第11話

 一時間ほど車を走らせると、凛ちゃんは高層マンションの駐車場に車を停めた。

 凛ちゃんはオートロックのエントランスを開けて、私と二人でエレベーターに乗り込む。

 ここに凛ちゃんは住んでいるのだろうか?

 本人に尋ねてみたいが、あれから一切口を開こうとしない凛ちゃんに対して、私は話しかける勇気が出ない。


 エレベーターを降りて、廊下を少し進んだところにある部屋の前で凛ちゃんは立ち止まり、鍵で玄関を開けて中に通された。

 部屋は2LDKだろうか。

 家具などの内装自体はシンプルだが、見るからに高そうなものを置いている。

 

 凛ちゃんは無言のまま奥へ進み、部屋のドアを開ける。

 そこは寝室だった。

 キングサイズのベッドが目に飛び込んできた瞬間、私はドキッとした。


「今日はここで寝ろ」

「えっ?」

 凛ちゃんはようやく口を開いてくれた。しかし、その言葉の意味が私には理解できない。

 

「カシラがお前を匿ってくれるって言ってる。明日、カシラにお前を会わせる約束をした。今日は一旦ここに泊ってくれ」

「ちょ、ちょっと待って!匿うって、一体誰から?」

「そんなの、石井を撃った男に決まってるだろ」

 凛ちゃんはそう吐き捨てる。

 彼の言葉に嘘はないようだ。

 しかし、私はやはり凛ちゃんが何かを隠しているような気がしてならない。

「本当に?本当に、石井さんを撃った犯人?」

「……当たり前だろ」

 凛ちゃんはそう言って、耳の裏を掻いた。――彼は嘘を吐いている。

 どういうことだ?犯人以外の誰から、私を匿おうとしているのだろうか。

 

「安心しろ、俺はソファで寝るから。……じゃあ、おやすみ」

 凛ちゃんはそう言うと、私に背を向けて部屋を出ていこうとする。

「待ってよ!」

 私は咄嗟に凛ちゃんの腕を掴んで引き留める。

「何だよ。離せって……」

「どうして、ちゃんと説明してくれないの!?」

 私はつい大声を出してしまう。

「……説明しただろ」

 また凛ちゃんは耳の裏を掻く。

「……嘘吐き」

「嘘じゃねぇって」


 私はいつの間にかボロボロと涙をこぼしていた。

 凛ちゃんの顔を見れば、不安が消えると思っていた。しかし、実際にはどんどん不安が膨らんでいく。

 

 私と凛ちゃんの住む世界は違う。そんなことは最初から分かっている。

 だから、私には言えない凛ちゃんの事情があることは理解できる。

 だけど、こんなふうに突き放されるなんてあんまりだ。


「分かったよ。説明したくないなら、それでもいいよ」

 泣いているせいで声が震える。


「だったら、せめて一緒にいてよ!一人にしないでよ!怖いの……。一人じゃ不安でしょうがない……」

 私は心拍数がどんどん上がっていくのを感じた。

「……だから、俺はリビングにいるって」

「同じ部屋にいてほしいの!」

「俺に床で寝ろって言うのか?」

「……同じベッドで寝ていいから」

「だから、男に向かって、そんなこと言うんじゃねぇよ……」

 凛ちゃんは苛立ったような態度を見せる。

 

「私は相手が凛ちゃん言ってるんだよ!?」

 私は思いのたけをぶつけた。


「バカにすんじゃねぇよ!!!」


 すると、凛ちゃんは私に背を向けたまま叫んだ。

 私はビクッと身体を震わせる。


「お前、俺だったら何もしないとでも思ってるのか!?バカにするのも大概にしろよ!いつまでも弱虫のガキだと思いやがって……。俺は昔とは違うんだよ!女に守られるような惨めな男じゃねぇんだよ!俺は変わったんだよ!変わっちまったんだよ……」


 凛ちゃんは、声を震わせながら叫ぶ。それは怒りのせいなのか、それとも悲しみのせいなのか――。


 私は一瞬戸惑ったが、すぐに合点がいった。

 凛ちゃんは誤解している。

 私が凛ちゃんを見ていないと、彼は思っている。


「……バカにしてるのは、そっちじゃない」

 私は言葉を絞り出す。

「私だって、子供じゃないんだよ?そんなことくらい分かってる」

 私が掴んでいる凛ちゃんの腕から、彼の身体が強張っているのが伝わってくる。

「私は、凛ちゃんにだったら、何されても構わないって思ってるのに……。何でもしてほしいって思ってるのに……」


 私は知っていた。子供の頃、凛ちゃんが私に恋していたことを――。

 凛ちゃんは隠せていると思っていただろうけど、同級生はみんな気づいていたと思う。

 あの頃の私は、まだまだ子供だったから恋愛感情というものが理解できなかった。

 だけど、今なら分かる。


「あなたのことが好き」


 私がそう言うと、凛ちゃんの身体が熱くなり始めた。

 凛ちゃんはゆっくりと身体をこちらに向ける。

 私を見下ろす凛ちゃんは、苦しそうな表情を浮かべている。


「俺がどういう男か分かってるのか?」

 凛ちゃんはいつもより優しげな口調で、子供に話すように問いかける。

「分かってる。すっごく悪い人」

「ああ、お前に借金押し付けて逃げた男よりずっとな」

 凛ちゃんの手が私の頬を撫でた。

 大きくて、ゴツゴツとしていて、皮膚の厚い手。

「バカだな。そんな奴と一緒にいたら、悪い奴らに目を付けられて、危険な目に遭うかもしれないんだぞ?」

「今だって十分危険な目に遭ってるじゃない」

「はははっ、確かにそうだな」

 凛ちゃんは薄笑いを浮かべる。その表情は、どこか熱を帯びているように見えた。

 そして、彼の顔がだんだんと近づいてくる。


「今度は、俺が守ってやるからな」


 凛ちゃんはそう言って、私に口付けた。

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