第18話すごぃ……モテ方を教えてくださいっ!

「なんでまだ付き纏っているんだ」


 距離感も近いし、気まずい、月見が上がってくるまで時間もおそらく結構ある。


「そうですね、素直に言うと……一目惚れですかね」


 頬がどんどん赤くなり、少し恥ずかしそうに俯いた苺谷。

 彼女は手持ち無沙汰を誤魔化すように、空になったビンを指でカンカンと鳴らす。

 ようは答える気がないってことか。

 それにしても凄い、自由自在に頬を赤められるとは。


「だから、私をもて遊ぶだけ遊んで捨てた事も忘れてあげます」

「言い方の悪意がすっごいな」


 下腹部と胸元を腕で押さえつけ、輪郭を強調して恥ずかしそうにする苺谷。

 存在しない、やましい事をした罪悪感を振り払い。

 彼女が持っていた空のビンを受け取り、そばのケースへ捨てる。


「っあ、ありがとうございます。そういえば、まだ先輩の名前を聞いてませんでしたね」

「そうだな……夜桜一波」


 名前を言ったらバレるかもしれない、そんな思考が過ったが素直に告げる。

 

「そうですか。夜桜先輩、私は自分の心に嘘をつけなかったんです」


 もじもじと足を擦り合わせながら、上目遣いで見てくる苺谷。

 

「外面は嘘ばっかなのにな」


 凄いなぁ、瞬時に頬の血行を良くして赤らめる技なのか?

 じぃーっと眺めていると、苺谷がパチパチ瞼を開いて見てくる。

 そして顔はどんどん冷めて正常へ戻り、比例するように眉まで下がり始めていた。


「先輩…………? もしかして、まだ優しい私に惚れてないんですか?」

「うーん、悪いけど感覚はないな。食堂じゃ半ば無理やり連れてこられたわけだし」


 そして目を瞑り、腕を組んだ苺谷は指をトントンっと叩きながら質問する。


「じゃ、さっき好きだって言ったのはなんですか?」

「そうだなぁ、強いて言うなら嫌がらせ?」


 さっきよりも離れていた場所に座り、答え。

 

「あの、なんでまだ隣に座ってくっついてるんですか? 近いです、離れてください」


 苺谷は両手でドンっと押し、さらに離れさせてきた。


「はぁーぁ、思っていたより良い性格してますね、もう少し股間で物事を考えてた方が女子に好かれますよ」

「あいにくと男性器が転生したみたいな奴は嫌いなんでね」

「えぇー、私は結構好きですよ? 股間が擬人化したような単純な男の子」

「あっそ、お前の性癖を聞かれる場面があったら、そう伝えとくよ」


 舌打ちした苺谷は少し頭を抱え。

 俺は立ち上がって、制服のお尻についた埃を払いながら立ち上がる。

 

「悪いけど初対面で背後から抱きつかれたり、好きって言われたり、背中で文字を書かれたり、風呂上がりの匂いとか、腕に押さえつけられたことで浮かび上がった胸部とか鼠蹊部そけいぶとかで心拍数なんて上がらないんでね」

「め、めちゃ怖いぐらい細かく覚えてますね……思ったより効いてます?」


 埃がぶら下がる天井眺め、顔を見られないよう注意し、首を回して「ふぅー」と落ち着く。

 効果ない、そう言っているのにまったく、まったく話を聞かない奴だ。


「今のお前はあれだろ……小学に一人はいる、低学年とだけ遊んで特別感でヨイショされたい奴だろ? 俺が眼中ないことぐらい分かってんだ」

「それ、暗に先輩より年齢差ぐらい取り返し付かない格差があるから、気になってるけど諦めるって言ってません? 頭働いてますか、評価が数分でジェットコースターみたいにガタガタしてますよ」


 長文に長文を返して煽り返してくる苺谷に少しイラっとしていると「バサッ」と音が聞こえ。


「でてきた……の、か」

 

 女子風呂の暖簾を掲げ、ゆるふわウェーブがかかった黒髪が風に乗って煌めき。

 普段から出歩いていないからか、首元から見える肌は雪のように真っ白で水分を弾き。

 首から伝った水滴によって吸い寄せられた胸元はよく拭かなかったからか、シャツが張り付き。

 風呂上がりの苺谷と比べ物にならないほど、胸元が強調される。


「二人って仲がいいけど。その、幼馴染?」


 落ちたバスタオルを拾った月見は、俺たちの視線に気づくと打って変わって猫背になる。

 そして何も答えず、無言で見つめられているのが恥ずかしくなってきたからか。

 頬は徐々に赤くなり、髪を前へ流し「な、なに」とバスタオルで顔を隠した。

 まぁ……でも、芋臭さというかそれはどうしょうもなく変わらないな。


「幼馴染? 面白いことを言いますね、今日会ったばかりの初対面ですよ」

「そッ、そうなの?! すっごいッ!!」


 キラキラとした眼差しで見つめてくる月見に、苺谷はふふんっと自慢げに胸を張る。


「モテモテ……その、よ、良かったら私にもモテる秘訣を教えてくれませんか?」

「普段なら断ってましたけど仲良くなりたいですし、特別に良いですよ。アドバイスぐらいならしてあげます」


 きゃっきゃ、とはしゃぎ始める二人。

 まるでグループ分けで余り物として女の子グループに入れられた時のような居心地の悪い異物感、疎外感だ。

 こういう場合は空気を冷たくしないよう、無に徹して窓の外でも眺めるのが一番だ。


「あ、あの……そ、その」

「ゆっくりで良いので、なんでも聞いて良いですよ」


 やはり帰るべきだったな、そう思っているとザ・ワールド、永遠永遠クローズドクロック、タイム・ストップ。

 とにかく時間停止されたみたいに声が止まって、横の苺谷を見ると微笑を浮かべて小首を傾げていて。

 2人の間にはなんとも言えない、変な空気が流れていた。


 なんだ……?

 月見が俺の方を見てくるけど何もおかしい事してないよな?

 しかし、その疑問も違和感の原因も、想像よりすぐ破られることになった。


「ご、ごめんなさいッ! 夜桜さんに聞いているんですッ!! い、いちいち横からマウント取らないでくださいっ!!!」


 他でもない、月見が両腕をブンブンと振り回し、迷惑そうに苺谷へ向かって叫んだから。

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