第14話孤独の猫

 必死な形相で否定し、制服の内側を嗅ぎ、


「ち、ちゃんと香水はつけたし、少しは良い匂いだよ」


 しばらくすると、眉を顰めて「うーん……? うんっ」と満足げに頷く彼女。

 可哀想に、もう鼻がおかしくなっているんだ。

 それはそれとして臭いと言われて嬉しがった訳じゃなかったんなら、失礼なことを言ってしまった。


「香水をつけて誤魔化しても、元の匂いが消えるわけじゃないしね」


 俺はじっと彼女を見据えて監察する。

 二重で蒼いぱっちりとした垂れ目、鼻が高く小顔。

 伸ばし放題な黒髪のせいで身体の全体像が分かりにくいが、胸も苺谷より大きいDカップほどで、ウエストも引き締まって出るところは出ている。

 メイクをしてネットでダンスでも、ピアノでもすればすぐに這い上がれそうな素材。間違ってもここにいるような人物じゃない。


「それは……そうなんだけど」


 歯切れの悪そうに言葉を詰まらせ、枝毛だらけな髪を触る。

 

 今朝、会った時から臭いことは自覚している。申し訳なさも感じているから心が死んでるわけでもない。

 そんな状態なのに、わざわざ風呂に入ってないって伝えてきたが引っかかる。

 それが蔑まれたい欲望がないなら、それは……自傷か?


「まぁ、臭くても臭くなくても俺にはどうだって良いことだけど」


 ちぐはぐで矛盾だらけな歪な言動、やりたいことと、やりたくないことが混ざり合っている。

 そんな他人のあれこれを色々考えたところで疲れるだけだ。

 


 

 会場へ戻ると大半な生徒たちがトイレを見ていて、そして誤魔化すようにカップルとご飯へ視線を移す。

 まぁ……外まで聞こえてただろうな。

 これで互いに上げ合う行為は見捨てられることが頭に浮んで、動こうにもみんな動け無くなった。

 画面を見せ合って、なんて愚行もできる訳がないしね。


「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われなきゃあ、ダメなんだッ!」

 

 ぶよぶよに頬を弛ませた太っている男子生徒の一人がテーブルを叩き、


「それをぶつぶつぶつぶつぶつとぉ、うっさいッ!」

 

 堪忍袋が切れたのか、米粒をカップルへ撒き散らしながら叫ぶのが聞こえた。

 あの人は……もしかして、わざと嫌がらせされていることにも気づいていないんじゃないのか。

 話しかけられたぐらいで怒るなんて、ご飯に命をかけてるな。


 気を取り直し、鏡に取り付けられたD〜Aクラスが映るモニターを覗く。

 すると、ちょうど会場を出ていった男がDクラスへ入っていく姿が映っていた。


「いやぁ、色々見て回ったら遅れちゃって」


 あくまで嘘にならない言葉を話し、人当たりのいい笑顔で会話の輪へ入っていく。

 まったく余計なことを言わない、実に社会性のある男子生徒だ。


「俺も何か、Eランクを抜け出すアイディアを考えなきゃな」


 モニター後ろの巨大な鏡に触れ、指と指を直接触れ合わせるETごっごをしながら思考する。

 

 誰か異性と意図的に仲良くなる?

 上っ面だけの関係をするのか、却下。

 

 狙っている女子がいる同性へ近づき、嫉妬心で調べさせるか?

 同じ女の子を狙っているライバルになるかもしれない奴の倍率、それをわざわざ上げるような人も少ないだろうな。

 

「そんな音も出ないモニター見て、よっぽど羨ましいですか? 先輩」


 かといって後ろで声をかけてきた苺谷も役に立つとは思えない。


「はぁ……どしよっかな」

 

 ため息を吐き、手段はないのかっとゆっくりと鏡から手を離す。

 背伸びをし、ついでにDクラスのモニターを隅々まで確認するが苺谷の姿はもう見えない。

 背中には指が当たり『み・つ・け・た♡』と感じる。


「すぅ……」


 僅かに画面から反射する、これみよがしに胸へつけられた『D』と書かれたワッペン。

 なんだ、クラス間で自由に行き来できたなら、無理して倍率を上げる必要もないな。

 それにしても振り返りたくないな、このまま知らないふりして帰れないか?

 というか、あの言い草で追い返したのにまだ絡んでくるのか。バレたのか? 俺が最低倍率だって。

 

『ガシャガシャ、ガダガタッ』

 

 そんなことを考えていると色んな食器と椅子が動く騒音が聞こえ。

 見てみると異臭を放つ女の子がパイナップルチャーハンを席で食べようとし、カップルたちが逃げるように席から離れているところだった。


「良いのか、最低倍率と出会うかもしれないぞ」

「はぁ……Eクラス会場も色々ありますし、一番安全そうなのを選んだに決まっているじゃないですか。先輩、もしかして私を馬鹿にしてませんか?」


 呆れたような声に俺は叫びたくなる心を我慢する。

 一番安全そうだから選んだここが、一番自分の首を絞めている場所じゃねぇか。

 もうバレた後のことを考えるだけで、俺は怖くて仕方ねぇよ。

 

 ちょうど良いや、別に食べた後の席をとやかく言われていないし……あの臭い女の子で引き剥がそう。


「んぅ、無視してどこ行くんですか? というか、なんかこの会場少し匂いません? 残飯でも食べて——」


 異臭がする女子生徒の向いに座り「名前は?」と聞く。

 そこでようやく後ろをついてきた苺谷も、異臭の原因に気がついたのか。

 瞳孔が開き、猫のように口を開けながら周囲の反応を確かめ…………じぃぃぃぃぃぃ、と馬鹿でかい目でガン見していた。


「なんだ、文句があるなら声を出せ。声を」


 苺谷は話しかける俺を無視し、ゴクゴクと唸る自分の喉元を幾度か触り、押さえ込む。

 

「耐え……耐えなきゃダメ、ここは意地でもこいつと優しさの格が違うって見せるどごろ゛」


 そして言い聞かせるような小声を呟いて、覚悟を決めたのか静かに俺の隣へ座り。

 何事もなかったように微笑み、


「こ、こんにちは、私もおは……おはな——ごッ、ゴッぇぇぇッ、おぇッ!!」


 もの凄い音を出し、えずいた。

 

 意地でも人当たり良さそうな行動をしようと頑張ってたのは分かるけど、結局……俺もあの子にも失礼なことしかしないな。こいつ。

 それにしても凄いな、この異臭は。

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