息子を愛する悪役令嬢
ミネラル
第1話
「…………私は、あなただけを愛している」
長く美しい銀色の髪が、月明かりに照らされて、まるで夜空に広がる1等星のようだった。
そんな美しい見た目をしている彼女の口からでた言葉に対し、少年は涙を浮かべた青色の瞳で見つめ、問い返す。
「……なら、何故あんなことをしたのですか」
その問いかけに、彼女は暫しの回想の後訴える。
"無礼を働いた騎士団を北の魔獣に装備なしで突っ込ませたこと"、
"私に背く貴族達に罪を着せ、血のつながりがある家族や家臣、関係者を全て奴隷落ちにさせたこと"、
"スラム街の住民を大量雇用し、魔道具の実験で再起不能にさせたこと"、
"税を上げ、孤児院を潰したこと"、分からないと。
そんな彼女の様子を見て、少年は悲しげに呟く。
「……母上、あなたが愛しているのは息子の僕だけ……」
息子の悲痛な表情に、彼女は息子だけを愛することが何故ダメなのか、意味が分からず困惑している。
"どうして息子は、泣いているのか"
"どうして息子は、苦しい思いをしているのか"
"どうして自分は、息子を分かってあげられないのか"
"どうして自分は……"
彼女の表情を見て全てを悟った少年は彼女に近寄り、感情を押し殺したように呟く。
「うっ……ぐすっ……ごめんなさいっ……」
彼女は近寄ってきた息子を迎え入れるため、両手を広げて屈む。
息子を腕の中に迎え入れると「スッ」という音とともに胸部に銀色のナイフが突き刺さり、まるで花のように赤色の液体が広がった。
銀色のナイフを息子が持っているのは途中から分かっていたはずだ、後ろ手で隠し持っていたとしても子供が銀色のナイフを隠し続けるのは難しい。
ただ、その理由が分からないのか彼女は困惑している。
どうして、銀色のナイフを持っているのかという疑問が、どうして、胸部に銀色のナイフを突き立てているのかという疑問に変わった瞬間だった。
「……どうっし……て……」
銀色のナイフが胸部付近に刺さっているため、致命傷だったが、彼女はそれでも問いかける。
「……ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……」
その問いかけに、息子はひたすらに泣いて謝っている。
僕への愛情の百分の一でもいいから他人を愛してくれたら……――
彼女が息子を愛する思いによって生じたのか、息子の姿からそんな幻聴が聞こえた。
震えながら俯いている少年の身体を彼女は優しく包み込むように抱きしめる。
彼女の胸部に刺さっている銀色のナイフが深く身体に食い込むが、代わりに息子の身体が彼女の温もりに包まれた。
「……せかいでいちばんあいしている……ずっとあなたといっしょにいたかった……」
そう彼女が呟く。
彼女に抱きしめられていると自覚したのか、息子は大声をあげて泣く。
「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ん゛」
意識が遠のく中、彼女が最後に口にした言葉は。
自分を責めないでね……――
私の愛しいレイナース……――
「――ッ、レイナ―ス!!」
突如、見知らぬ部屋の中で私の口から発せられた絶叫が部屋中を駆け巡り反響する。
意識が朦朧とする中、ベットの上に仰向きのまま、先程まで腕の中に居た息子の存在を探すために、何度も何かをかき集めるような動作をしている手が空を切る。
腕の中に息子がいない現実を脳が理解することを拒むが、しばらく経つと現実を理解させられる。
「嗚呼ああぁぁ!!!!」
彼女の悲痛な叫び声が部屋の外にまで響き渡る。
部屋の外の人々が異変を感じたのか、扉のノック音がした後に扉が開け放たれ、中に複数の人影が雪崩れ込んできて、ベットの上で悲痛な叫び声を上げる私を見つける。
「おい! しっかりしろ! イリーナ! イリーナ!!」
最初に入ってきた銀髪の男性がイリーナと呼ばれた女性の肩を揺さぶりながら、声を掛ける。
「イリーナちゃん! 大丈夫よ! お母さんよ!」
しろがね髪の女性がイリーナと呼ばれた女性の手を握りながら、声を掛ける。
「イリーナお嬢様! お気を確かに!」
メイド服を着た黒髪の女性がイリーナと呼ばれた女性を憂いを含んだ眼差しで見つめながら、声を掛ける。
亡くなったはずのお母さまの声がする……――
私は悲鳴を上げ続けたが、急に糸が切れたようにベットの上に倒れ、そのまま意識を手放した―――
(――夢ではない、のよね)
私は鏡に映る自身の姿を見て嘆息した。
銀色の髪に蒼い瞳、前世より幼い姿……、それは紛れもない15年前の私であると、その姿を一目見て確信した。
あれから自分が15歳の頃に逆行したという現実が受け止められず、食事は部屋に持ってきてもらいながら一週間も引きこもった、がそろそろ決めなければならない。
(――これからの私が歩む道を、ね)
このサンライト王国は身分制度がある、上から順に王家、筆頭公爵家、公爵家、辺境伯家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家、名誉伯爵家、名誉子爵家、名誉男爵家、平民、農民、奴隷となっている。
階級は絶対であり、基本的には下のものは上のものに逆らえない。
魔法や魔法道具なども存在するが、魔法の技術は貴族が独占しているため、国民には遠い話となっている、反対に魔法道具は国民に普及している、僅かな魔力のみで使用できるのが普及している理由となっている。
一部の例外として、冒険者と呼ばれる人たちがダンジョンから授けられる恩恵、魔獣や精霊、神といった存在との契約をすることで授けられる恩恵がある。
恩恵とは、魔法とは異なる力を自身の身体に宿すことである。
サンライト王国は世界的に見ても大国になる、他にも同じ大国として聖女のいるクリエッド聖王国や軍事国家バイリティ帝国、大陸全土の流通を担っているタキノート商業連邦国といった有名国があり、その周囲には複数の中小国家が点在している。
中小国家には、人族以外の種族も多く存在する、上から順に人口が多く、獣人(鼠、牛、虎、兎、竜、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪……)、ドワーフ、魔族、精霊、エルフ、鬼人、ヴァンパイアとなっているが、他大陸には、未だ見ぬ種族がいると言われている。
特に、精霊、エルフ、鬼人、ヴァンパイア、は滅多に人間の前に姿を現すことはない。
各国の大国にも人族以外が存在しているが、その多くは奴隷となっている。
そのサンライト王国の貴族でさらに、筆頭公爵家のエルシア家は権力という意味では状況によって王族以上となる時があり、実質的トップとも言える。
前世ではその権力で好きなように振舞っているうちに周りから人が居なくなっていた。
サンライト王国第一王太子、カロライン・サンライトは前世の国王陛下であり、レイナースの父親でもある。
(……今はマホノジャ学園入学前だけど、カロライン殿下とは15歳で既に婚約していたため、今も婚約中のはず)
前世のカロライン殿下には嫌われていたため、お互いに不干渉を貫いていた、嫌われていた理由は分からない。
私はイリーナ・エルシアという15歳の少女であり、サンライト王国の貴族の中でトップの地位にある筆頭公爵家の"悪役令嬢"。
そして、学院時代にライバル達に対する悪質な嫌がらせをし、王妃の座を勝ち取って王妃になった後は"暴虐女王"と呼ばれ、愛する息子に殺されてしまった。
(……ッ、レイナース)
鏡に映った自分……、15歳のイリーナ・エルシアの姿を見て、愛する我が子との時間を思い出してしまい胸が締め付けられる。
(王太子と結ばれて結婚をすれば、愛する我が子にはまた会える、けど同じ道を辿ったとしても……)
私が誰かに殺されるのはいい、息子に刺されたことによって人生を振り返り、犯した罪も自覚できた。
これが私の我儘だということはわかっているが、愛する息子に親殺しはさせたくないし、見たくない。
(……死の原因に思い当たることが多すぎて、刺された原因が分からないのも今後が決まっていない要因よね……)
ただ、最初にやるべきことは決まっている。
明日から学院生活が始まるはず、そうなればそこで……――
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