第20話『♉︎穴城』

「ちょっと、口にクリームついてるよ」

「えぇ、どこどこ?」

「Oh, look at these cute little shops! So romantic, isn't it?」

「Yeah, it's like straight out of a movie. Just like us, huh?」

「Yeah, but movies aren't always real life, you know」


 出店が並ぶ中で様々な国の外国人たちとすれ違い、外国語が飛び交う中を縫って月見の後を追う。


「ここ、か?」


 そんな中、月見が一つの店の前で立ち止まり歩かなくなる。

 古本屋『穴城』と書かれた看板のライトは切れ、薄暗い店内には本が無数に積まれているが人影すら見当たらない。

 しかし、それに対して疑問なんて思わない。

 店名の書かれた掠れた看板には左にツノの生えた雄牛、右にキジも描かれているけど、ハート立ち並ぶ商店街じゃ場違いすぎる。

 例えるならカラオケで肩を組んで歌っているを眼鏡っ子が読書して座っているような異物さ。

 そもそもとして今時、みんな電子書籍で良いし、本がある家なんてゴミ屋敷ぐらいなものだろう。


「穴城……か、どういう意味だ?」

「確か、城下町より城が低い位置にあった小諸城の事だったかな?」

「ほー、よく知っているな」

「たまたま気になったから調べてみたの、たまたまっ」


 変な名前をつける本屋、そう思いつつも答えてくれたお礼を言い。

 彼女はあんまり褒められた事ないのか、過剰に遠慮してくる。

 

「なんだ、また来たのか? 風呂入ってこいって何度言えば」


 そして騒いだ声に反応するように。

 薄暗い店内の奥にあるカウンターで、Yahoo!ニュースが老眼鏡から反射しているお爺さんの顔が動き。

 月見に気づくと、すぐ追い出そうと声を荒げた。


「あ、あの」

「あんだってぇ? 腹から声を出さなきゃ聞こえねぇべ」


 恐縮する月見に怪訝な顔をし、眼鏡をあげて鋭い目線で刺すお爺さん。

 しかし、俺たちに気づくとその顔は和らいでパソコンへと視線が戻る。


「ほなら、好きに見ていきな」

「やった、ここ、来てみたかったんだ」


 許可されるや否、颯爽と入っていく月見に。

 俺は振り返って、店についてからずっと足を止めている苺谷を顔を覗いた。

 まるで一流シェフが腕を捲り気合を入れて、冷蔵庫を見たら何もなかったような微妙な顔だ。

 

「まさか、本当に自分が来たかっただけの場所を選ぶなんてな」

「まぁ…………物言い的に前は追い出されたでしょうし」


 キラキラ輝かせて中古本の表紙を見て回る月見を眺め、そっとため息を吐いた苺谷も店の中へと入っていく。


「月見先輩って、本好きなんですか?」

「うん、その、一人の時はいつも本読んでたから……お、おかしかったかな?」


 顔半分を本で隠し、おどおどしながら上目遣いで聞かれ、

 

「良いと思いますよ、珍しい店を知っているのも強いですから」


 それに対して苺谷は口を開き、つぐみ、目を瞑り……喉を鳴らして言葉を飲み込んで褒めた。

 おーい、モテ方の話はどこに行ったんですか? 馬鹿でも今のが嘘だって分かるぞ。

 

 それとも……こんな潰れてもおかしくない本屋が、本当にデートスポットだったりするのか?

 少し想像してみる、イチャイチャしながら本を見せ合って騒ぐ男女……そしてキラキラと光る老眼鏡で睨みつける店主。

 ダメだな、やっぱり嘘じゃないか。


「ま、別にいいけど」


 自分から来ることもないし、と店前に並んだ本を一つ手に取る。

 しかし、今時、紙の本を読む奴なんてほとんどいないし、こんな店が残っているのも珍しいな。

 パラパラとめくり、見えにくい文字や挿絵を二本指で拡大しようと広げる。

 しかし、一向に大きくなる気配はなく、反応悪いなっと戻したところで俺は自分の過ちに気づく。


「あ、っえっと」

 

 そして運が悪いことに、その場面を本を抱いて出てきた月見に見られた。


「その、ごめんなさい」

 

 彼女は気まずそうに目を背け、言葉を練り出そうとしていた。

 

「夏目漱石、好きなのか?」

「っえ、あっ、うん、苗字もあるから痛いと思われるかもしれないけど……月が綺麗ってすごく好きなの」

「良いんじゃないか」


 変に気遣われるより先にと、話題をすり替えるために質問する。


「夜桜さんもそういうの好きだったりす——」

「俺は嫌いだ」

「っあ……そう、なんだ」


 被せるように即答したことで月見は黙ってしまい、会話が途切れてしまう。


「まったく、だから先輩はモテないんですよ」


 少し遅れて出てきた苺谷は、そんな俺たち二人に目を配って首を振る。


「ロマンチックも知らない馬鹿な先輩は無視して、次の場所を決めましょう! 行く前にどこ行くのか言ってください」

「あの、お風呂上がりに何も飲んでないから少し喉が渇いたんだけど……カフェとか行ってもいい?」


 申し訳なさそうに伝えてくる月見に、苺谷も忘れてたっぽくて口を少し開けて「っぁ」と小声でが漏れる。

 そういえば……色々言っている最中に割って入ってきたから、あずきヨーグルトの布教をしていなかった。

 一番長く湯船に浸かっていたんだろうから喉も当然、一番渇いている。

 それなのによく最初は中古本屋を選んだな、どんだけ来たかったんだ?

 

「それでは近くのミーシューとか行ってタピオカ飲みますか?」


 苺谷はこくこく頷く月見に申し訳なさそうな苦笑いをして、手を取って行く。

 これ……俺の話も意見も聞かず、どんどん話が進んでいるけど、ついて行くべきなのだろうか?


「猫の先生? そう言うのは……聞いたことないかも、タイトルはなんて名前なの?」

「いえ、それなら多分関係ないですね」


 夏目は夏目でも別のものを頭に浮かべていた苺谷に、首を捻る月見。

 もし行って呼んでねぇぞ、なんて雰囲気になると物凄く恥ずかしいことは確定している。


「それなら……いつの間に帰ったんだ、って言われる方がマシか」


 ポケットに手を突っ込み、小さくなっていく楽しそうな声を聞きながら逆方向に歩みを進める。

 月が綺麗、か。

 I love youを愛してると翻訳した生徒へ、そんな直接的な表現はしないと例えで出した逸話で。

 貴方といるなら、普段と変わらない月すら綺麗だと言う意味でドラマや漫画で散々擦られてきた告白の言葉だろ?

 どこもみんなロマンチックだと言うけど……あれほど現実主義な言葉もないだろうに。


「——ん?」

 

 ふと……図体大きい男子生徒で隠れて見えなかったが、すれ違った美男美女カップルに目が吸いつけられ、振り返る。

 話したこともないし、顔も知らない。

 しかし、なぜだかどこかで見覚えがある気がする男女。

 男はワックスを軽くつけてボリュームを上げている短髪の黒髪、目尻が下がっていて人当たりの良さそうなイケメン。

 女の方も目元に少し掛かったミルクティー色の髪で、長さは首にかかるほどでハーフアップさせている。

 身長は月見ほとんど変わらず、身体つきも美人と言って間違いない。不思議だ……どこで見たんだっけな。

 

「——ゆあッ……?!」


 嫌な予感がする、そう思っていると女の子が突然、声をあげ。

 苺谷たちが振り返る暇もなく、その子は月見の背中へと抱きついた。

 

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