第3話


 マホノジャ学園の中にある、妖精でも住んでそうな、幻想的な森を歩いているイリーナ。


「セルネ、ここ綺麗でしょ?」


後ろを振り向くと、誰もいなかった。


(そういえば、侍女は学園の中に入れないんだった)


 ここは、魔法で作られた森のため、動物はいるが、魔獣は一切いない。


 空気もよく、景色も綺麗なため、お昼をここで、よく食べていた。


 前の時間軸で、好きだったこの場所を、暫く歩いていると、湖を見つける。


 以前の私は、湖の水を眺めていたら、寄ってきた動物に突き飛ばされて、ずぶ濡れになった。

 

 ずぶ濡れで、入学式に出れなくなった腹いせに、森を焼き払ったのを覚えている。


 森は魔法で、再生したが、動物は戻って来なかった。


 噂では、カロライン殿下も湖に寄り、動物と仲良くなったと聞いたので、待っていればくるはず。


(あの木に寄りかかって、待ってましょうか)



―――――



side カロライン殿下


(……イリーナ・エルシア公爵令嬢、私の婚約者、か)


(かなり性格に難がある、と聞くが……)


 俺は憂鬱になりつつ、木々の合間を歩いていた。


「ん? 何だあれは?」


 遠くに湖が見えたのだが、その近くに動物が沢山集まっている。


 ここには、温厚な動物しかいないと、聞いているが、何かの異変だろうか。


 慎重に近寄ってみると、森の中に居る動物が集まっているみたいだった。


 動物たちの中心部に向かうと、銀色に光り輝く艶っとした髪のお人形みたい女の子がいた。


(……なんだ、この可愛いらしい生物は……)


 頬に手を差し伸べる。


 ツルツルで艶があり、ずっと触っていたいと思ってしまう。


 目を覚ました彼女が、目をパチクリさせる。


(……うろたえている姿もかわいい……)


「……な……な……な……なにを……なにをちているんでつか!!」


(……ぐはぁっ……新手の暗殺者か……)


 動揺で舌足らずになってしまった彼女を見て、胸がときめく。


「……すまない、君がかわいくて、つい魔が差してしまった、許してほしい」


「……かわ……かわいい……げぇ、カロライン殿下!」


(……苦虫を嚙み潰したような表情もいいな……)


「どうやら、君は私のことを知っているようだね、私の名前は、サンライト王国第一王太子、カロライン・サンライト、君の名前を聞かせてもらえるだろうか?」


「……私は、エルシア筆頭公爵家のイリーナ・エルシアと申します」


 動揺を隠しきれない表情で、イリーナは言った。


「私の婚約者である、エルシア筆頭公爵家のご令嬢であられたか」


(……あいつ、何が『人の心がない、権力を盾に好き勝手する、人形に我儘な人格が乗り移ったような女』だ、……人形みたいな外見以外、合ってないじゃないか)


「はい」


「イリーナ令嬢は、このようなところで、何をしていたので?」

 

 少しでも長く、話をしていたいため、今の状況に相応しい質問を問いかける。


「……どうぶつ……時間軸……変わった……」


 イリーナは、自分の状況に、今気が付いたとばかりに驚いた表情を見せて、ぶつぶつと呟く。


「.....イリーナ令嬢?」


「あ、ごめんなさい、ここにいる理由ですが、カロライン殿下、あなたをお待ちしておりました」


 そんなことを言われて、頬が緩むのを我慢しながら、思考をする。


(……私が自然を好きなのは公然の秘密だからこそ、彼女には、私がここに来ると、読まれていた訳か、さすがの慧眼だ)


「……なるほど、婚約者の顔でも見に来たのか?」


「いいえ、違います」


「では?」


 イリーナが、大きく深呼吸をすると、


「わたち、イリーナ・エルシアは、カロライン・サンライト殿下との婚約破棄をいたちまつ」


 と、宣言した。


「断る!」


 つい反射的に、返してしまった私の言葉にイリーナは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をした。

 

「何故ですか! 悪名高い私との婚約に、何も利点がないと思われますが!」


 そう、少し怒りながら、イリーナが言ってきた。


「……こんなにかわいい婚約者と婚約破棄する男の方がおかしいと思うのだが?」


 イリーナは、顔を赤面させ、俯いてしまう。


「君はどうして、そんなに婚約破棄をしたがる?」


「……私は、独身でいたいのです」


 イリーナは思いつめたように、呟く。


「……何故……?」


「……将来が怖いのです」


 思いがけない理由に、内心で驚愕しながら、


「私が、将来の幸せを約束しよう」


 と、私は言う。


 サンライト王国で、エルシア公爵家と言ったら、王族でさえも、意見できるものは少なく、エルシア公爵家の令嬢には、悩みなど、ないと思っていた。


「……どうしても……して下さらない、と?」


「あぁ」


「分かりました、では、また日を改めます」


 そう言って、イリーナ令嬢は踵を返し、優雅に学園の方へ、去っていく。


「いつでも、答えは変わらない」


 そう、私は呟く。






―――――






side イリーナ


 私は、カロライン殿下と別れた後、学園に向かいながら、後悔していた。


(やってしまった、目が覚めたら、私の頬に手を当てているカロライン殿下がいたので、驚いたからか、噛みながら、婚約破棄を切り出してしまった)


 木々のざわめきが、まるで私を嘲笑っているように、聞こえて嫌な気分になる。


(さらに、予想外なのは断られたことだ、前の時間軸では、そこまで親しくなったため、婚約破棄など簡単だと思っていた)


 結婚生活では、生活が落ち着いてからは、お互い会話がない日が続いていた。


 あんな言葉、一度も言われたことがない。


(……かわいい……人生で、初めて言われた……)


 熱がないのに顔がほてっているのを自覚する。


「……それでも、どうにか婚約破棄する方法を考えなくては、……殴ったら、カロライン殿下も諦めてくれるかしら……」


 物騒なことを考えながら、私は、入学式の会場となる場所に、向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

息子を愛する悪役令嬢 ミネラル @mineral0202

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ