第9話
和住さんの通報を受けて、すぐに警察が駆けつけてくれた。
私と和住さん、そして石井さんの前に来ていたお客さんの三人は簡単な事情聴取を受けた。その中で、私は犯人の顔を見たため、似顔絵を作成するために警察署へ行くことになった。
本来は私だけが警察署へ行くはずだったのだが、和住さんも後から自分の車で署まで迎えに行くと言ってくれた。
警察署へ行くと、取調室ではなく、小さな会議室のような場所へ案内された。
私は長机の中央に座り、私と向かい合うような形で三十代くらいの女性警官も席に着く。この女性警官は似顔絵捜査官らしく、彼女はA4の紙と鉛筆を用意して、犯人の人相について質問してきた。
犯人の顔を見たと言っても、正直一瞬だったため、きちんと犯人の顔を記憶できているかどうか不安だった。しかし、女性警官の質問の仕方が上手いのか、
蛇のような細く吊り上がった目。
大きな鼻。
分厚い唇。
黒のスポーツ刈り――。
完成した似顔絵を見ると、私はすぐに「そっくりだ」と思った。
「あっ、すごい。似てます」
私の言葉を聞くと、女性警官は傍らにいる二十代後半くらいの男性警官に似顔絵を見せる。
すると、突然部屋の扉が開いた。
私は反射的に扉のほうに目をやる。そこには、二人組の男性がいた。
一人は、細身で穏やかそうな顔をした四十前後くらいの男性。もう一人は、体格が良くて少し強面の男性で、歳は細身の男性より少し下くらいだろうか。
「あれっ?浅田警部補、一体どうしたんですか?」
女性警官は怪訝そうな表情を浮かべる。
「いや、発砲事件があったって聞いてね。聞くところによると、撃たれたのは反田組の石井っていうじゃないか。ヤクザ絡みは四課の出番だろう?」
細身の男性は、ニコニコと笑みを浮かべながら説明する。それに対して女性警官はあまり腑に落ちていない、というか警戒しているような表情を浮かべながら「そうですか」と言う。
細身の男性は私に向かってニコッと笑うと、「初めまして、わたくし刑事部捜査第四課の浅田って言います」と警察手帳を見せてきた。そして、立て続けに「こっちは同じく四課の
確か「四課」は暴力団を取り締まる組織だと、ドラマか何かで見たことがある。ヤクザを相手にするから、四課の刑事は皆見た目が怖いという話も聞いたことがあり、
しかし、浅田さんは見た目が人当たりの良さそうな清潔感のある優男で、端正な顔立ちをしている。刑事というより、営業マンのようだ。
「発砲事件の目撃者なんですってねぇ。可哀想に。怖かったでしょう」
浅田さんは眉を八の字にさせて、哀れみのこもった声で言う。
浅田さんは物腰柔らかで、表情も、口調も穏やかだ。
しかし、私は彼に対して何か嫌悪感のようなものを抱いた。
浅田さんは穏やかに笑っているのだが、目が
私は浅田さんに警戒しながら、「副島です。よろしくお願いします」と会釈した。
浅田さんは机の上に置かれた似顔絵の紙を拾い上げると、「うーん」と口を尖らせながら似顔絵を睨む。
「この男が犯人で間違いないですか?」
「ええ、はい」
「副島さん、石井とは以前にも会ったことがありますか?」
「いえ、お店の予約の時に電話で話したくらいで、今日初めて会いました」
「では、あのタトゥースタジオには、どういった経緯で勤められることになったんですか?失礼ですが、とてもタトゥーとご縁のあるような方には見えないので」
浅田さんにそう訊かれて、私は凛ちゃんのことを話してもいいのだろうかと疑問に思った。
あそこは違法な店ではないが、ヤクザである凛ちゃんが私にバイト先を紹介したとこの刑事さんに説明すると、凛ちゃんに何か迷惑が掛かるのではないかと不安になる。しかし、警察に対して嘘を吐くのも気が引ける。
「ええっと、知人の紹介で……」
私はつい濁すような言い方をしてしまった。
浅田さんは私の答えを聞くと、「なるほど、なるほど」と首をうんうんと縦に振る。
「あっ、君たち、もう戻っていいよ。後のことは、私たちがやっておくから」
浅田さんが女性警官たちに向かって、そう言った。女性警官たちは困惑した様子で、部屋を後にする。
そして、浅田さんは似顔絵の紙を三つ折りにして内ポケットに仕舞った。
「副島さんもご協力ありがとうございます。犯人は必ず我々が逮捕しますので、ご安心ください」
「あれ?もういいんですか?」
私はもう少しいろいろ事情聴取をされるのではないかと身構えていたため、肩透かしを食らう。
「ええ、もう
私が部屋から出ると、廊下で待っていた和住さんが駆け寄ってくる。
「幸希ちゃん、大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です」
和住さんは一瞬、私の背後にいる浅田さんのことをチラッと見たような気がした。
「あっ、近藤くん、君ももう帰ってもらっていいよ。後は、私がやっておくから」
「えっ、でも……」
背後から浅田さんと近藤さんが話している声が聞こえて、私は振り返った。
すると、浅田さんは私に背を向けて、近藤さんのほうを見ている。浅田さんの背中越しに近藤さんの顔が見えるのだが、近藤さんは怯えたような表情をして「分かりました」と小さく呟いた。
見た目からすると、浅田さんより近藤さんのほうがずっと強そうなのだが、近藤さんは浅田さんに対して完全に委縮している。
そして、近藤さんは青い顔をしたまま、その場から離れていった。
あれ?刑事って二人一組で動くものではないのだろうか。単独行動をしてもいいのだろうか。
「聴取は終わったんですが、副島さんは犯人の顔を見てしまっているので、ひょっとすると犯人が副島さんに何かするかもしれません。しばらくの間は、副島さんに警備を用意します。今日のところは、私が副島さんのことをご自宅までお送りしましょう」
浅田さんは穏やかな口調でそう提案してきた。
私は「ご自宅までお送りしましょう」という言葉を聞いて、なぜか背筋がゾワッとした。
理由は分からないが、すごく怖い。
「あっ、いや、俺が送りますよ。駐車場に車停めてあるんで」
私が浅田さんを警戒しているのが伝わったのか、和住さんが割って入ってくれた。私は和住さんの言葉に、少しホッとする。
「いや、しかし……」
浅田さんは困ったような表情を浮かべて食い下がる。
すると、和住さんは突然私の肩を抱いて、グイッと自分のほうに引き寄せた。
私は思わず「えっ?」という声を上げそうになる。
「可愛い彼女がショック受けてるんですよー?彼氏なら、優しく慰めてあげたいじゃないですか。刑事さん、分かってくださいよー」
和住さんは嘆くような話し方で、浅田さんを説得しようとする。
和住さん、なかなか口が上手いな。
私は唇を噛みしめながら、浅田さんの返事を待った。
浅田さんは「ふむ」と言って顎を撫でた。
「まあ、そういうことなら、いいでしょう。しかし、警備は必要ですからね。私も車で後続します。それなら問題ないでしょう?」
「……あー、はい。それでお願いします」
和住さんは少し悔しそうな表情を浮かべて承諾した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます