石拾ってぶつけて落っことしたんだ。大事な食いもんだからやらないよ?」
「石とな!?」
キサラの言葉に男たちが動揺した。彼らからすれば道を歩いていたら雉が空から降ってきたものだが、それが石礫で撃ち落とされたと言われて驚愕している。
雉には胸のあたりに何かが貫通した痕があり、それを見た彼らは鉄砲によるものだろうと予測していたのだが、発砲音がなく不思議に思っていたようだ。
「噓を言うな!」
男の一人が息巻いた。
常識で考えて不可能だからだ。
「嘘じゃない。でも、信じないならそれでもいいさ。大事なのは、その鳥は私のご飯だっていうことだけだからね」
キサラは男を否定しなかった。押し問答してる暇がもったいないと思った。
だから、老人に手を出してさっさと獲物を寄越せと催促する。
「はははっ! そうか飯か! それはすまなかったの。しかし、礫で空を舞う鳥を射抜くとはお主、相当な腕前のようじゃな。異国の何らかの武芸なのかの?」
老人は素直に雉をキサラに渡すと、その姿を再度、一目して尋ねた。
「芸って程のもんじゃない。普通に投げて当てただけだ」
その言葉に流石の老人も目を剥いて驚きの表情を見せるのだった。
と、そこで雉を受け取ったキサラはふと思った事を口にした。
「あ、ところでこいつ、食えるのか?」
「う、うむ。中々の上物じゃが……お主、何も知らんでこの雉を撃ったのか?」
「まあね。知ってることより知らないことの方が多いんだよ、厄介な事にさ」
やれやれと言った感じに肩をすくめて自嘲するキサラに何かを考える老人。
「その髪や目の色といい身に纏ってる衣類といい、日ノ本とは何処か遠くの国の出のようじゃが、言葉はえらく流暢じゃな?」
「ああ。アタシはこの世界とは違う所から来た魔法使いって言っても通じないか……?」
「魔法使い、とな?」
「ああ、ちょっと待ってな……ここは、こうだから……こうして、こうか”我の言の葉は我意図をすべからく伝え、我が聞く言の葉は正しく我の耳に入る”」
キサラは翻訳魔法をちょっと改良した。
「で、アタシは異世界アランフォード出身の魔法使い。この世界には、ああっと事故? みたいなもんで漂着したのさ。つい先ごろにね」
「なるほど、魔法使い殿であったのか。さもあらん。しかし、世界を流されるとは難儀な目におうたの」
ちゃんと魔法使いや異世界の概念が通じていることに、内心で握り拳を作るキサラ。
これなら、アランフォードと大して変わらない社会としてやっていけそうだ。
何しろ、アランフォードでの魔法使いの需要はすごく高い。人気職ナンバーワンにして不動の高給取りである。
「でさ、ここが何処なのか教えて欲しいんだけど?」
「それならば、仕方あるまいな。ここは日ノ本は機内にある近江国朽木じゃ。すぐ隣が京の都になる」
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学問は楽しかった。始めは文字が読めずに泣きそうになったものだが、赤子が文字を読めるはずもないので問題にはならずにすんだ。
年を経て文字の読み書きの勉強が始まると意外とすんなり覚えることができたのには驚いたものだ。
現代語で凝り固まった脳で古文が理解できるか心配だったが杞憂に終わってほっとしたのは内緒である。
今日の学問も恙なくこなし、これから夕餉までは自由時間だ。
本来なら楽しい自由時間が、僕には苦痛の時間だった。
とにかく、やることが無い。
野山を駆け回る?
都会のモヤシっ子だった僕には荷が勝ちすぎる。
体がついていけないわけじゃなく、心がついていけない。
前世、アウトドア派だったら良かったと何度悔やんだ事か。
ならば、本でも読もうかとなるところだけど、この時代、本は貴重で高額品だ。
この朽木谷の屋敷にある蔵書はさほど多くなく、全部読んでしまった。
だから、僕はこれからのことをどうしても考えてしまう。
「史実なら、来年には僕が征夷大将軍か……足利幕府の、それも十三代目の……」
そう、あの非業の死を遂げた足利義輝が僕の将来だった。
前世は何で死んだのか覚えてないが、義輝の最期は悲惨である。
政敵ではあったが、本来なら幕府の臣下である三好三人衆と松永久道による御所襲撃で奮闘むなしく、最後には畳で圧迫されて槍で突き殺されるとか……
これを回避するにはどうすればいいのか……
三好と仲良くする?
どうだろうな……長慶さんは生かしてくれてたけど、その臣下は何を考えてるのかわからない。
京都を離れてしまうか?
朝廷や幕臣が許してくれるわけない気がする……
そもそも征夷大将軍にならない!
無理っぽいなぁ……子供の我儘で済ませられる問題じゃないぞ。ちらっと前世で調べたけど父さん(足利義晴)ががっちり朝廷に根回ししてるらしいから、これで断れば切腹ものなんじゃないかと愚考する。
30前に隠居する。
これか? これしかないか?
でも隠居するには理由がいるよな。
病気……は仮病でも良くないな。この時代じゃ何もできずに寝てるだけを強要されそうだ。
まあ、理由は何とか出来たとして後継者がいないと隠居は無理だよね。
候補は弟の義秋くん、平島公方の義維さんかその子の義栄くんになるのかな?
年若い将軍が身を引くには何か弱そうだな……
となると、僕の子供か。
……そうだよ! それだ!
父さんも自分が11歳の時に将軍になったから僕を将軍にしようって言うんだから、僕もそれに習えばいいじゃないか。
30で隠居するには19歳までに男子を産んで貰えれば何とかなるな。
戦国時代なら早くはないし、これに賭けるしかない!
そうと決まれば、お嫁さんを早く貰わないと。あと、側室も沢山いた方がいいだろう。
結婚したら毎晩、一人ずつ……なんて言ってられるかー!
3人くらい一緒にとっかえひっかえやることやって、少しでも早く、そして少しでも多くの血族を残すのが目標だ!
例え、嫡子が夭逝しても大丈夫なように!
オギノ式も知ってるし、やれる! ヤレル!
やれるよね? 生前童貞だったけど、高校生なんだし普通だよね?
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