第2話


 扉をノックする音が聞こえてきた。


鏡台に座りながら「どうぞ」と返事をすれば、ガチャリと扉が開き、私が悲鳴を上げていた時に、メイド服を着て駆けつけてきた侍女が、現れる。


「イリーナお嬢様、おはようございます」

 

 そう言って綺麗なお辞儀をしながら、挨拶をしてくる。


「おはよう」


 挨拶をしてきた女性はセルネ、私が小さい時から一緒にいる専属侍女である。


 前世では王宮に嫁いだ私に付いてきてくれたが、当時の私は2人きりになると馴れ馴れしくなるセルネがあまり好きではなかった。


(……前世での私は関わらないように仕事を押し付けて、遠ざけていたけれど……いつからか王宮には、セルネはいなかったような……)


 今は部屋の中でセルネと2人きりだが、前世でセルネはどこにいたの?などと聞いたら、頭がおかしくなったと思われるだけである。


「……セルネってたまに居なくなるよね」


 思わず口に出てしまい、セルネが固まる。

 

「……ッ、イリーナ、急にどうしたんだい?」


 私は、慌てて取り繕おうと、セルネの方を向くと、驚いた表情をしながら、こちらを見ている目が少し充血している。


 平静を装っているのが、明らかだった。


 その瞳を見て、私は前世で王妃だった頃に、吸血鬼の暗殺者に襲われたことがあるのを思い出した、何故なら吸血鬼がセルネを見て驚いた後に、今と同じような表情で、瞳が充血していたからだ。


「…………吸血鬼……。」


 つい口に出してしまった私の言葉に、セルネは白目を真っ赤にしながら、問い質してきた。


「……イリーナ、どこでそれを知ったんだい?」


「……」


 セルネの瞳を見て、自分が何かまずいことを口走ったと悟り、つい俯く。


「……イリーナ、バレたのはあたいの失態さね、……奥様に怒られるから黙っていてくれないかい?」


 その問いかけで、沈黙が流れていたその場の空気がより一層張り詰める。


 セルネが怖いと感じたのは初めてである。


「わかった! 黙ってる!」


 と、威厳を保つために、即答する。


 何を?とは、セルネが怖かったため、聞かないでおいた。


「…………吸血衝動を誤魔化さなくても良くなった、と前向きに考えるさね……」


 セルネは自分の世界に没入しているせいか、私が聞いてはいけない独り言をつぶやいている。


(………………吸血衝動って、吸血鬼にあるものだって前世のセルネから聞いたような?)


(……えぇえええぇえ!? やっぱり、セルネって、吸血鬼!!?!?)


 独り言を呟くセルネが復活すると、驚きのあまり、唖然としている私の支度を済ませてくれる。

 

 その後、朝食の席に行くまで、私は吸血鬼について考えていたのだった。







 吸血鬼とは、血を吸うごとに力が強くなり、不死性も持ち合わせるため、その力の上限はないとされている種族であり、人口としては少ないが、他の種族に劣っておらず、上位吸血鬼は弱点もないため、夜に活性化することから"夜の帝王"と呼ばれている。


 上位吸血鬼になると、一人で中小国家を潰すことが可能で、ましてや、人間の侍女をしている上位吸血鬼など聞いたこともない。


(セルネが吸血鬼って、そんなの前世では一度も聞いたことがない!)


 私だけが、セルネが吸血鬼だと、知らなかったとは思えない。


(セルネの口ぶりだとお母様に従っている? 確かに前世ではお母様が病で亡くなられた後から、王宮の中で姿を見なくなったような)


「イリーナちゃん、ボーッとしているけど大丈夫? お母さん、心配よ?」 


 いつの間にか、朝食の席で、そう声を掛けてきたお母様に、慌てて返事をする。 

 

「大丈夫でつ!」

 

 死を経験し、15歳に戻ってしまった影響なのか、慌てると舌足らずになり、つい噛んでしまう。

 

「イリーナちゃん、今日から始まる学園生活は、無理せず頑張ってね」


「はい、お母様!」


「……学園には、イリーナの婚約者であるカロライン殿下もいらっしゃる、心配しなくても大丈夫さ」

 

 そのお父様の一言で、私は動揺する。


(私は今日その彼に言わなければいけないことがあるのだから)

 

 落ち着くために紅茶を一口喉に流し込む。そんな私に対し、お母様は心配そうな表情をして口にした。


「イリーナちゃん、緊張しているの?」


 その言葉に、お母様の方を見やり、「……はい」と返事をする。


 お母様には、つい素直な自分を見せてしまう。


「イリーナちゃん、よく聞いて、例え何かに失敗したとしても、『終わり良ければ全てよし』という言葉があるの」


「分かりました! 結果が全て、ということですね!」


 お母様の言葉に私は閃き、答える。


「そうよ!」


 会話を聞いている、お父様が何故か、頭を抱えている。


 私は、食事を止め、席から立つと、セルネを引き連れて、学園に行くため、玄関に向かう。


 学園には一人だけ護衛役として、従者を連れていくことができるので、私はお母様からセルネを連れていくよう言われている。


 ただし、従者は学園の敷地内にある、控室に待機していなければならない決まりもある。


 外に出ると、ズラリと並ぶ侍女や執事たちに挨拶をして、馬車に乗る。






 数多の国家がひしめく大陸、その南に位置する場所に、大国があった。


 豊満な土地を有している国、サンライト王国。


 大陸中の食物の7割がサンライト王国で生産され、大陸中央にある、タキノート商業連邦国を通して、各国に流通させているのが、この国が大国であり続けられ、大きな発言力を持っている最大の理由だ。


 その王都には、一つの『学校』があった。

 マホノジャ学園――――近隣諸国の王侯貴族の子弟が集められた超エリート校である。


 世代によっては、クリエッド聖王国の聖女や、軍事国家バイリティ帝国の皇太子、皇女なども通うことになる。

 通常、自国で丁寧に、大切に育てるべき次世代の権力者たちを一つ所に集め、教育を施すはずが、このようになっている理由は、マホノジャ学園の理事長が"地割れ"の二つ名で呼ばれている、世界的に有名な筆頭魔術師であることと、サンライト王国が魔法の技術を独占しているからだ。


 この春からイリーナが通うのは、そんな学校だった。


「……そういえば、こんな色だった気がする」


 送迎用の馬車と従者に、丁寧にねぎらいの言葉をかけて、お別れをした私は、たどり着いたマホノジャ学園を見て、私は感慨深げに呟く。


 白く美しい、まるで、お城のような校舎がそびえ立っていた。


 前の時間軸で数年間も過ごしているうちに何度も、建物を壊したか覚えていない。


 その都度、修理をしていたため、私の卒業時には面影が残っていなかった。


「イリーナお嬢様、見覚えがあったのですか?」


 周囲に他の新入生がいるため、普通の侍女として振舞っているセルネが聞いてくる。


「気のせいでちた!」


 慌てる門を潜る、私をみて、セルネは不思議そうに、首をかしげて何か言ってくるが、聞いてないふりをする。

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