第7話

 ある日の昼過ぎ、予約客である石井いしいさんが来店した。

 石井さんは、四十代くらいの強面のおじさんで、オーラからして明らかにカタギの人間ではない。彼とは予約の際に電話で話したくらいで、面と向かって会うのは今日が初めてだ。

 石井さんはカウンターに座っている私に向かって名前を言うと、なぜかジーッと私の顔を凝視してきた。

 

 初めの頃は、石井さんのようなあからさまなヤクザの客に怯えていた。

 しかし、今ではむしろこういった人のほうが一般人には何もしてこないことが分かったため、逆に安心する。

 一番厄介なのは半グレだ。何度か絡まれそうになり、凛ちゃんや和住さんに助けてもらった。


 すると、店の奥で先客とのデザインの打ち合わせ中である和住さんが出てきた。

「ごめん、石井さん、ちょっと時間掛かりそうだわ」

 どうやら和住さんは、先客との打ち合わせに難航しているようだ。

 ほぼ一生ものである入れ墨のデザインに悩んでしまう客は少なくない。そのため、こうやって打ち合わせで時間が押してしまうことはよくある。

「あー、別に気にすんな」

 石井さんは怖そうな見た目とは裏腹に、喋り口調は気さくな感じだ。

 

「それより真悟、お前、女の趣味変わったか?」

「――はいっ!?」

 私は石井さんの言葉に驚いて、咄嗟に訂正しようとした。

「違う違う。その子は俺のじゃなくて、酒々井の」

「えっ!?ちょっと!」

 和住さんのとんでもない発言に思わず声を上げてしまう。和住さんのほうを見ると、ニヤッと口角を上げて私を見ていた。

「アハハハッ!カシラが世話してるあの乳臭いガキのか!なるほどなぁ」

 石井さんは大口を開けて豪快に笑うと、待合スペースに移動して、ソファにドカッと座った。

 訂正する暇がなかった。

「あの人、凛ちゃんと同じ組の人」と、和住さんは私に耳打ちをすると、店の奥へ戻っていった。


 私は石井さんに変な誤解をされてしまったことに対して、「はあ」とため息をついてカウンターの椅子に座り直した。

 するとその拍子に、カウンターの上に置いていたボールペンが床に落ちてしまった。

 私はそれを拾い上げようと、腰を屈める。

 おそらく私の姿は丁度カウンターに隠れて、出入り口側からは見えなくなっていると思う。


 すると、ガチャッと店の扉の開く音がした。

 あれ?この時間、石井さん以外に予約しているお客さんなんていたっけ?


 私は身体を起こして、扉の方に目を向けた。

 出入り口の前には、二十歳前後くらいの男が立っていた。

 男は両手で何かを持って、石井さんに向かってそれを突き出している。

 

 何をしているのだろう?

 そう思っていると、「バァン!」という破裂音が室内に響き渡った。

 男の手元から煙が立ち、石井さんの胸から血が噴き出した。


 何が起こった?

 私はそう思うより先に、椅子から転げ落ちて床に尻もちをついた。

 

 私が転ぶ直前に、一瞬男と目が合った。

 私の存在に気づいた男は、まるで化け物でも見たかのような表情をしていた。

 

 私がカウンターの裏に倒れた直後、「うわあああ」という男の悲鳴と、バタバタと走っていく音が聞こえてきた。


 私はしばらくの間、床にへたり込んで呆然としていた。

 そして、ようやく石井さんが拳銃で撃たれたことに気づいた。

 それと同時に、私は遅れてやってきた恐怖に震える。

 

 どうしよう。私、犯人の顔を見てしまった。

 もしかして、私も殺される?


「どうした!?」

 その声と共に、店の奥から和住さんが飛び出してきた。

 和住さんは待合スペースのほうを見て、息を呑んだ表情をする。おそらく、撃たれた石井さんの姿を見たのだろう。

 私からは、カウンターで隠れているため、待合スペースの様子が見えない。

 そして、和住さんはカウンターの裏で震えている私の元に駆け寄って来る。

「幸希ちゃん!早くこっちに!」

 和住さんは完全に腰が抜けてしまった私を抱えて、店の奥まで連れて行ってくれた。

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