第20話 決闘は立会人の下で(5)
翌日、金曜の夜、仕事を終えた俺は拓斗と一緒に明日の試合場の設営作業をしていた。
まずは事務所内の机やソファを居住スペースに移動させ、試合場のスペースを確保する。
広く空いたスペースに百均ショップで買ったジョイントマットを敷きつめる。一センチの厚みはあるが、念のために二枚重ねた。これで床に倒れても、ある程度ダメージが吸収されるだろう。
次は四メートル四方の角にのぼり用のポールを立て、ロープを三本上中下と括り付けリングを作った。本物のリングのような耐久性は全く無いが、スペースの目安にはなるだろう。
あとは勢い余ってリングの外の壁に激突しないように、危ない部分にはマットレスを置いた。
これでヘッドギアとオープンフィンガーのグローブを着ければ、かなり怪我を防げるだろう。出来るなら、スポーツの範囲で収まる程度に二人を戦わせてあげたい。あいつら自身も、相手を大怪我させたいとは思っていないと信じているから。
昨日の紗耶香のお見合い話以来、拓斗となんだか気まずい感じになってしまったので、黙々と作業が進み試合場が完成した。
「後は明日の試合を待つばかりだな」
俺の言葉に拓斗が頷いた時、事務所のドアがノックされた。
「はい! 開いてますからどうぞ!」
俺はそう叫んだと同時に、ドアまで急ぐ。
俺が着いたと同時にドアが開き、制服姿の女子高生が一人、事務所に入って来た。その女子高生は板垣さんだった。
「こんばんは」
彼女は丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「あ、こんばんは。いらっしゃい。中へどうぞ」
俺は意外なお客さんに驚いたが、とりあえず彼女を中に通した。
彼女は俺達が作った試合場を見て、しばらく立ちすくむ。
「すみません。今事務所がこんな感じなんで、これに座ってください」
拓斗が気を利かせて、パイプ椅子を二つ持ってきてくれたので、俺は試合場外の空いたスペースに置いて板垣さんに勧めた。
「あ、ありがとうございます」
彼女は心ここにあらずって感じの表情で椅子に座る。
「どうしたんですか? こんな時間に」
「ここで明日、一樹君と勝っちゃんが決闘するんですか?」
彼女は俺の問い掛けに答えず、虚ろな感じで逆に聞いてくる。
「ええ、その予定です」
「どうしてですか? 二人が決闘する理由なんてないでしょ? 私と一樹君は付き合っていて、それは勝っちゃんと戦っても変わらない。意味無いじゃないですか」
板垣さんは泣き出しそうな顔で俺に訴える。彼女からすれば当然の考えだろう。
「お願いします。二人を止めてください。こんな意味の無いことやめさせてください」
俺は彼女の目を見つめて、どう言えば良いのか考えた。
「確かに意味のないことかも知れない。結果がどうあれ、今と何も変化が無いかも知れない。でも、二人はやると決めたんだ。もう止めることは出来ないよ。後は、二人が怪我しないように最善を尽くすだけなんだ」
俺の言葉を聞いて、板垣さんの顔に失望の色が現れる。
「明日の三時に始める。君も見に来ないか?」
俺がそう言うと、彼女は返事をせず、椅子から立ち上がる。
「ありがとうございました」
彼女は暗い表情で頭を下げると、事務所を出て行った。
「凄い美少女だね」
板垣さんが出て行った後、拓斗が驚いたように呟いた。
「そうだな……」
明日、板垣さんは来るんだろうか? 出来るなら来て欲しい。二人を理解するためにも。
もうすぐ決闘開始時間の午後三時だ。一樹はもう来ていて、柔道着に着替えている。だが、豊田はまだ姿を見せていない。少し前にラインで連絡したが、既読無視されている。
その時、事務所のドアがノックされる。
「はい」
俺が急いでドアを開けると、紗耶香が立っていた。今日来るとは聞いて無かったので驚いた。
「やっぱり心配になったから来たの。薬とか怪我の手当てが出来るものも持って来たよ」
あの微妙な雰囲気になった夜以来なので、紗耶香はぶっきらぼうな感じでそう言った。
「ありがとう。助かるよ」
「あと、彼女も一緒なの」
紗耶香の陰に隠れていた、もう一人の女性が顔を出す。
「板垣さん……」
「こんにちは……私も立ち会わせて貰って良いですか?」
そこには、板垣さんが気まずそうな表情で立っていたのだ。
「どうぞ。見届けに来たんでしょ。さあ、入って」
俺は紗耶香と板垣さんを中に招き入れた。紗耶香に続き、板垣さんは無言で会釈をして中に入って来る。
「美紅!」
一樹は恋人の姿を見て驚き、立ち上がる。二人の間では彼女は来ない予定だったのか。
「どうしてここに……」
「うん……」
一樹が質問しても、彼女は言いよどむ。
「彼女、下でビルを見上げていたの。凄く綺麗な娘だったから、もしかして板垣さんかと思って声を掛けてみたの。ここに来るか迷っていたみたいだけど、話をしてたら気持ちが決まったみたいで。連れてきて良かったかな?」
紗耶香が小声で経緯を説明してくれた。
「ああ、ありがとう。それで良かったよ」
俺は紗耶香を安心させるように、笑顔で頷いた。
とその時、ノックも無しに事務所のドアが開いた。
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