第13話落ちた笑い

「まって、まって、くださいッ」

「あぁっもうッ、うっぜぇっんだよッ!!」


 ワックスで金髪を固め、シャツのボタンも第二まで開けた着こなしをする男子生徒。

 彼は足を掴む彼女へイラついたように叫び、一瞬だけ怯んで力が弱まった隙に腕を踏んでそそくさと逃げた。


「約束もクソもしてねぇっだろうが。だいたい、意図した倍率操作は御法度、小学生でも分かるものをどうこう叫ぶな」


 まだ追いかけようと立ち上がって、めげずに一歩また一歩と歩みを進める彼女、


「そもそもお前が俺を好きになることはあっても。誰が好き好んで便所よりクッセェ女、調べんだよ」


 けれど、それも次の言葉で足取りは重くなり、立ち止まり……俺の存在に気づいて目が合うと彼女は俯いた。


「お願いします、見ないでください」


 わなわなと震える左腕を右手で押さえ、頼まれ。俺に注目している間で男の足音はどんどんと遠ざかっていく。


 話から推測して互いに好きな人を調べさせ、倍率を上げてDクラスに行こうと結託した感じか?

 それでいざ、実行したら自分だけ相手の倍率を上げて逃げられたっと。


「悪かった、もう行く」


 本当に単純だけど確実、でも長期的に見ると嫌われて恨まれる方法だ。

 2週間立てば戻ってくる権利にそれほどまでの価値があるのか?

 Dクラスで何があるか分からないから、投票する権利は取っておきたい疑い深い人間なのか。

 はたまた、無料で這い上がれるなら這い上がる。人間関係を『キリの良いところで見捨てるもの』そう思っているタチなのか。


「その……まって」


 可哀想な人をなぶる趣味もないし、消えろって言うならモニターへ映る他のクラスでも見てくるか。

 そう、戻ろうとした俺の制服が引っ張られる。見ないでと言ったり、待てと言ったり、情緒が不安定な奴だな。


「わ、私って……くさい?」

「っえ?」


 一瞬、何を聞かれたのか分からず、問い返すと彼女は俯きながら腕をプルプルと震わせていた。


「臭い口裂け女みたいに聞いてくるけど、世間的な観点から意見すると——」


 喋っている途中でハッと気づいてしまった俺は少し後退りし、彼女の指が服から外れる。


「お前……まさか、違うよな? もっと臭くなったりしないよな」


 少しだけ冗談を交え、否定する言葉を待ったが彼女は何も言うまでもなく、ポロポロと涙をこぼす。

 選ぶ言葉を間違えたな、こういう時にどういう言葉と顔をすればいいのか。

 ふと、笑えばいいよっとセリフが浮かんだけど笑ったらダメだよなぁ。


「そう、やっぱり……ね。だって私、最後にお風呂入ったのがいつだったかすら覚えてないもん」


 どうしよう、そう思っていたところに「ふふ」と笑い声が聞こえ、

 なぜだか分からないけど、彼女は涙を拭い、清々しいような吹っ切れた笑顔を見せてきた。

 

 っえ、なにこれ。

 後ろで感動的な音楽流れている? それともアニメ最初のオープニング流れている?

 しっかし、内容は酷いなぁ。

 なんでこの子は笑顔で、自分が何日も風呂へ入ってないことを告白しているんだ?

 それも初対面の人だぞ、変態か?


「そ……そか、まぁ……臭いって言われて嬉しい人もいるだろうし、君のことは尊重するよ。

 多分、コミケ会場1日分ぐらいの空気を圧縮したような刺激臭がする、他人なら2度と近づかないレベルで凄く臭いと思う」


 強い人だ。

 こんな酷い匂いを出してたら人目も集まって、陰口や悪意にも晒されるだろうに。

 それでもなお、自分の性癖を貫くなんて。

 今も嬉しくて唇を噛んで、プルプルと身体を震わせて我慢してるし。

 よっぽど臭いと言われるのが好きなんだな。

 

「——そ、そ、そこまで変な性癖持ってないし、臭くありませんけどッ!?」

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