第18話 決闘は立会人の下で(3)
一樹に喧嘩の立会人を依頼されてから二日後、豊田から連絡があり、事務所で会うこととなった。
午後七時、学校からまだ家に帰っていないのか、豊田は制服姿で現れた。ヘアワックスで無造作に整えたマッシュヘアにピアス。パッと見、KーPOPアイドルを思わせる容姿をしている。外見だけの感想では一樹と喧嘩して勝てそうな奴には見えない。
「一樹との決闘、やめる訳にはいかないのか?」
お互い名乗り合った後、ソファに向かい合い、俺はストレートに切り出した。
「はあ? あんたが立会人引き受けるから会ってくれって言われたからここに来たのに、決闘をやめろって、どういうことだよ」
豊田は年上に対する礼儀なんて感じないようで、俺にタメ口で食って掛かる。
「やる必要の無い決闘なら、やらない方が良いだろ。どうしてそんなに一樹と戦いたいんだ?」
俺がそう聞いても、豊田は横を向いて答えない。
「言えないようなことなのか?」
「言う必要あんのかよ。俺は別に立会人なんか要らねえんだぜ。どこでもやってやるよ。奴が立会人が居ないと喧嘩を受けないって言うから仕方なくあんたに頼むだけだ」
「そりゃあ、あれだけ大勢で来られたら、一樹も用心するよな。君に勝っても、後ろの奴らに、集団で来られたら堪らんしな」
「あいつらは勝手に付いて来ただけだ。手出ししねえよ。それに俺が負ける訳ないしな」
よほど自信があるのか、豊田は臆せずに言う。
「君と一樹じゃどうみても分が悪いだろ。身長は少し低いだけだが、体の幅が違いすぎる。体重で十キロから十五キロは違うだろ」
「心配ご無用。俺は小学生の時から空手やってるんだ。春の大会じゃ県で優勝できるくらいにな」
なるほど、それが自信の根拠か。
「空手段持ちが喧嘩したら、罪になるだろ。大会にも出られないぞ」
「それは奴も同じだろ。柔道の段持ちなんだから、条件は同じだ。それにもう大会はどうでも良いんだよ。意味が無くなったからな」
「じゃあさ、もし一樹に勝ったとして、宿工の奴らが黙って見てると思うか? 身内がやられたら、絶対にやり返す奴らだぞ」
「大丈夫だ。宿工の誰が来ても俺は逃げはしない」
「君はそれで良いかも知れんが、他の生徒はどうなる? 宿工の奴らが無差別に、盛北の生徒を狙うかも知れんぞ」
豊田の顔色に、少し変化が起こる。そこまでは考えて無かったのだろう。
「それでも……それでも俺はあいつがどれだけ強いか確かめなきゃなんねえんだ」
出来るとこならやめさせたかったが、どうしても意思は固いようだ。
「どうしてそこまで一樹にこだわるんだ? 板垣さんを取られたからか?」
「違う!」
豊田は感情を剝き出しにして、立ち上がり叫んだ。
「落ち着けよ。君がどういう考えか分からんが、他人から見たら振られた男の嫉妬にしか見えないぞ」
「だから違うって、言ってるだろ!」
「じゃあ、理由を話してみろよ」
豊田は憮然とした表情で、ドスンとソファに座った。しばらく無言だったが、何か考えているようなので、俺は黙って奴が話すのを待った。
「あいつが美紅を守れるほど強いかどうか確かめたいんだ……」
「強いかどうか、確かめたい?」
「そうだよ……美紅が奴を好きなのは分かってる。だから横取りして俺の物にしたい訳じゃないんだ。奴が強ければそれで良い……」
豊田はポツリポツリと訳を話し出した。
俺と美紅は近所に住んでいて、生まれた時から兄妹のように育ってきたんだ。俺の方が三か月生まれたのが早かったので、親に「お兄ちゃんなんだから、美紅ちゃんを守ってあげなさい」とよく言われてた。俺もそれを聞いて育ったので、その気になっていたんだ。
その後、俺達の関係は小学校に上がっても続いていたし、それ以降もずっと続くと思っていた。
そんな小学四年の夏の日。俺と美紅は近所の神社の夏祭りに出掛けた。楽しく遊んだ帰り道、夜には人気が無いので、入るのを禁止されていた公園の前を通ったんだ。ここを通り抜ければ近道になるので、俺は美紅が止めるのを聞かずに中に入った。迷っていた美紅も仕方なく、後ろにぴったり付いてくる。昼間とは様子が違い、人影もなく静まり返った公園にビビり、俺は入ったことを後悔しだした。だが、美紅の手前、臆病な気持ちを感付かれないように奥に進んで行ったんだ。
公園の中ほどにある、公衆便所の近くを通った時、俺は急に後ろから突き飛ばされた。派手に転んだ俺は、何が起こったのかすら分からず狼狽えた。美紅を見ると、知らない男に腕を掴まれている。ここでようやく、俺はこの男に突き飛ばされたと分かった。
俺は美紅を助けないとと考えたが、恐怖で動けない。
「いやー!」
男に腕を掴まれ、連れて行かれそうになった美紅は、大声で悲鳴を上げた。男はその声に怯んだのか、美紅の腕を放すと逃げて行った。
その後、美紅の悲鳴を聞いて駆けつけてくれた中年夫婦に助けられ、俺達は家まで送って貰った。家では両親から、公園に入ったことをきつく叱られた。だが、俺にとっては両親に怒られたことより、美紅を守れなかったことが辛く情けなかった。
自分の弱さに失望した俺は、空手道場に通いだす。また、情けない自分を見せたのが恥ずかしくて、表面的には美紅と少し距離を取るようになった。ただ、美紅に悪い男が手を出さないように、裏ではにらみを利かせてはいたのだが。
「なるほどな。でも、もう十分に板垣さんを守れる自信はあるんだろ? どうしてずっと影から見守っているんだ?」
豊田の話を聞き、俺は疑問に思ったことを聞いた。豊田はすぐに答えず、視線を漂わせる。
「板垣さんのことは好きなんだろ?」
豊田はこの質問にも答えない。いや答えられないのかも知れない。
「俺は……」
しばらく待っていると、豊田がようやく口を開いた。
「俺は?」
「俺は美紅のことが好きなのか、本当に分かんねえんだよ……」
「そりゃあ、好きだから一樹と戦いたいんだろ」
「まあ良いや。これで立会人を受けてくれるんだろ? それさえして貰えればどうでも良いさ。あ、あと当然だが、美紅や霧島にはこのことを話すなよ」
「分かった。お前が一樹と喧嘩したい理由は理解出来たから、立会人の件は受けるよ。そうだな。用意があるから、来週の土曜日の午後三時にここに来てくれ」
「了解。霧島にはあんたから連絡しておいてくれよ」
そう言って豊田は腰を上げる。
「あ、料金はいくらなんだ?」
「ああ……一樹から金取るのもなんだしな。実費だけで良いよ。大した値段にはならないだろう」
「ずいぶんと優しいんだな」
「男の器量だよ」
「武士は食わねど高楊枝ってやつか」
豊田は質素な事務所の中を見回して、皮肉交じりにそう言って出て行った。
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