第19話 決闘は立会人の下で(4)

 次の日から、俺は仕事の合間に、必要な物を買い集めだした。拓斗に手伝って貰い、中古販売店や百均ショップを軽トラで回る。試合場を作る為のクッションが必要だったし、他にもネットで格闘技用のグローブやヘッドギア、安全対策用品も注文した。

 万が一、どちらかが怪我した時でも傷害事件にならないように、ちゃんとした格闘技の試合をしていた形が必要だと考えたのだ。


 木曜の夜、俺は紗耶香に招待され、相川家で夕飯をご馳走になっている。試合をする為に必要な物は揃った。後は明日の仕事が終われば、事務所に試合場を作るだけだ。

「あ、そう言えば、結局相手はどうして一樹と喧嘩したかったの? やっぱりBSS?」

 三人でテーブルを囲み夕飯を食べていたら、拓斗は思い出したというように聞いてきた。

「それは言えんよ。豊田に口止めされているからな」

「えーそれは無いんじゃないか。俺もこれだけ手伝ってるのに、部外者扱いはないだろ。明日も試合場の設営作業を手伝うのに」

 拓斗はお箸を俺に突きつけながら、不満そうに言う。

 確かに拓斗の良い分も尤もだ。一樹と板垣さんに知られなければ大丈夫だと思うが……。でも拓斗は余計な一言を言いやがるから心配なんだよ。

「お前、絶対に一樹や板垣さんに理由を話すなよ」

「大丈夫、俺は口が堅いから」

 どこがだよ、と俺は心の中で毒づいた。

「私は聞いてても良いの?」

「どうせ紗耶香は会わないだろうし、会っても黙っててくれるなら良いよ。信用してるから。聞いて感想も聞かせて欲しいしな」

「うん、分かった。約束するわ」

「俺とずいぶん対応が違うな」

「当然だろ」

 不満そうな拓斗を無視して、俺は豊田の理由を二人に話して聞かせた。

「それ、豊田って奴は絶対に彼女のことが好きなんだよ。いろいろ言い訳してるけど、取られた八つ当たりだよ」

 話を聞いた拓斗は、我が意を得たりとばかりに、決めつけた言い方をする。

「やっぱりそう思うか。紗耶香も?」

 俺は紗耶香にも意見を求めた。

「私も豊田君が板垣さんのことを好きなのは事実だと思う。でも、取られた悔しさで戦いたいと考えているのかは分かんないな。好きと言ってもラブじゃなくてライク。幼馴染だったら、家族に対する好きって感情かも知れないじゃない。兄が妹の彼氏に相応しいか試すみたいな?」

「そう、紗耶香の意見も分かる。俺は拓斗の意見と紗耶香の意見、その二つが混ぜ合わさっているんだと思うんだ。女性としても好きだ。でも、家族として幸せを祝福したい。その複雑な気持ちが、相手の強さを試したいって行動になったんじゃないかな」

 なんとなくだが、俺には豊田の気持ちが分かる気がした。その理解の元がどこから来るのか、その時は深く考えなかったが。

「一樹も豊田の気持ちを受け止めようとしているし、後は二人の安全を確保した上で、キッチリ戦わせてやりたいんだ。それが三人の今後の関係にとって、良い結果に繋がると思う」

「うん、三人の気持ちが晴れて、良い関係が出来ればいいね。でも、そんな風に二人から愛されるなんて羨ましいな。板垣さんって素敵な娘なんでしょうね」

 紗耶香は笑顔で俺の意見に同意してくれた。

「姉さんも年が明けたらお見合いがあるし、良い人に出会えるかもよ。相手は姉さんの写真見て凄く乗り気みたいだし、国立大出の大手企業に務めるエリートで将来も安心だしね」

「えっ? お見合い?」

 拓斗が調子に乗って言った話に、俺は衝撃を受けた。紗耶香がお見合いするなんて、全く考えたことが無かったからだ。

「あ、いや、お見合いって言っても、叔母さんが勝手に持ってきた話なの。強引に進められたから断れなくって……」

 紗耶香が慌てて言い訳する。拓斗を見ると、余計なことを言ってしまったと後悔が顔に出ていた。どうやら二人はそれぞれ別の理由で、俺にお見合いのことを秘密にしておきたかったようだ。

「そうか、無理やり押し付けられたなら、仕方ないよな」

 俺は冷静に話したつもりだったが、少し声が上ずり、動揺が現れてしまった。それほど今の関係が心地良く、俺はこの関係に変化が起こるとは考えて無かったのだろう。

「いや、でもさ、初めは仕方なくって気持ちでも、会ってみればその気になるかも知れないよ。写真見たけど、結構イケメンだったしね。あの人が兄貴になるなら、俺は嬉しいよ」

「ちょっとやめなさいよ。本当に怒るよ」

 俺を挑発するように話す拓斗に、紗耶香は本気で怒っている。

 そんな二人のやりとりを見て、俺は考える。そもそも紗耶香のお見合いに対して、俺が何か言う権利があるのだろうか。ただの幼馴染のお兄ちゃんでしかない俺に。

「お見合いの相手、良い奴だったらいいね」

 俺がぼそりとそう言うと、二人は一瞬固まる。

「文也君もそう思う。そうだよ……」

「文也君、本当にそう思うの?」

 拓斗の話を遮り、紗耶香が低く確かめるような声で俺に訊ねる。こんな無表情な紗耶香を見るのは初めてだ。

「いや、だって、良い奴だったら、紗耶香も幸せになれるだろ」

 俺は無表情の紗耶香の目を見続ける勇気がなく、目を逸らせてそう言った。

「分かりました。来月のお見合いは、本気で行きます」

 紗耶香は無表情のままにそう言う。さすがの拓斗も何も言えず、俺も「そうか」と呟くのがやっとだった。

 その後は大した会話もなく、黙々と夕飯を食べ終えて、俺は相川家を後にした。

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