第5話 依頼者は死後に嗤う(5)

 拓斗はディスクの中に入っていた、テキストファイルを読んでから写真のデーターを開く。

「これ、現地に行って文也君の写真も取らないと駄目だね」

「適当に別の場所で撮って加工出来ないのか?」

「ちゃんと指定してあるんだよ。時間やカメラの置く位置まで」

「そうなのか……じゃあ、明日二人で行くか」

「ええっ! やだよ、文也君と二人で出掛けるなんて」

 拓斗は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

「良いじゃねえか。遊園地もあるし、二人でジェットコースターに乗ろうぜ!」

「いやだ! 絶対に嫌!」

「行って来なさいよ。私がお弁当作ってあげるよ」

「おっさんと二人でお弁当持って遊園地に行くなんて、どんな罰ゲームなんだよ」

 折角俺が楽しませてやろうと思っているのに、拓斗は本気で嫌がっている。

「じゃあ、仕方ないな。紗耶香、明日は日曜日だし休みだろ? 俺と一緒に行こうぜ」

「えー、どうしようかな?」

 紗耶香も俺に合わせて、ワザとらしく迷ってみせた。

「あー分かった、分かったから。行くから、何処にでも行くから」

 拓斗は少しシスコン気味で、紗耶香に悪い虫が付くのを嫌がっている。俺は時々それを利用して無理を通しているのだ。

 まあ、俺が悪い虫だと思われているということなんだが。

 こうして前段階の当ても出来て、俺は紗耶香の作った美味しい料理を食べて事務所に戻ろうとした。

「文也君、来てくれてありがとう」

 俺が軽トラに乗り込もうとすると、見送りに出て来てくれた紗耶香が礼を言う。

「ええっ、仕事を頼みに来て晩御飯までご馳走になったのに、お礼を言うのは俺の方だよ」

 突然礼を言われて、俺は驚いた。

「それはそうだけど、文也君が顔を出してくれると安心だから」

 俺がここに来るのは、二人の様子を見に来ていることも理由の一つである。紗耶香はそれに気付いているんだ。

「そうだ、紗耶香も明日一緒に来ないか。必要経費は固定で貰っているし、一人増えても大丈夫だぞ」

「えっ、良いの?」

 紗耶香の顔が子供のようにパッと明るくなる。

「良いよ。撮影があるけど、遊ぶ時間も十分に取れるし。あっ、予定は大丈夫なのか? デートがあるとか、友達と遊ぶとか」

「友達との予定も無いし、デートなんて相手が居ません。もし彼氏が出来たら、真っ先に紹介しますって」

「そうだな。じゃあ、明日の朝迎えに来るから」

 俺は紗耶香と明日の約束をして、事務所に帰った。


 次の日、俺は拓斗達と加工用の写真を撮りに出かけた。撮影場所は三ヶ所で、どこもごくありふれたデートスポットだ。撮影の合間に観光も兼ねて移動していく。天候も晴れで若干季節の違いはあるが、問題はなさそうだ。ただ、場所ごとに服装を着替えないといけないのは面倒だったが。

 データディスクのテキストには、ベンチの場所やカメラの置く位置まで丁寧に説明書きがあり、探す手間はまるで無かった。用意周到さに、なにがなんでも復讐を成功させたい、竹下さんの強い思いが伝わってくる。

 紗耶香に竹下さんの位置に座って貰い、俺がその横でポーズを取る。後で紗耶香と竹下さんの映像を差し替えれば完成だ。

「文也君、顔がひきつってる。もっと自然な笑顔になんなきゃ駄目だ。デートの写真を撮ってるんだよ」

 拓斗の容赦ない言葉が飛ぶ。

「ああ、そ、そうか……」

 笑顔になれと言われてもなかなか難しい。自然な笑顔が出来ずに引きつってしまうのだ。

「よし、そのまま! 撮るよ」

 何とか笑顔を作って、俺達は写真を撮り終えた。


 仕事が終わり、俺達はファミレスで晩御飯を食べている。

「文也君、ありがとう。凄く楽しかったわ」

「でも仕事だから、ちゃんとバイト代は貰うよ」

「分かってるって」

 喜んでいる紗耶香の横で、俺に釘を刺すのを忘れない拓斗。俺達は和気あいあいと食事を楽しんだ。

「うん、これなら無事加工出来そうだ。カメラの位置までちゃんと指定してくれていたのが良かったな」

 食後のコーヒーを飲みながら、拓斗はさっそくタブレットを使って写真の確認をしている。

「光の違いは大丈夫か?」

「その辺はなんとか誤魔化すよ。見る人が見れば加工だと分かるだろうけど、鑑定したりはしないんだろ?」

「写真を家族に渡す訳じゃないからな。それは大丈夫だ」

 拓斗はタブレットを置き、プリントアウトした、竹下さんが一人で写っている写真を眺めている。

「しかし、凄く自然な笑顔だよな。本当にデートの真っ最中のような楽しそうな顔してる」

 俺は拓斗が差し出した写真を受け取る。写真に写る竹下さんは事務所に訪れた時とは違い、ふっくらとした健康そうな顔で笑っている。この頃にはもう病気が進行しているはずだが、この写真からは微塵も感じられない。

「ホントね。とても演技とは思えないわ」

 紗耶香も写真を見て感心する。

「でも、なんだかなあ……」

 拓斗が溜息交じりに呟く。

「『なんだかなあ』ってなんだよ?」

「いやね、この人半年余命があったんだよな。まあ、病気が進行すると動けなくなるのかも知れないけど、少なくともこんな写真を撮る時間はあったんだろ? もっと前向きなことに残り少ない時間を使えなかったのかなって……」

「前向きなことって?」

 紗耶香が弟に訊ねる。

「例えば行きたかった場所に行ってみるとか、美味しい物を食べに行くとか、もっと楽しいこと何でもあるだろ。こんなくだらない復讐なんかにお金を使うくらいなら、もっと良い使い方があると思ったんだよ」

「そうね……私ならどうしたかな。実際に竹下さんのような辛い体験をしていないから、簡単に良い悪いは言えないよ」

 紗耶香は笑顔の竹下さんの写真を手に、そう答える。

「彼女にとってこれが一番したかったことなんだろ。人の気持ちは他人には分からんさ」

 と俺は言ったが、拓斗の言うことも良く分かる。俺も同じように思う気持があるからだ。

 だが、他人からその意見を聞かされると、同意するより竹下さんを庇いたくなった。なぜそんな気になったのか自分でも説明が付かない。ただ、彼女のしていることがくだらない復讐だと断言する気にはなれなかったのだ。

「お前の言うことは正論かも知れんが、世の中全て正論が正しい道とは限らないんだぜ」

「文也君はズレてるなあ。どんな時においても正しいからこそ、正論なんだぜ。正しくない時があるなら正論とは言わないよ」

「まあ、そう思いたきゃ思え。ちゃんと写真を加工してくれれば、なんでも良いさ」

「今回はちゃんとお金貰えそうだからやることはやるよ」

 その言葉通り、数日後に拓斗は俺が竹下さんの横に映る、偽造加工された写真のデーターを送って来た。素人の俺から見れば、実際にデートして撮ったとしか思えない出来だ。これなら彼女の家族を信じさせるのには十分だろう。

 次の仕事は時田真紀に会い、自分を竹下さんの恋人だと認識させることか。

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