第2話落胆
主治医と長い付き合いになって安心してきたころに判明した。
妊娠4か月を過ぎたころ、次の主治医の言葉で奈落の底に落ちていく。
「今のところ順調です」
お腹に機械をあてながら主治医は言葉を紡ぐ。
「ただ、障害を持っている疑いがあります」
分かっていた。自分の遺伝子の欠陥がありそうだということは。
「産むにしろ、そうでないにしろうちでは設備が心もとない。もっと大きな病院で受けてください」
「はい」
脱力してしまった。少子高齢化の影響と医師の不足でクリニックにかかっても大きな病院でないと対応できないということ。
信頼できる医師をもう自力で探すことは難しいのだ。
先生同士のパイプ頼みになってしまう。
「ここじゃないんだ」
自分に言い聞かせる。
ネットの口コミで担当してもらうならここの産科が良かったのに。
仕方ないと自分を納得させる。
「障害とは……」
(自分の容姿には昔からコンプレックスがあった。人よりも背が低かった。
たくさん笑われた。罵倒もされたし怒鳴られもした。ブスと罵倒されることも多いし、首を引っ張られたり手首をつかまれたりもした。容姿のせいで問答無用でイジラレ役にもなった)
自分の子にはそんなツライ思いはさせたくない。
ただ単に身長が低いだけでキャラが固定されてしまう。
(障害を負ったらこれ以上の罵倒と冷たい視線があるんだろう)
今住んでいる地域にどれだけ福祉事業があっただろうか。
しっかりと調べてはいないが、ほとんどなかったはずだ。
私はいま34歳。まだ次を望めないわけではない。
もっとも障害を持って生まれる可能性は高まるわけだけれど。
「とにかく主人に連絡しないと」
スマホをとる手が震える。
主人は何というだろうか。
産めというだろうか。諦めようというだろうか。
2人とも子供は欲しいと思っていた。どんな形でもと思っていた。
自分は甘かった。健常な子供が欲しい。
義務教育を受けて高校に行って自分なりの進路を選んでほしかった。
私が子供を望む理由はなんだろう。
自分の老後の世話を頼むため?
それとも生物だから自然なことなの?
成長過程をみたいのだろうか。
急に狂い始めた自分の軸に嫌気がさす。
様子を見ていた看護師さんは言う。
会計を呼ばれても気づかないくらいに考え込んでいたらしい。
「1人で背負い込むことはないわ。旦那さんと相談して決めればいいのよ。2人の子なんだから」
看護師さんの言うそれはきれいごとだ。
結婚して義両親がいる以上互いの義両親も望んでいる妊娠なのだ。
(なにか障害があったとして地域は、家族は許容してくれるだろうか)
小さな命の存在を。
主人の帰りを大人しく待つ。
大病院への紹介状は書いてもらうことになった。
主人の好物のカレーをつくって待っていた。
つわりはあるが、カレーの強烈な匂いは平気だった。
「そんな顔してどうした?」
知らないうちに帰ってきたらしい。
主人が顔を覗き込んできた。
「検診受けてきたけど、障害を持っているかもしれないと」
「そうか……」
主人はそれだけしか言わなかった。かける言葉を探しているようだった。
「命をかけるのは君だから。詳しく検査してからでも遅くないだろ」
「ええ。そうね」
主人は微笑んでくれたが、見抜いてしまった。彼の笑みは愛想笑いだと。
「今日は寝るわね。明日は休みにしたから家事をしているわ」
「ああ。無理はしないようにな。ゆっくり考えて」
ああ、もう答えはきまったわ。
きっと産むと言ったら困った顔をしていうだろう。
「それは君のエゴだよ」と。
見当がついてしまったから早めに休むことにする。
きっと彼は両親に子供のことは伝えないのだろう。
そして子供が生まれたとしても愛することもないのだろう。
なんと残酷な人を伴侶に選んでしまったのか。
自分と自分の近くの人間たちに絶望しながら眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます