第19話勇者の道もスライムから

「えっとぉ、月見先輩もしかしてぇ……私じゃなくてこっちに言ってたんですか?」

「っあ、その、違うの。ただ教えて欲しかったのに横から……ごめんなさい」


 教えて欲しい? 俺にぃ?

 訳がわからず苺谷を見てみると、彼女も渋い顔をしながら理解できない様子でいた。


「ごめん、勘違いさせたかもしれないけど俺はモテないよ。倍率も0.01の最下位だ」

「っえ、そうなんですかッ?! 凄いじゃないですか」


 嫌われる事も覚悟して説明すると、何故だかより興奮した様子で詰め寄ってきた。

 す、すごい……? 何言っているんだ、この子は。


「だってそんな数値でっ、しかも初対面でッ! そこまで仲良くなってッ! 苺谷さんを手玉に取ってるんですよね?」

「——ッブ」


 勢いよく吹き出し「ゲホッゲホッ」と咳き込んで正気を疑う目で彼女をみる苺谷。


「いや、いやいやいやッ! 私が先輩を虜にさせてたんですよ? 教えを乞うなら私が妥当じゃないですか?」

「っえ……でも、苺谷さんはDクラスだからモテているし、それなら仲良くなれているモテてない夜桜さんの方が凄いんじゃ?」

 

 なるほど、確かに見方を変えれば……格上の苺谷に付き纏われるほど、俺が凄い人ってことにならなくもない。

 実際はDクラスという立場を利用して、さらに倍率を上げようとしている苺谷の策略だが。


「な、なに? 何かおかしいこと言った……かな?」

「鋭いな、俺が上手い具合に馬鹿を装って手綱を握っていると見破るとは」


 何言ってんのこいつ、みたいな顔をしてくる苺谷を無視し、試しに乗っかってみると月見が天真爛漫な笑みを見せてくる。

 冗談でもなかったか……心配になるレベルだな。


「月見先輩、モテる人間はモテない人間と会話しないものって勘違いしてません?」

「えっ、そ、そうじゃないの? だってメリットないし」

「逆ですよ。モテる人間はモテない人間にモテて、モテる事でもっとモテるんですよ! 私が先輩に構ってるんです、勘違いしないでください」


 憤慨そうに苺谷は俺を指差し、あくまでも自分が主導権を握っている事を説明する。

 まだピンと来なさそうな月見に、苺谷は頭を振る。

 そして言いたくなさそうにチラチラと俺たちを見た後、ため息を吐いた。


「隣に顔の悪い人がいたらもう1人は相対的によく見えますし、モテない人に仲良く話しかけることで周りから優しい人って評価も貰えます。これで分かりますか? 凄いのは私です」


 苺谷はふふんっ、鼻を鳴らし『さぁ、教えをこいなさい』と胸を張る。

 これまた思い切った事を口に出したなぁ、よっぽど俺の方が凄いみたいな扱いされたのが嫌だったか。


「苺谷さん、世話してくれる良い人だと思ってたのに……私たち利用してたんだ」

「なー、酷いな」


 流石の月見もこれまでの行動目的を理解したのか、悲しそうな顔で呟き。

 想像した展開と違ったことに少し狼狽えている苺谷が面白かったので、俺もついでに初めて知った風で便乗する。


「はい、そこ! そんな気分が悪くなること言っているからモテないんですよッ!

 特に先輩、先輩は知ってましたよね? なに初めて知ったように乗っかってるんですか」


 もう吹っ切れたのか、ビシビシっと俺を指差して文句を言ってくる苺谷。

 

「勇者だってスライムを退治して魔王を殺すんです。モテない人すら惚れさせられない人が、どうやって顔面偏差値が高い奴らに囲まれた人を惚れさせるというんですか」

「た、確かに……っ!」

 

 話に納得したのか、月見は打って変わって拍手し始める。

 まったく単純な奴だ。

 あなたと仲良くしていたのは所詮、倍率を上げるためだった。とかそんな汚らしい感じじゃなくて、もっとこう……澄み切った感情の人はいないのか。

 

「倍率がなんだ? 愛じゃよ、苺谷。愛じゃ」


 とりあえず頭に浮かんだダンブルドアのフレーズを出し、最低限の抗議しとこ。


「それじゃ見本を見せるがてら、この変人と仲良くなることから始めましょう! 月見先輩が行きたいところ言ってください」

「え、えぇ? 練習って、そんな悪いんじゃ」

「男の子なんて練習って言葉が大好きなんですから、自分に本命がいなきゃ脳死で使えばOKです」


 わりかし大声で言ったのに平然と無視する二人。

 あくまで平然としながらうんうんっと頷く、あんまり変な事をするもんじゃないな。


「そっか……」


 苺谷の主張と説得に、月見は明後日の方向を眺め、悩む。


 本命がいると知らなければ、夢は無くならないからな。喜んで練習に付き合う男も多いんじゃないか?

 もっとも……その後、そいつが誰かと付き合って現実を突きつけられるのが一番キツいだろうけど。

 なんせ、一度夢を見せてしまった。

 人間、夢から目覚める時が一番心に来るんだから……そう考えると練習がマジで練習だなんて許されることじゃない、重犯罪だろ。


「うんっ……それなら、わかった」


 余計な事を考えていた間、月見は一度も俺の方を見ることもなく頷き。


「じゃ、行きましょう!」

 

 苺谷は善は急げとばかりに、彼女の背中を押し、


「っゔ……まだ、ちょっと臭いですね」

「っえ、ごッ、ごめんなさい」


 少し明るくなっていた月見はしゅんっ、と自分の髪の毛を抱きつきながら銭湯を後にする。

 そしてすれ違いざまに苺谷はより一層と鋭い目で俺を見てきた。

 

 あの間は……ま、そういう事だろうな。

 言わなくても良いどころか、嫌な奴と思われることを言ったあたり苺谷も気づいたか。

 案外、世話好きなのかもしれないな。


「こういう練習とか苦手なんだよな。息が詰まってむせ苦しさまで感じてくる——」

 

 追いかけて銭湯の外に出た瞬間、心地良い春の爽やかな香りと冷たい風に包まれ。

 先ほどまでの息苦しさすら消え去った事で、嫌な考えが浮かんだ俺はすぐ口をつぐむ。


「っえ、ぇ?」


 苺谷は振り返って何か言いたげに見つめ返し、月見が抱いていた髪を俺の方へ渡してくる。

 そんな訳ない、ナチュラルにデリカシーがない事を言ったなんて——ッぇ。

 よくはなっている、なってはいるけど臭いものは臭いな……リアリティある『ほのかな嫌な臭さ』だ。


「ま……毎日洗えば取れると思うよ」

「ゔぁぅぅぅぅぅぅ」


 俺の励ましに苺谷はニコニコ、月見は唸り、後髪までかき集めて抱きしめた。

 幻臭じゃなかった、ただ後ろついて行ったから臭いだけだった。

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