第17話 決闘は立会人の下で(2)

 それから二日後の木曜日の夜。、老人会のイベントの裏方仕事を終えて、俺は拓斗と二人で事務所に帰って来た。

「さあ、後は荷物を片付けて、お前を家まで送って紗耶香の夕飯をご馳走になるか」

 今日は紗耶香から夕飯を食べて行くように誘われていたのだ。

「文也君さ、いつまで姉さんに甘えるつもり?」

「甘えるって、お前……紗耶香が誘ってくれているんだから、食べて行かなきゃ失礼だろ」

 甘えてる自覚はあるので、俺は後ろめたさを感じながらもそう言い訳する。

「別に夕飯食べて行くぐらいは良いんだよ。それより、姉さんの気持ちをどう考えてるかってことを言ってんの」

「紗耶香の気持ちって……あ、ラインだ」

 その時、俺のスマホにラインが入る。相手は一樹だった。

(社長、相談したいことがあるんですが、良いですか?)

(おお、なんでも言ってくれよ)

 一樹から相談なんて初めてだったので少し驚いた。素直で可愛い部下なので、出来ることなら力になるつもりで返信する。

(社長は今どこに居るんですか?)

(今は事務所に帰って来たところだよ)

(じゃあ、近くに居るんで、すぐに行きます)

「なに? 仕事?」

 スマホをポケットに仕舞った俺に拓斗が聞いてくる。紗耶香の話題は上手くはぐらかせたみたいでホッとした。

「いや、一樹が相談したいことがあるって」

「一樹が? なんの?」

「いや、まだ分からん。今から事務所に来るって」

 一樹は言葉通り、俺達が荷物を片付け終わった頃に、事務所に現れた。

「なんでお前まで座るんだよ」

 一樹に話を聞こうとソファに向かい合って座ったら、横に拓斗が座ってきた。

「良いじゃんか。俺も一樹のことなら気になるしな」

「あ、拓斗さんが居ても全然大丈夫です」

「そうか……」

 まあ、一樹がそう言うなら、これ以上とやかく言わなくても良いか。

「それに相談と言うか、仕事を頼みたいので」

「仕事を?」

 悩み事だと思っていた俺は少し拍子抜けした。

「実は決闘の立合いを頼みたいんです」

「決闘の立合いって、あの時の奴とか?」

「ええ、そうです」

「あの時の奴って誰よ?」

 俺は河川敷での出来事を、拓斗に説明した。

「なぜあいつと決闘しなきゃならないんだ? 訳を聞かなきゃ、簡単には受けられないぞ」

「わかりました……。あいつの名前は豊田勝巳(とよたかつみ)。盛北の二年で、俺と同い年です」

 一樹は深刻な表情で、話し出した。

「あいつは美紅……あ、俺の彼女ですが、彼女の幼馴染なんです」

「あ、分かった。そいつは美紅ちゃんが好きだったんだ。一樹に取られて恨んでるんだな」

「お前は黙って聞けよ」

 途中で話に割って入る拓斗に、俺は注意した。

「やっぱり、そうなんですかね……」

「いや、そうだったとしても、一樹とあいつが決闘する理由にならないだろ。彼女はお前のこと本当に好きみたいだし、決闘の勝ち負けで彼女がどうこうする訳じゃあ無いだろ」

 男子高校生ぐらいだと、喧嘩の強い弱いは重要なことと考えてしまうんだろうか。だが、俺には無意味な勝負にしか思えない。

「確かに美紅の気持ちが変わるとは思いませんし、もし決闘に負けたからって、美紅と別れるつもりもありません。

 美紅はあいつのことを幼馴染でお兄ちゃんみたいな存在って言ってたんです。あいつが美紅のことを好きなのか、それとも妹のように思っているのか分かりません。でも、もしあいつと戦わずにいたら、きっと美紅に対する気持ちがくすぶったまま残ると思うんです。それは美紅にとっても、あいつにとっても良くないと思う。

 それに逆の立場なら、俺もあいつと同じように喧嘩を吹っ掛けるかもって考えるんですよね……だったら、俺もあいつの思いを受け止めるべきかなって……」

 一樹は本当に良い奴だ。幸せな自分のことばかりでなく、ちゃんと相手の気持ちまで考えてやれるなんて。

「それに、俺が美紅と付き合えたのは、ホント偶然なんです。美紅は夏頃までクラスに好きな奴が居たそうなんですが、そいつに彼女が出来て諦めたそうなんです。で、偶然俺がそのタイミングで告白して、気落ちしていた美紅は付き合う気になってくれたんです。

 もちろん、その後は美紅に好きになって貰えるように、頑張りました。今はお互いにちゃんと彼氏と彼女になっていると思います。でも、豊田からすれば、隙を突いて美紅を取られたって気になっても仕方ないですよね」

「うーん、最近流行りのネトラレってやつかね」

 一樹の話を聞いて、俺はぼそりと呟いた。

「いや、違うよ、文也君。これはBSSって言うんだよ」

 拓斗が得意げに口を挟む。

「BSS?」

「そう、僕が(B)先に(S)好きだった(S)の頭文字から出来たジャンルだよ。その豊田って奴は、幼馴染ってだけで、美紅ちゃんの彼氏じゃないからね」

「なんだよそれ! どっちでも良いけど、単なる逆恨みだろ。お前の優しい気持ちもわかるが、相手にする必要は無いよ」

「やっぱり、駄目っすか?」

「お前はそんな決闘を受けて本当に良いのか?」

「豊田が美紅に対する気持ちに、スッキリとケリを付けられるんなら受けたいです。でも、中途半端になったり、前みたいに大勢で来られたりはマズいんで、社長に上手く立会して貰えないかなと思ってるんです」

 真剣に悩んでいる一樹を見ていると、なんとかしてやりたいと思うんだがな……。

「その豊田勝巳って奴からも話を聞きたいな。正々堂々戦う気があるのか、あと本当の理由とかもな」

 決闘してみて、板垣さんも含めて三人が納得できるのなら、協力すべきなんだろうか。

「分かりました。社長に連絡入れるように、俺から話してみます」

 とりあえず、立会人を受けるかどうかは保留にした。豊田を説得出来て、喧嘩を止めることが出来れば、それが一番良いしな。

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