#003 磁石と令嬢③
「はいどうぞ」
マルタさんが何やらバスケットを持ってきた。こんなもんまともに見たことねぇぞ俺!
「では、地べたに座りなさい」
「なんでですか?」
———すると平手打ちを喰らった!いてぇ!
「何するんですか……ハッ!」
———そうか。そうだ!
「あなたは今からこの家の使用人です。使用人が客人の椅子に座るなど御法度!もう既に心掛けは始まっているのです!」
「本当だ!」
「早く!地べたに!」
「はい!」
ということで正座する。俺習字習ってたからね、これくらいお手のものなんだ。
マルタさんがバスケットを開けると、そこには質素な硬そうなパンと、ジャムの瓶が二つ、そしてオレンジのチーズが一つ。
「手早く栄養を取らねばなりませんからね」
「確かに」
ということでパンを手に取ってみる!うわ重い!なんだ!相当押し固めてるか発行途中か!どっちかだろう!この際どうでもいいや!
割ってみると、なんか茶色っぽかった。僕知ってる!これ洒落たパン屋のパンの色だ!親が一度買って来てそれきりだった!無駄に高いんだよそういうとこ!
とりあえずそのまんま食べると、旨味をいちばんに感じる。思ったよりかは柔らかいが、しかしもしゃもしゃした食感。それでも少しの酸味がいいアクセント。
ジャムを取り出してみる。真っ赤なものと黄色のもの。
ちょうど近くに塗るためのスプーンが二つ。用意周到さすがメイドさん。
赤いジャムを塗って食べてみる。甘味もあるがそれより酸味が目立つ。ベリー系のジャムだ。酸っぱいもんに酸っぱいもん塗って食うのか⁈
黄色のジャムを塗って食べてみる。
酸っぱ!!!!!!!!!!!!
死ぬほど酸っぱいぞ!なんだこれ、皮ごと煮込んであって———レモンだこれ!
じゃあチーズで口直し———しょっぱ!!!!!!なんだこれ!
「随分と楽しんでおられますね」
「いつもこうなんですか?」
「いえ?別に」
「あぁ……」
なんだ……今がこういう季節ってだけか……じゃあ何この辛酸舐めさせ続けられる季節。
「激辛スープだったり、激甘ドーナツだったり」
「変わらねぇ!!!!!!」
「基本コンセプトは変えてはなりません」
「そりゃまたどうして?」
「考えてみてください」
ということで考える!
整いました!!!!!!
「そうか———とにかく目を覚ますようなものを食べないといけないんだ!!!!!!」
すると指で丸を作ってくれた。
「正解です」
「はぁ……食事にまで気を使うとは思いませんでした」
「もう始まっていますからね、起きるところから仕事なんです」
「慣れればおいしくなってきた」
「食事が終われば、あなたの適性を見ていきますね」
「わかりました!」
美味しい朝食からいい朝は始まる。
みんなも朝食をとりましょう!!!
「ということで朝起きたら何をするかというと、もちろんこれですね」
そんなこんなでキッチンまで連れてこられました。飯食った後に送られるのがここか⁈
料理人っていっつもどんな腹の分量で仕事してんだろうね?常に八分目なのかしら。いやわかんないけどさ。
「朝食を一番に作ります」
「なるほど」
「まずは課題として」
そういうとマルタさんはその辺から卵をひとつ取り出した。
「これで何か料理を作ってもらいましょう」
朝は卵料理なのか?卵焼き、目玉焼き、スクランブルエッグ。エッグベネディクトなんかもあるだろう。
とりあえず卵を手に取ってじっと見つめてみる。
———さて何を作ればいいんだろう?
卵料理というのは多岐に渡る。しかし卵一つだけで何かをしろというのだ。
気になって棚を開けてみると、油と調味料は揃っていたが、しかし他の食材は全くなかった。
———つまりここで見られているのは、卵ひとつをどこまで広げられるか、という話だろう。
仕方がない———こういう時はあれだ!
とりあえずバターをフライパンにとり、そして熱する。
その間に卵をボウルで溶いておく。少しの塩を忘れないように。
食器もこの間に用意しておく。
泡立って来たら、卵をフライパンに広げて、そのまま熱していく。
外側が固まってきたら、少しずつまとめるように微調整する。
そしてそれを手早く皿に乗っける。
終わり。
簡単な料理です!
しかし実際やると難しいものだ。単純なものほどそうなっている。
「ふむ……オムレツですか」
マルタさんの挑発的な笑み!
そりゃそうだ!難しいってものを本番で出すってのはヤケクソかアホかどっちかだ。
だが———俺にとってはこれは簡単なのだ!
マルタさんがフォークでオムレツを半分に切る。
「———ほう」
切られた断面は、ふわふわのように見られる。しかし、中から生の卵が出てくる様子はない。
そう———ギリギリを見極めたのだ。
「なかなかのものですね」
「ある程度料理は叩き込まれたもので」
「それまたどうして?」
「母が作りたくないから作らされたんです。そしたらそのうち楽しくなって」
「へぇ」
マルタさんは半分のオムレツを掴んで一口で頬張った。思った以上に口がでかい!それを思わせないようしゃべってるってわけだ!流石!
「———成程」
やはりわかっていたか!
「塩を感じるか感じないかのギリギリを狙って入れていますね。それによって卵の甘さが引き出されるだけになっている」
「流石プロ。お目が高い」
「ひとまず料理は合格としておきましょう」
「やった!」
よかった!
これで食いっぱぐれない!
てかなんだ!料理人が食いっぱぐれないって!
「もう半分もいただきますね」
すると何やらケチャップと粉チーズを取り出して、ドバドバかけ始めた!
あぁ!技巧が無駄に!!!!!!!!!
そのまんままた一口で頬張って、そのまま水を一気飲みした!
「かぁ〜うめぇ!」
なんなんだこの人……育ちが悪いのか……?
うちは薄味なんだ!!!!!!
「では次に進みましょう」
そのまままた連れ出された。
なんかまた見せられるの⁈
「こちらを見ればわかると思います」
「えぇ……」
さぁさぁどうなると思って連れてこられた先は。
———クロエの寝室だった。
「ねぇ……いいんですかこれ?」
「うるさいですね!!!あなたは使用人!!!そんな関係を夢に見てもいけませんよ!!!いいですね!!!!!!」
うるせぇ!
なんだこいつ!
「———ではあちらをご覧ください」
「はぁ」
そちらを見てみると、そこにはクロエのベッドがあった。
なんかもう嵐の海みたいなことになってる。どんな寝方したらああなるんだ?
「汚いでしょ!」
めっちゃ笑顔!お前こそ使用人だろ!
「あの……まず洗濯とかは……」
「あんなもん猿でもできますよ!なんですか!あなた私のことを背高いからメスゴリラとでも言いたいんですか!」
「そんな怒らなくても……」
なんかさっきからよくキレるなこの人……もう俺が悪かったから許して欲しいよ!
「さて、ではこれをですね」
「はい」
「十秒以内に綺麗にしてください」
「嘘ォ⁈」
これを!この荒波に飛び込むような所業だ。
「いくらなんでもそれは」
「こんなもん猿でも頑張りゃできますよ!猿と人間の違いは作業を効率化できるかどうかです!えぇ?あなた猿呼ばわりされていいんですか⁈」
「わかりましたよやりますよ!」
「やれ」
「怖いんだよぉ!」
「では十秒数えますので、その間に行なってください」
「よし……」
瞬時にどう布を伸ばせば綺麗になるかをしっかり予測しておく。いけるか!行けることにしよう!
「いーち」
「終わりました」
「嘘ォ⁈」
———正直なぜできたのかよくわからない。
なんだ?なんでこうもどうしたらいいのかが瞬時にわかるんだ?
もしかしたら俺は……ベッドメイキングの申し子だって言うのか⁈
「へ……へぇ……やるじゃないですか」
顔が戸愚呂100%みたいになってる。
真っ赤だから梅干しにも見える。
「まぁ、こんなこと別に……」
「強がりか!強がってばっかり!男はいつもそうですよ!」
「ねぇ何⁈さっきから何⁈」
この人怖いよ!なんなんだよ!
でもこれから退屈することはなさそうだ。
「これが最後ですね」
そんなこんなで最後に玄関のホールまで案内された。相変わらずボロっちいですわ〜。
「ここを掃除してもらいます」
「へぇそれなら簡単だ」
「ここって」
そういうとマルタさんは両手を大きく広げた。なんだ?鳥になりたいのか?
「———この屋敷全部ですよ」
「嘘ォ⁈」
今からですか!
日が暮れるぞ!
でもそれ以外やる仕事ないからな……まぁいいか!人生いつも諦めてる気がする!
「じゃ、あとは頼みますね、道具はその辺にありますので。終わったら私の部屋で呼んでくださいね」
「な、なんですか!何をしておくんですか!」
「え?漫画読んでゴロゴロする……」
「働いてください!!!」
「やだ!!!」
「クソッ……」
相手は先輩なのだ……あまり強くは出られない……。
やらねばならぬ!
これで最後だ!!!!!!魔法の呪文だ!なんかすごく楽になる!
ということで一旦モップで水拭きをする。木造かと思ったら石材っぽかったからだ。後で雑巾で乾拭きすればよろしい。
しかし!
問題は床ではない……窓だ!
どうにも水垢が溜まっている……しかし拭いたとて同じ!
こういうときになんとかなりそうなものがあればいいんだが……仕方ない。適当に使わせてもらおう。
外のゴミ捨て場に新聞がまとめられていた。それをひと束拝借する。
新聞紙で窓を拭くと、ピカピカになるんだ!大体みんな知ってると思うけどね!
しかしなぜか文字が読めるもんだから、少し休憩がてら眺めてみよう。
一面記事を見たらどんな具合かわかるはず。
『謎の暗黒騎士、再び王国施設に襲撃か』
だって!なんか謎の犯罪組織が国の施設を襲撃して色々盗んだりしてるらしいです。大変物騒ですね。
俺も夜歩いてたらなんかピンク色のエナドリをストローで飲んだ女の子にホテルに誘導されそうになったよ。黒マスクつけてただけなのに。ひどくない?
まぁそんなことは使用人である俺には関係ない!少し千切って濡らして窓を拭く!
ねぇ!ピッカピカですよ!やっぱり生活環境が綺麗になると心まで綺麗になってる気がする!おっぱい。
なんか気分が乗ってきた!
ので気づいたら終わってた!時計を見るとまだ三時。てかクロエ何してんだ。俺まったく知らない。
ということでマルタさんの部屋に向かう。
一階の隅にあった。
なんか色々シールが貼ってある。しかも大体色褪せてる。なんだこの田舎のヤンキー感は。
「すいませーん!終わりました!」
「嘘も大概になさい」
「嘘じゃないんですって!」
「チッ……」
態度悪ぅ!
さっきからほんとなんなんだこの人⁈
ドアが開いた。
———なんか髪ボサボサのジャージ姿のマルタさんが出てきた!
だらけ過ぎだろ!
「……見てもらえますか?」
「あー、待って、やっぱ着替えるから」
また閉めた。
じゃあなんで開けた⁈
そしたら元の姿で出てきた。
「それでは見せてもらいましょうか……」
「へぇ、こちらです」
そのまま案内して全体を見せた。
「……へぇ」
なんか今度は青い顔し始めた!思った以上にコロコロ顔が変わる。メイドってそんなんだっけ?
「———合格です。これからよろしくお願いします」
右手を差し出してきた。
こちらも握り返す。
「———ええ。こちらこそよろしくお願いします」
「———私、すごく嬉しいんです」
———そうか。ずっと一人だったもんな。
「———もう仕事しなくていいので」
そう言うとすごくニンマリと笑った!
「いや働けよ⁈」
この人、やっぱりなんかこう、アレだ!
面白いからいいけど!
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