第16話良い男女別浴

『カコン……カコン』

 

 竹が岩に当たって心地よい音が鳴る。

 けれど、それはあくまで脳内にイメージが浮んでいるだけで、実際はボロボロなスピーカーから出ている銭湯。

 鏡は水垢で8割見えず、シャワーヘッドは欠け、ハンドルも力を入れたら取れそうなほどにユルユルと左右に動く。

 床のタイルはところどころ黒カビが見え、剥がれ、冷たい隙間風がどこからか吹き込む。

 そして肝心の湯船は一つしかなく、ジェットバスのような豪華なものもあるわけがない。

 

 実に良い銭湯……か。

 ま、侘び寂びは感じるか。

 人が多いところだと、今の月見ではテロだと騒がれる可能性もあるし。


「ちょっ、先輩ダメですよ。洗い方が全然なっていませんっ! やってあげます」

「っえ……えぇぇぇッ?! で、出来るから」

「っあ、ちょっと異臭撒き散らして逃げないでください。私が手伝うと言った以上は完璧に仕上げますッ!!」


 他の客もいない中で、適当に頭を洗っている頭上から女子風呂の声がガンガン漏れ。


「まずはブラッシング、丁寧に汚れが巻き付いた髪をほぐし、予洗いをめっちゃするんです」


 聞かれていると分かったら文句言われるかもしれないので、出来るだけ息を潜めて湯船へ浸かる。

 ほー、サウナもあるのか今時珍しい。

 数十年前は身体が整うとか言われていたけど、血管ボロボロになってデメリットの方が多いと言われて廃れたんだっけ。


「次にシャンプーを泡立て。っあ、そんなゴシゴシではなく地肌をマッサージするみたいに洗ってください。髪の方は撫でて」

「ゔっ、ゔゔゔぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ」

「なんですか、唸ってもダメですよっ!」


 汗だくになりながらサウナから出て、逃げるように水風呂へ浸かる。

 あぁ…………やっぱい、失神しそう、この感覚は癖になるな。でも寒くなってきたし、湯船に戻ろう。


「まだですよ、トリートメントとリンスが終わっただけで身体もまだ洗ってないんですから」

「か、身体はさっき自分で洗ったから」

「シャンプーはボディソープの変わりになりません、それに先輩の場合は何度洗っても良いぐらいです」


 長いと分かっていたけど、それでもなっがいな……もう入ってから20分以上経ったってのにまだ洗っているのか。

 

 そろそろのぼせそうだし、俺は出ようかな。

 ガッラ、ガララっと引っかかる横ドアを開き、制服を身につけて更衣室に出る。


「ふぅー、これこれ、大浴場の後はこ——」


 そして暖簾をググった側にあった冷蔵庫を開き、手に取ろうとした牛乳。

 けれど、その下。

 コーヒー牛乳、フルーツ牛乳に紛れてなんの変哲もないような顔で鎮座する物体が目に入って手が止まった。

 ビン入りの『あずきヨーグルト』

 食物繊維、ポルフェノール豊富……明日の健康のために飲むヨーグルト?

 新潟の入浴施設だけだったものを取り寄せてみました?

 他と値段も対して変わらないし気になる、飲んでみるか。


「はい、200円ちょうどですね」


 起きているか分からない売店の細目なおばぁちゃんに針で蓋を開けて貰い。

 破れて黄色いスポンジが見えている椅子へ座りながら、少し口へ含む。

 飲むヨーグルトの爽やかな甘み、とすっきりしたサラサラな喉越し。

 ただのヨーグルト……とあんまり変わらない、どこがあずきなんだ?


「ん……?」

 

 そう思っていたところ、わずかに感じる粒子状になった細かな小豆の皮とコク。

 それはオーケストラの『乳牛』たちが「もぉ〜」と好き勝手叫んでいる中、指揮者『あずき』が華麗に登場。

 そして熟練の腕でまとめ上げ、一曲聴き終えたような心地良い余韻を喉元へ与えた。

 

 なるほど……美味い。

 糞を連想するからあずきはあまり好きではなかったけど、これは中々……どうして。


「ごぐっ、ごぐっ……プハァ」


 空になったビンを黄色い箱へ入れ、スッキリした顔で女風呂の暖簾を見る。

 

「ところで、なんで俺までここにいんだろ?」

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