第12話うめ、うめ、うめ

 小学校、中学校ではモテる奴もモテない奴も闇鍋の如くクラス分けされていた。

 それが1.0以下を集めたクラスになるとどうなるか、


「はいっ、あぁーん」

「あ、あーん」

「おいしっ?」

「OC〜」


 答えはそう。

 本当にモテない奴と、モテた後のカップルだらけになる。

 

 見せつけるように食べさせ合うカップルたち、黙々とパイナップルを手で支えて頬張る生徒。

 しかし、不思議だ。

 俺たちは新入生、入学式でも童貞・処女と言われたようにカップルなんて人間は入学しているはずがない。

 だとするなら、学園が雇ったカップル? いや、同じ制服を身につけているし本物の先輩って可能性が高いか。

 本物……? くっそ、先輩に本物もクソもあるかよ。変なやつに会ったせいで頭がおかしくなってる。


「それにあのモニターは、性格が悪いな」

 

 そして次に俺が目をつけたのは縦長なテーブルが並んだ会場の中央、巨大なガラスが設置に取り付けられた複数のモニター。

 そこにはD、C、B、Aクラスと他のランクが映っていて異性と1対1で隣り合い、会話をしたり、楽しそうに会話する姿が映っている。


「ほぉ、あいつは」


 Dクラスの画面に見覚えがある茶髪の苺谷が、隣席の男子生徒へ手を叩いて笑顔を向けている姿が映っていた。

 相変わらず、下手に出ていて頑張っているな。


「グ、グゥぅぅぅ」


 ギュルギュルと鳴る腹に、とりあえず食べないと始まらない。

 そう思うも昼飯がパイナップルでは、食欲が失せる。


「あれ……よくよく見たら食べている違うのか?」


 どういうことだ、そう思って学生たちがご飯を受け取っているらしきカウンターへ近づく。

 

「はいはい、持って行って自分の学籍番号のところに座りな、分からなかったらアプリ起動すれば席も表示されっから」


 質問しようと近づく俺。

 しかし、コックの一人は人が来ると流れ作業で、トレイにパイナップルを乗せて押し付けて来た。

 貰いたかったわけじゃない、そう言おうとしたところに香ばしい油とパイナップル特有の酸味が香る。

 視界をゆっくりと下げ、トレイの上に置かれたパイナップルをよく見る。

 トゲトゲしたパイナップルの果実部分はくり抜かれており、器代わりにパイナップル入りチャーハンのような物が盛り付けられていた。


「これは……なんでパイナップルに? そのまま出した方が美味しいんじゃ」

「タイ料理のข้าวカオอบオップสับปะรดサパロット、まぁ……いうならパイナップルチャーハン。話題作りさ、あんたもDクラスだったら女子と会話する話題になったのにな」


 カウンターに両手をつき、無性髭を生やした気だるそうなコックが俺を見下ろす。

 まるで品定めするように下から上を見て「お前もモテそうにねぇな」とため息を吐いて厨房へ戻っていく。


「ッなっ」

 

 なんて失礼なオッさんだ。

 でも変に反論したらご飯が貰えないかもしれないし、ここは適当に会釈で勘弁してやる。


「っあ、こんにちわ〜。ここの席の人?」

「うっす」

「よろしくね、今日はどこから来たの?」


 自分の席に座り、いざチャーハンをスプーンに乗せて食べ始めようとすると正面カップルの男子生徒が話しかけてくる。

 

 見て分からないんだろうか、それとも嫌がらせか?


「良かったら、俺たちの馴れ初めとか教えてあげようか? 勉強になることもあるだろうし」

 

 どっちだって良い、飯を口に運び入れるタイミングで話しかけるような気を使わない奴には俺だって気を使わない。

 それを無視し、パイナップチャーハンを口へと運び入れる。


「ッうめ」


 コロコロなエビに、細かく切ってある玉ねぎ、にんじん、にんにく……っえ、カシューナッツ?

 ご飯を炒めた油っぽさはパイナップルの器から来る香りで、柔らいでいる気もする。

 そして肝心のチャーハンの上に乗せられたパイナップルの実だが、


「これは………単体で食べた方が美味しい気がする」


 新鮮なパイナップル、器にする時に切り出した果実を後のせした感じか。

 パイナップルピザ好きなイラストレーター兼ストリーマーが好きそうな味だ。


「そのー、あのさ、聞いてる?」

「美味しそうに食べているし、止めなって」

 

 苦笑いしながらまだ話しかけようとする彼氏を、表面上は優しく咎めていた彼女。

 だが、テーブルの下からはバンっと小さく叩くような音がした。

 

 カップルに囲まれてようが、気を使わないと覚悟を決めたら案外平気だな。

 ジィーと目の前のカップルを見つめたまま「うめ、うめ、うめ」とパイナップルチャーハンを頬張り続ける俺。

 それでもなお、口を開き始める彼氏の袖を、女子生徒が乱暴に鷲掴む。


「おかわりもいいぞ」


 先ほどのコックが大声で叫び、それを聞いた俺は無言で顔を上げる。

 おかわり……おかわりも許されているのか?

 そして気がつけば空になったパイナップルの器を持って、カウンターの前まで来ていた。


「隣の君はどこから来たの?」

「僕はその……茨城です」


 食事の邪魔は出来ないと判断したのか、正面のカップルは話しかけるターゲット変えていて。

 俺が座っている席から見て10時の方向、左前へ座っている男子生徒は俺の視線から逃げるように会話へ飛び込む。


 それにしても、この先もずっとカップルに囲まれて食事させられるとしたら……苦痛だしEクラスじゃ出会いもクソもないな。

 入学式でランクの決め方も説明されてたけど、確かDクラスは1.0倍率以上だったかな。

 最低限の青春を求めるなら、誰か一人でも俺の好きな人を調べさせ、外して貰わなきゃ不味い訳だ。


「遠慮するな、今までの分もしっかり食え」


 試しとばかりに空の皿を差し出した俺にコックは優しい言葉をかけ。

 暖かくなっていく心に、不思議と目から自然と涙が溢れそうになる。


「で、本当におかわり貰えるんですか? 貰えるなら要らないんですけど」

「あぁ? 美味しそうに食うから優しくしてやったってのに、じゃなんで来たんだよ。てめぇは」


 スンッと真顔になった俺に帰れっとばかりに無性髭のコックは追っ払ってくる。


「美味しかったですよ、ごちそうさまでした」

「当然だろ、旨みにこだわる俺の料理だぞ」


 ひらひらと手を振る背中を眺めながら、俺はそばにあった返却口へ食器を返す。

 後45分もある、どうしようかな。

 このまま戻った所で、カップルを気持ち良くさせる会話なんてしたくもないし。


「——嘘っ! どこ行くの、私は? 私を調べてくれる約束じゃないの?」

 

 返却口の横で立ちすくんでいたところ、トイレの方から何やら叫ぶ声が聞こえた。


「なんだ?」


 そう思って覗くと見覚えのあるボサボサ頭の女子生徒が男の足を掴み、まるでモップのように引きずられていた。トイレ前の汚い廊下で。

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