#004 磁石と令嬢④

 「働け!」

 「やだ!」

 「なんでそんなに働かない!」

 「あんたが来たせいです!」

 「でも漫画は前からあったでしょ!」

 「ギク!」

 「図星なんじゃないか!この社内ニート!」

 「うるさいですね!ずっとここにいるんですから休みぐらいくれたっていいじゃないですか!」

 「棚に上げるようなこと言いやがって!」

 「うるさいうるさいうるさい!」

 「だー!うるせぇ!」

 「帰ったわよ」

 あれからしばらく二人して口論を続けていたら、それを辞めさせるようにクロエが帰ってきた。

 「あ、あー、えーと、クロエさん」

 なんて呼べばいいんだろう?

 「クロエでいいわよ」

 「あ、そうなんだ……」

 「おい!クロエ!」

 「あんたは駄目よ」

 「私の方が長いのに⁈」

 マルタさんは駄目らしい。そりゃそうだ。

 「……何かしらあったようね」

 クロエは何やら訝しむような視線を送る。

 許してくれよ。

 「普段と屋敷の雰囲気がちがう」

 はぁ、よくわかってらっしゃる。

 「マルタじゃないわね」

 「いえ私でございます」

 「なんだお前!」  

 「黙れ!」

 「……ハセベがやったのね」

 「信じてくれないのですか」

 「あんたそういうとこあるから」

 「へへへ」

 「照れるとこじゃないだろ?」

 「……ふん、まぁ、見れるだけではあるわね。しばらく待機なさい」

 そういうとまた踵を返して、自室に戻っていった。

 「……相当褒めてますよ」

 「いちいち翻訳しなきゃいけないのめんどくさいな」

 だがまだわかりやすい方だ。

 僕の母親とか金くれるだけだ!子供歪むて。

 

 「ここがあなたの部屋になります」

 そうマルタさんに案内されて、たどり着いたのは二階の端っこだった。

 なんか妙に埃っぽいんだけど、その辺どうなのかしら?

 扉を開けるともっと埃っぽくなった!

 「ゲホッゲホッ」

 流石に咳き込む。ひどい部屋!事故物件のがマシかもしれない!

 中はまぁ確かに、待遇とか考えると妥当だ。クローゼット、ベッド、机と椅子が備え付けられている。

 しかしなんだこの埃っぽさは……使ってないにしても限度があるのでは?

 「ここは倉k……少し使われてなかった部屋です」

 「おい⁈」

 倉庫やんけ!こんな広い屋敷にそんなもんしかないのか⁈なんなの?そんな住む部屋以外全部倉庫にしてんの?子供が巣立った後の子供部屋じゃないんだから!

 「好きに使っていいですよ」

 「今すぐ掃除していいですか」

 「あなたがするならね」

 「敬語は捨てちゃ駄目でしょ?」

 「ごめんなさい」

 「ということで戻って大丈夫ですよ」

 「わかりました」

 そのまんまスタスタ自室に戻っていくマルタさん。てかなんで俺が指示出してんだ⁈

 さて。

 ちゃうど気持ちの悪い空き時間ができていた頃だ。やることができてよかった。

 とりあえず埃をはたいて雑巾で拭いて———しまった!さっさと終わってしまった!なんでこんなことしてしまったんだ!あれだけ早く終わってしまったというのに!

 

 ———ということで凄まじい暇を得てしまった。

 なのでマルタさんの部屋に向かうことにした。理由は簡単だ。

 「すいませーん」

 ドアをコンコンノックする。

 「へぇなんでしょう」

 「漫画貸してください」

 「え〜〜〜〜〜〜?」

 すげぇ渋る!

 いやまぁそうなるかもしれないけどさ!

 「取引しましょう」

 「とりひき」

 なんかふっかけられた!

 てかなんか大体次の発言がわかるような気がしてきた。なんで一日で個人を理解しなくちゃいけないんだ?

 「———今日の夕食を作ってくれるなら、貸してあげますけど?」

 なんかドア越しにナメている顔が想像できる。

 だからなんなんだよこの人⁈

 「じゃいいです……」

 「待って!ほら!金あげるから!金!」

 「金出して労働から逃げるのは本末転倒だろ⁈」

 「それもそうか……」

 「そこまでするなら本当にいいですよ……」

 「じゃあ貸しますよ!ええ!貸せばいいんでしょ!」

 なんかめちゃくちゃキレてるな……ほんと短気だなこの人!

 そしてドアが開くと、床に本が置かれた。

 

 ———『ドキドキ委員長〜わたし、今夜はワルイ娘になっちゃいます〜』だって。


 ナメてんの?


 しかしこれくらいしか娯楽がないのも事実だ!

 ということで自室に戻って読む。

 やっぱりなんかしっぽり始めやがった。

 結論!

 面白かったです。

 そしてそんなうちに何やらドアがノックされた。

 「私よ」

 クロエだった。なんかまたマルタさんに言われるもんだと思っていたが。

 「夕食ができたわ、向かいなさい」

 「俺も食っていいんですか」

 「敬語はやめなさい」

 「ええ」

 流石に雇われてるんだからそれくらいは守らせて欲しいぜ。

 「やらなきゃ駄目ですか」

 「クビにするわよ」

 「わかったよ」

 「順応が早いわね。流石ゴキブリ」

 そう言ってまた先に去っていった!

 だからすぐ消えるのやめなよ!

 ということでとっとと食堂に向かう。

 さっき掃除したことで家の構造は大体理解した。まあまあ広くて、まあまあ暗い。

 「お待ちしておりました」

 マルタさんが既にいた。

 ちゃんとしたメイド服で、ちゃんとしたお辞儀。いつもあぁだったらいいのに。でも疲れるだろうな。わかるよその気持ち。

 長机には二つだけ椅子がある。何⁈やっぱ俺客人扱いなの⁈ねぇどっちなの⁈

 そのうちの一つに既にクロエが座っている。なんか心なしかソワソワしている気がする!こんなところでもコミュ障を発揮するな!行儀悪いと思われるぞ!

 とりあえず座る。

 するとマルタさんは奥の厨房に移動した。

 さぁ一体何が出てくるんだろう!彼女の料理の腕はどれくらいなのだろう!

 やがて両手に同じ食器を持ちながらマルタさんが現れた。

 ———てかさっきからクロエがこっちを凝視してくるんだけど⁈

 何?ヒゲ⁈眉毛⁈カミソリ貸してくれ!

 そんなこんなでマルタさんの料理が置かれる。

 

 ———何やら骨のついた焼かれたお肉。よく知っている!ラムチョップだ!!!

 真面目に言うと仔羊のロースト。

 ソースは透き通っているが、何やら緑色のパラパラしたのが乗っている。ハーブかな。

 フォークとナイフは既に置かれていた!

 「食べなさい」

 「俺から?」

 「いいから食べなさい」

 「はぁ」

 とりあえず切って食べる。

 ちょうどいいミディアムレア。噛むたびに肉汁が溢れ出してくる。ソースもパンチが効いている———これペペロンチーノの油だ!ニンニクを乳化させた!そこにハーブが数種類あるから複雑な香りがする。飽きが来なくていいですね。

 「美味しいです」

 「でしょう!クソザコ!」

 「なんだそのあだ名⁈」

 「そうよ、名前を言えないこいつに失礼よ」

 「ヴォルデモートかな」

 流石にマナーを弁えられる人だ。

 お嬢様だからか?

 そんなこと思いながら食べ進める。

 少し目を正面にやると、クロエはもう既に食べ終わってるようだった。

 あれ?

 さっき食べ始めたはずですけど。

 「……何?」

 「いやぁ、別にィ……」

 「怪しいわね、言いたいことがあるなら言いなさいよ」

 「食べるの早いね……」

 「私は忙しいの。天井のシミ数えたりね」

 それただ早食いなだけでは……?

 てか何?暇なの?

 「……食べ終わったら、外に来なさい」

 あ、やっぱり天井のシミ数えないんだ……。

 「……そりゃなんで?」

 「練習ですよ!練習!」

 マルタさんが厨房から叫んできた。

 「……練習って、なんの?」


 「———魔術よ」


 「魔術⁈」

 え⁈そんなものあるんですか⁈

 いや普通に魔物いたわ。

 驚きすぎた!恥ずかしいわ!

 「あんたには、聞きたいことがたくさんあるからね」

 そう言いながら口元を拭く。

 「まだありますよ」

 話題を遮るようにマルタさんがサラダとスープを持ってきた。

 なんで最初に持ってこなかった!

 「なんですか、そんな私を付け合わせのミックスベジタブルを見るように」

 「そこまでは思ってないよ⁈」

 「あなたに勝ちたかったので」

 「そう……」

 「———なんか私だけ勝手に盛り上がってるみたいじゃないですか⁈」

 「うん」

 「なんなんですか!もっと乗ってくださいよ!」

 「いや、流石に俺疲れてるんで……」

 マルタさんを横目にサラダとスープに手をつける。

 サラダはカブをメインに、色とりどりの野菜が乗っかっている。ドレッシングはシンプルだが、それが逆に野菜の味を引き立てている。

 スープはじゃがいもを濾したもの———ヴィシソワーズだ!透き通った味がする。これもまたジャガイモの芯の味がわかる。

 なんだこの人———妙に素材の味を引き立てるものをつくる。変な人なのに。

 「すごく美味しいです」

 「でしょう?」

 勝ち誇った顔!別に勝負してないよ⁈

 ずっと笑ってるので、クロエの方を向くと既にいなかった!

 思春期の娘じゃないんだから……いや思春期の女だったわ!


 ということで腹も膨れたので屋敷の外に出てみた。するとクロエが既に待ち構えていた。

 「待っていたわ」

 「生き急ぎすぎじゃない?」

 すると顔を背けた。

 「お腹すいてたの」

 「そうか……」

 正直に最初から言え!

 「……私についてきて」

 そう言うととっとと先に進み始める!

 だから速いんだよ!!!!!!

 そして再び森の中をスタスタ歩く。てかよくわかるなこんな暗闇の中。

 たいまつもクソもない!なんなんだろうか!知り尽くしてるからか!そりゃそうだよな!

 やっぱり魔物は見られない。夜だから寝てるのか?夜行性のやつもいるだろうに。

 そして森を抜けた先に、何やら原っぱがあった。

 全く木がない!てか花もない!芝生みたいな草が覆ってるだけ!遊ぶならこういうとこがいいですよね。

 「———さて」

 するとクロエが改まったように振り返って、こちらをじっと見つめる。

 「聞かせてもらってもよろしいかしら」

 「なんでも聞いてくれよ」


 「———あなた、何かしらの魔術を持っているでしょう?」


 「———あぁ!そうか!」

 そうだ!俺のあの力は魔術なんだ!もうすっかり家事のことしか考えてなかった!転移してきたのに!

 「その反応は、そういうことなのね」

 「まぁ、はい」

 「———どんな力なのかしら」

 「え?えー……」


 ———あれなんの力なの⁈


 「……なんか、近づいてきたものを吹き飛ばす魔術、ですかね……」

 「それは何の力を使っているのかしら?」

 「それがわからないんです」

 「何でそんなこともわからないのよ」

 「いや、飛ばされてきて何故か力が備わってて、俺も訳わからずに魔物を倒しはしたんですけど……」

 「ふむ……」

 途端に黙りこくるクロエ。

 「———なんで、そんなことを?」


 「冷静に考えて、何の力もない人間が生きてここまで来れるはずがないじゃない」


 ごもっとも!

 「それを聞きたいだけ?」

 「———うるさい」

 なんか途端に顔を背けて、明らかに不機嫌な反応をした!何⁈何なの⁈

 ———すると、何やらガサガサと音がする。


 ———クロエの背後に、でっかい猪みたいな魔物が現れた!


 それなりの建物くらいの大きさはゆうに超えている!なにこれ!こんなもんいる環境で生活してんの⁈引っ越せよ!

 「ね、ねぇ!後ろ!!!後ろに!!!」

 「———やっぱり、見せるしかないか———」

 そんな風に諦めたことをいうクロエ。

 何を⁈


 ———いやまさか。


 ———そういうことか!わかった!!!


 ———するとクロエは、何やら紫色のオーラを纏った!

 あくまで猪と彼女だけを覆っている。なんだ?対象を選択できるのか?まぁそれくらいできたら嬉しいですよね。

 

 ———すると、猪は途端にフラフラし、そのまんまぶっ倒れた。


 ———何をしたんだ?

 ———全く傷つけずに攻撃できる、と考えれば———なんだ———まさか!!!



 「———毒⁈」



 「本当に、嫌なところに勘が働くのね」


 こちらに顔を向けた。

 少し目が赤らんでいる気がした。

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磁力魔術は引き裂けない〜異世界に飛ばされた俺、魔術学園で最強ライフ〜 乱痴気ベッドマシン @aronia

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