第17話第17話それはキャンディが入っている包み紙を甘いというような

 ぼー、とEランクたちに挨拶回りをする苺谷を眺め、時間が過ぎるのを待ち。


『キンコンカーン、コーン』


 昼飯が終わりを告げるチャイムに立ち上がり、帰ろうとした腕が掴まれ、ギチギチと力が込められる。

 誰なのか、なんて考える必要も見る必要ない。

 

「先輩、生徒会長からウィンクされたって喜んでますよね?」


 それでも帰ろうとしたところ、苺谷はみんなに聞こえる声で語りかけ。


「おい、聞いたか? あいつ自信過剰にも程があるな」

「まったくだ。あれはお茶目な生徒会長がわざわざ目立つ場所へ出て、俺へアイラブユーを伝えるものだって情報通も言ってたってのに」

「ちなみにどこ情報だ? それ」

「来る途中のホームレスから3万で聞いた、間違いねぇ」

「そっか、救いようのない馬鹿だな」

 

 ガヤガヤと騒ぎ始めると、

 さも考慮してなかったと「まっずぃ」と苺谷は自然な顔で申し訳なさそうにしてくる。

 こいつぅ……本当、良い性格してやがる。

 天然な人間なんかいない、って話を聞いたことあるけど本当だな。まったく。

 

「先輩、1人で寂しそうですしぃ……っあ、一緒に行きせん?」


 パンっと手を叩き、注目を浴びている中で名案とばかりに人差し指をあげて誘ってきて。

 周囲からは羨ましいそうな目が集まってきてくる。おそらく断ったら、


『あのノリの悪さだから嫌われるんだな』

『せっかくDクラスの優しい女の子が誘ってくれたのに』


 とか言われるんだろうな。


 


 

 まぁ、半ば無理矢理連行みたいに連れてこられたけど……俺がいる意味ってもう無いよな。

 話す人もいない、孤独な人を一緒に連れ出してあげたそんな苺谷の面子なら保っただろ。

 あいつらが風呂へ入っているのを待っているのも変態っぽいし、今のうちに帰っておくか。


「おおきにぃ、気をつけてお帰りぃ」


 ガラ、ガラッとドアを引っ掛けながら外へ出る。


「ちょっ、ありがとうございますぅ?! 月見先輩はそこでちゃんと洗ってくださいよ」


 だが、それはドタバタと音が聞こえ「イッタッ!」と悲痛な叫びと一緒に鈍い音が鳴ったことで阻まれた。

 

「なんでここまで必死に呼び止めてくるんだ、もう俺がいる必要なんてないだろ? まさか好きって訳でもあるまいし」


 いや、そのまさか……なのか?

 これまでの行動全てがモテる為だと思っていたけど、それは苺谷の手のひらで転がされていただけ。

 プライド・面子のために強がっていただけで、合った時から一目惚れをしている可能性もあるのか?

 そう考えると、もしかして……俺は凄く青春を過ごしているんじゃないか?

 うぉぉぉ、そうだ。あいつ絶対俺のことが好きなんだっ!


「せ、先輩っ……ッタぁィ、帰ろうとしてますか? 引っ叩きま——」

「っあ」


 暖簾の隙間から苺谷が頭を覗かせ、その揺れた髪からはポタポタと雫が床に落ち。

 青春の興奮と初めて入ったサウナせいもあってか、鼻からスゥーと流れ。

 ポタ、ポタっと血が床へ落ちた。


「っ、ん??」


 口を開け『パチパチ』まばたきをしてくる苺谷。

 細目のまま微動だにせず、カクカクっと頭が落ちるおばぁちゃん。


「オレェッ! 凄く青春しているって感じているんだけどさっ!!」


 そして血が出ていることを考えず、興奮で腕を振る俺。

 それに対して苺谷は眉を八の字にして、冷めた目で返し。

 心が急速に冷め、冷静さが戻っていく。


「お前って、俺のこと好きなのか?」


 そして試しに質問し、

 

「んー? あー、はいっ、大好きですよっ! 良いからそこで待っててくださいっ!!」

「ありがとっ、俺も好きだよ」


 愛を叫び合い。

 さっきまで俺が座っていたボロボロな椅子を指差し、すぐ引っ込んだ苺谷。


「っあ、バチャバチャ慌てる音が聞こえましたけど、月見先輩湯船に入ってましたね!?」

「指だけっ、指だけだから!」


 騒がしい苺谷たちの声を聞きながら俺は椅子に座って、静かにため息を吐いた。


「うん、絶対好きじゃないな。生徒会長の件がまだ拭えないから引っ付いてきているだけか」

 

 おおかた底辺たちへのサービスか、冗談か、ゴミでも入ったんだろうってのに。

 銭湯の窓からペアルック商品を大体的に宣伝する商店街を歩く、違う制服の学生や社会人、外国人たちを眺める。

 案外、同性で楽しんでいる観光客も多いな。こんなカップルをメインにしたストリートも世界有数だろうし、当然か。


「ふぅ……っあ、本当に待っててくれたんですね」


 十数分後、タオルで髪を拭きながら出てきた苺谷は俺を見つけると少し驚いた顔をし、微笑んできた。

 

「おう、お疲れ」


 買って用意していたあずきヨーグルトを手渡し、少し熱って湯気がのぼっていた身体からは、バイアスがかかっているのか。

 同じシャンプー、リンスを使っているとは思えないほど、フルーティな甘い香りが漂ってくる。


「ありがとうございます、これ好きなんですよ」


 嬉しそうにあずきヨーグルトを手に取り、キンキンに冷えている事に気づくと彼女は小首を傾げた。


「冷たい……買ったばかりですか?」

「ドライヤーの音が聞こえてきたからな」


 ボロボロの椅子へちょこんっと座った苺谷は、あずきヨーグルトを小さく飲み。

「ぽんぽん」っと隣を叩いて、俺まで座らせる事を催促してきた。

 風呂上がりだとアレかなっと思っていたが、本人が座れって言うなら断る理由もない。

 俺は苺谷から人一人分ぐらい離れた場所へと腰を下ろす。


「他のお客さんの可能性もあるじゃないですか」


 すると、ビンを口につけたまま彼女が今度はお尻をずらし。

 身体の熱まで伝わり、少し動けば接触するほど、ギリギリまで接近してきた。

 

「俺の方も空いてたし……他の客がいて、お前があんな大声出すとも思えなかったんでね」


 そっと視線だけを向け「ふーん」と声を出す苺谷。


「あの子、どう思います? 今、湯船の中を気持ちよさそうにニコニコ浸かっていると思いますけど」


 どう思います? か。

 色々気になる点はあれど、第三者である俺らがどうこう言うものではないだろうしな。

 彼女が彼女の望んだ選択をしている、ってのなら尊重するべきだろう。

 

「別にどうも思わないし、そもそもなんの質問だ?」

「はぁ……良い子で可愛い、そう思いませんかって事ですよ。先輩、だからモテないんですよ」


 望んでいたような答えじゃなかったからか、落胆を隠そうともしない深いため息を吐き。

 苺谷は冷たいあずきヨーグルトを、俺の頬へと嫌がらせで当ててきた。

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