第4話 依頼者は死後に嗤う(4)
そんな私に変化が訪れたのは二十八歳の時だった。ずっと体の調子が悪かったのだが、病院に行かせて貰えずに我慢していた。とうとう職場で倒れて病気が発覚、余命半年と診断された。
「あなたが死んだら家はどうなるの? 勝手に死ぬなんて許さないから」病気のことを聞いて、母が放った最初の言葉だ。父と姉も同様に、私の体よりお金のことを心配していた。父も姉も働いているのだから生活に困ることはないのだが、今の余裕のある暮らしが脅かされるのは嫌だったのだろう。
そんな家族の態度を見て、私の洗脳は解けた。ずっと家族の為に献身し続けた私の存在は金づるでしか無かった。家族として頼りにされている、私がいないと家族が困る、家族を支えることが愛情なんだと不満を押し殺していたが、そんなのは私の願望であり現実は違っていた。生まれてからずっと、私は家族の一員では無かったのだ。
私は残りの人生を掛けて、三人への復讐を誓った。
「本当(マジ)かよ……」
竹下さんの生い立ちを読んで、俺は思わず呟いた。こんな家族が居るなんて信じられなかったのだ。愛玩児と搾取児という言葉を聞いたことがあるが、こんなにも酷いものなのか。
俺は煙草に火を点けて、深く吸い込んだ。
「復讐ね……」
重い気持ちで呟きながら、たばこの煙を吐き出した。
俺は次の日から、依頼の前準備に取り掛かった。まずは、相川拓斗(あいかわたくと)に写真の合成を頼むことだ。拓斗はPCの知識が豊富で写真の加工など朝飯前だ。
俺は雑用を済ませた後、夕方になって拓斗の家に向かった。
拓斗の住む相川家は俺の実家の近所で、事務所から会社の軽トラで三十分程の距離にある。両親を事故で亡くし、今は姉の紗耶香(さやか)と二人でそこに住んでいた。
俺の母が二人の母親と同級生で親友だったので、幼い頃から家族ぐるみの親交があった。二人は俺にとって弟と妹のような存在だ。
「いらっしゃい、文也君」
「あ、今日は家に居たんだ。仕事は休み?」
「うん、文也君が来てくれるなんて、休みでラッキーだったわ」
拓斗の家に着くと、紗耶香が笑顔で迎えてくれた。
ショートカットで、昔から俺にじゃれつくように懐いてくれていた彼女は、可愛い子犬を連想させる。
「拓斗に頼みたいことがあってさ」
「どうぞ、相変わらず部屋にこもっているわ」
紗耶香はそう言って俺を中に通してくれた。
「えーそんな面倒な事持って来ないでよ。文也君と違って俺は忙しいんだよ」
拓斗の部屋に入るなり、俺は仕事内容を説明して、写真データーの入ったデスクを見せて仕事を頼んだ。なのにあいつはこちらを見ることもせず、パソコンの画面を見ながら面倒くさそうにそう言う。
「忙しいって、お前いつも家に引きこもってばかりじゃねえか。仕事して社会とつながりを作るのも必要だろ」
「引きこもってばかりって、俺はFXのトレーダーやってんの。ただの引きこもりと同じにしないでくれよ。それに仕事っていっても、いつもタダ働きさせるじゃないか」
引きこもり扱いされたのが気に障ったのか、拓斗が俺の方を見て文句を言う。
「い、いや、今回は大丈夫! ちゃんと前金も貰ってるし、バイト代も出すからさ……なあ、頼むよ」
拓斗の言ったことは事実なので、反論出来ない俺は媚びを売る作戦に切り替えた。
と、その時、コンコンとドアをノックして紗耶香が入って来た。
「文也君、今日も晩御飯を食べていくんでしょ? 仕事が休みだから、美味しいものいっぱい作るわよ」
「おお、ありがとう。紗耶香は料理が上手いから楽しみだな」
「ありがとう。文也君はそう言って褒めてくれるから作り甲斐があるわ。拓斗とは大違い」
俺が褒めると、紗耶香は嬉しそうにふふっと笑う。
紗耶香はまだ誕生日が来ていないので、二学年下の二十六歳。彼女は頭が良かったのに、自分が大黒柱となる為に高校を卒業してすぐに働き始めた。ただ、あるトラブルが原因で、現在は違う会社で働いている。素直な性格で、いつも笑顔の割には、悲しいドラマや映画を観るとすぐに泣く。裏表の無い天使のような女性だ。
拓斗は二十五歳。紗耶香が働き出したお陰で大学に進学したが、結局就職もせず、半分引きこもりのような生活をしている。普段日の光を浴びていないから色が白く、長身でやせ型なのもあって、とても健康的には見えない。俺が仕事を手伝わせたりするのも、拓斗が社会とのつながりを持って、健康的に過ごせるようにする意味もあった。奴は迷惑そうだが。
「姉さんがそうやって餌付けするから、文也君が居付くんだよ」
「お前、人を野良猫みたいに言うな……」
ここで俺は良い手を思い付いた。
「しゃーねーなー、拓斗が素直に引き受けてくれないなら、毎日ここに通わないとな。俺一人じゃ出来ない仕事だしなー」
「ええっ!」
俺の思惑通り、拓斗は驚いた顔をする。
「まあ良いか。ここに来れば紗耶香の美味しいご飯も食べられるし」
「私は良いわよ。一人分増えても手間は変わらないし、文也さんが来てくれたら楽しいしね」
「もう! 分かったよ。やるからディスクを貸せよ。その代り絶対にバイト代は貰うからな」
「最初から素直にそう言えば良いのに。ほい、これを頼む」
拓斗は俺の渡したディスクを仏頂面で受け取り、パソコンに読み取らせた。
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