第27話 したたかな裏切者(5)

 土曜の夜になり、俺は大川が指定した駅の改札で奴を待っている。

 今は午後七時十分。約束の時間を十分過ぎている。ついさっき大川の会社に連絡したが、もう出た後だった。会社を出た時間からして、もう着いてても良さそうなんだがな。

 思えば昔からそうだった。奴が約束の時間を守ったことなど一度も無かった。

 更に五分待った後、仕立ての良さそうなスーツの上に、これまた高そうなコートを羽織って大川が笑顔で現れた。

「おう、久しぶりだな、前から何度も連絡してたんだぞ。携帯変えたのか?」

 予想通り、大川から待たせたことへの謝罪の言葉は無い。

「どこに行くんだ?」

 何の話をしても怒鳴りたくなりそうで、俺は大川の言葉を無視して話題を変えた。

「お前そんな汚い格好で来たのかよ……せっかく良いところで飲もうと思ったのに」

「少し話をするだけだ。そこらの居酒屋で良いだろ」

「変わんねえな、お前は」

 大川はチッと舌打ちして歩き出す。俺はイラっとしたが、何も言わずに大川の後ろに続いた。

 大川は個室のある居酒屋を選び入って行く。運よく席が空いていてすぐに個室へ通された。

「あれからなんでも屋はどうなんだ? 苦労しているんだろ?」

「まあ、常連さんに可愛がって貰って、なんとかやってるよ」

「そうか、俺の方はな……」

 俺のことに大して興味が無かったのだろう。大川は俺が一言返しただけで、後は自分の話を始めだす。相手に対して興味が無いのは俺も同じで、どこまで本当か分からない大川のサクセスストーリーなど、適当に相づち打って飲み食いしながら聞き流してる。大川は自分の話を遮られると極端に機嫌が悪くなるので、俺は凛子の話を始めるタイミングだけを窺っていた。

「……という訳で、毎日忙しくて嫌になっちゃうよ」

 聞き流していたつもりだったけど、やはり大川のバイタリティだけは凄いと思った。

 元々なんでも屋にしても、大川がいなければ立ち上げることも困難だっただろう。無から形を作り出すのは、大川のような人間じゃないと難しいのだと改めて感じさせられた。悔しいが大川の立ち上げたリサイクルショップの話を聞けば、なんでも屋を辞めたのも正解だった気がしてくる。

「……なあ、聞いてるのか?」

「えっ、何の話だ?」

 大川がな何か話をしていたようだが、聞き逃していた。

「だから、なんでも屋を辞めて、俺のところに来ないかって言ってるんだ」

「来ないかって、お前……」

「信頼できる相棒が欲しいんだよ。待遇は後悔させないぐらい良くするから。もう俺一人じゃ手が回らないんだ。俺の会社に来てくれよ」

「いや、待てよ、今日はそんな話をしに来たんじゃない。いきなり過ぎるだろ」

 俺は大川の言葉に動揺していた。

 馬鹿にしているのかと怒鳴り返して良い筈なんだが、それが出来ない。それが出来ない自分に戸惑ったし、腹が立った。

「凛子の話か? ならもう俺達は終わったんだよ。手切れ金なら払うから、離婚に応じるように話してくれないか?」

 大川は俺に対して、とんでもないことを平然と言い放った。

「お前、俺から凛子を奪っておいて、よくそんなこと言えるよな……」

 俺の声は怒りで震えていた。

「奪っておいて?」

 大川は腑に落ちない表情をしている。

「お前、俺が凛子をお前から奪って行ったと思ってんの?」

「違うのかよ」

 俺は腹が立って、ジョッキに半分ほど残っていたビールを一気飲みする。

「冗談じゃねえよ……」

 吐き出すようにそう言うと、大川もビールジョッキを空ける。

「俺がなんでも屋を辞めた時に、あいつはお前に振られたって言ってきたんだよ。それを慰めている間に、あいつの方から誘われて関係を持ったんだ。

 その後はなし崩しに同棲して、せがまれて入籍したんだ。俺は仕事に夢中で話し合うのも億劫だったから、あいつの言う通りにしただけだよ」

 大川の言うことは本当なのだろうか? 話す表情を見ていると、嘘を言っているようには感じられない。だが、大川なら、嘘でも真実味を持たせて話すことなど容易いだろう。

「今更もうどうだって良いさ。俺も凛子に未練は無いからな。離婚するならするで、二人で話し合ってくれ。俺の仕事はそこまでだからな」

 俺は投げやりに、そう言った。

 今更、凛子と大川のどちらが悪かったかなんて聞いても仕方ない。もう過去のことだ。

「まだビール飲むか?」

 俺は大川の質問に無言で頷いた。大川は注文用のタブレットを手に取り、生の中ジョッキを二つ入力した。

「じゃあ、お前の事務所で会おう。お前も立ち会ってくれよ。三人で話がしたい」

「ええっ、二人で話し合えば良いだろ。俺まで巻き込むなよ」

「いや、ちゃんと三人で話し合おう。お前、俺が辞めた時も凛子と別れた時にも、ろくに話を聞いていないだろ。誤解していると思うんだ。キッチリさせよう」

 確かにあの時、話し合いなどしてなかった。去って行く二人への怒りの感情が強過ぎて、聞く耳を持っていなかったのは事実だ。だが今更あの時の事情を知ってどうする? 二人が俺の元を去って行ったのは変わらないのに。

「もし話し合って怒りが収まれば、俺の会社に来て欲しい。本当にお前が必要なんだ」

「なぜ俺にこだわる。俺以上に有能な奴は一杯いるだろ」

「俺に付いて来てくれたのはお前だけだったよ」

 俺は大学時代のことを思い出す。

 大川は常にみんなの中心に居た。明るく、分け隔てなく誰とでも仲良く出来る人間だった。リーダーシップが有り、みんなを引っ張って行く。大川に声を掛けられて、話に乗らない奴など居ない気がしてた。

「お前は常にリーダーだったじゃないか。付いてくる奴なんて一杯居ただろ」

 「失礼します!」と店員がビールを運んできた。俺達は会話を中断してジョッキを口に運ぶ。

「お前なら分かるだろ。俺は人の気持ちが分からないんだ。人の気持ちが分からないからこそ、空気を恐れず前に出ることが出来る。でも常に暴走と裏返しさ。いつも誰かに嫌われてから気付くんだ。

 でも、お前だけは何を考えてるのか分かりやすかった。自分のことも満足に出来ない癖に、人のことを一生懸命考える変な奴さ。そんな奴だから、お前をなんでも屋に誘ったんだよ」

 確かに大川は暴走と言われても仕方ないくらい、自分勝手に物事を進めることがある。それが故にトラブルも多かった。

「そうだな、なんでも屋も自分勝手に辞めたしな」

「お前は誘っても来なかったし」

「俺はもう少し頑張ろうって言っただろ。お前が残ってれば、今でも一緒にやってるよ」

 あの時、俺が断ると、大川はそれ以上話し合いもせずにすぐに辞めて行ったんだ。

「お前がそんなに、なんでも屋に愛着を持っているとは思わなかったんだ。俺は駄目だと判断した場所にずっと居ることなど出来ない性格してるからな。お前を説得するより辞める方が早いと判断してしまったんだよ」

 俺はまたビールで喉を潤した。

「もうその時点で、俺達は別の道を歩いてるんだよ。今更一緒に仕事は出来ないだろ」

「今は事情が違う。現に俺は成功しているだろ? 間違って無かったんだ。今ならお前を説得して、もう一度一緒にやれる筈だ」

 成功か……。確かに今の俺は、女一人の責任を取ることすら出来ない。どちらが成功しているかと聞かれたら、間違いなく大川の方だろう。

「いつなら良いんだ?」

「えっ?」

「俺も立ち会うよ。事務所で凛子と話をしろよ。何日なら空いてるんだ?」

 確かに俺達三人は、もう一度別れた経緯を確認し合う必要はあるだろう。もう関係を修復する気は無いが、話し合いはしよう。

「二十日の土曜日。午後五時なら大丈夫だ」

 大川はスマホを取り出し、予定を調べてそう言った。

「分かった。凛子にも連絡する。無理ならまた連絡するよ」

 確認しなくても俺の予定が空いているのは分かっていたので、そう返事をした。

「俺の会社に来てくれる気になったのか?」

「そう言うことじゃない。お前の言った通り、キッチリさせようと思っただけだ。後はお前と凛子がどうなろうと、俺の知ったことじゃないよ」

 それが今の俺の素直な気持ちだ。

「まあ良いや。話し合えばきっと来る気になるさ」

 大川らしいポジティブな考えだと思った。良くも悪くも他人より自分を優先して来た奴だからな。

 その後、大川の自慢話を聞くのがウザいので、ラインを登録して俺は引き上げた。

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