第2話 依頼者は死後に嗤う(2)

依頼内容

一、請負人は、私、竹下久美の死後、その葬儀に元彼氏として参列する。その前準備として、以下の項目を実施してもらう。

二、私が一人で写る写真のデーターを添付しているので、その横に請負人の姿を合成し、デート中の写真として成立させる。

三、私の友人である時田真紀(ときたまき)に会い、二の写真を使い請負人を恋人として彼女に認知させる。

四、請負人の知人等に写真を使い、私、竹下久美が彼女であったことを認知させる。

その他、依頼内容の詳細については後記を参照してください。


 依頼内容とその詳細についても読んでみたが、特に費用の掛かるものでは無さそうだった。一通り前半を読んだ後に、俺は続けて後半の生い立ちの説明と書かれた書類を読もうとした。

「あっ、そこは依頼の行動に直接的な関係はないので、また後で読んで貰えますか」

「あ、そうですか……分かりました」

 すでに読んだ部分で依頼内容は把握できたので、俺は素直に従った。

「依頼内容を読む限り、前金の範囲で必要経費は済みそうですが、もし余ればどうすればよろしいですか?」

「それは報酬にプラスして貰って構いません」

「それは面倒が無くて有り難いです。で、実際の報酬の受け取りはどうなりますか? あなたの死後に受け取る訳になりますよね?」

「一応成功報酬として私の生命保険からお渡しすることになります。弁護士を通して書類を作成しますので、あなたが元彼氏だと確認できれば、確実に手に渡るようになっています」

 成功報酬か。まあ、相手にしてみれば死後に成功したか確認する方法がないので、真剣に依頼を実行させる為の保険が必要と言うことか。

「それは遺族の方に、俺が元彼氏だと信じさせないと受け取れないのでしょうか?」

 俺の言葉を聞き、竹下さんは安心したように微笑んだ。

「失礼ながらそういうことになりますね。理解が早くて安心しました。あなたなら大丈夫でしょう」

 当たり前だが、初めて受ける依頼内容なので百パーセント成功すると断言は出来ない。だが、敵前逃亡する訳にはいかない。

「なるほど、了解しました。ご依頼受けさせて頂きます」

 その後、俺は仕事の契約書を作成して、正式に依頼を受けた。

 契約が完了した後に見せた、竹下さんの安心したような満足感いっぱいの表情が俺は気になった。その顔を見ると、もうすぐ死を迎える人間に見えなかったのだ。

「あ、あの……余命を宣告されているんですよね?」

「えっ? ええ、そうですが……」

 俺の質問の意図が分からないのか、竹下さんは怪訝そうな表情になる。

「怖くは無いのですか?」

「ああ、そう言うことですか」

 竹下さんは理解したのか、また満足そうな笑みを浮かべた。

「私は今、楽しくてしょうがないのです。この計画が上手く行った時のことを考えると。生まれて初めて心から笑えそうです」

 竹下さんはそう言って宙を見つめていたかと思うと、急に俺の手を両手で握りしめた。

「お願いします。私に良い夢を見させてください」

「あ、はい、もちろん全力で頑張ります」

 竹下さんは「それでは」と言って帰って行った。


「よっしゃー!」

 竹下さんが帰った後、俺は一人で歓喜の声を上げる。

 俺にとってこの百万は恵みの雨だ。そもそも、ここを住居兼事務所にしているのは単純に別々に借りるお金が無いからだ。従業員を雇うお金もなく、人手が要る仕事は、半引き篭もりの幼馴染、相川拓斗(あいかわたくと)や、その都度バイトを雇って何とかこなしている。

 こんな負け組生活を送る俺は百万あれば半年は凌げるのだ。

「さあ、百万をゲットする為に頑張らないとな」

 俺は独り言を言いながら、竹下さんの残していった資料をもう一度読み返した。

 俺が気になっていたのは後半部分。彼女の生い立ちが書かれている書類だ。改めてその部分を開くと、彼女の生い立ちが私小説の形で書かれていた。


生い立ちの説明

 私は竹下家にとって愛すべき存在では無かったが、かけがえのない存在だった。

 会社員の父康文(やすふみ)と専業主婦の母貴子(たかこ)の間に第二子の次女として私は生まれた。

 姉の良美(よしみ)とは二つ違い。姉よりただ二年遅く生まれたと言うだけで、私はこの家の悪意の全てを一身に受けることになる。

 姉の引き立て役、日頃のストレスの捌け口、優越感の対象、金銭的補助など、全て私に向けることで竹下家は平穏な暮らしを保てている。そういう意味で、私はひとかけらも愛されてはいなかったが、かけがえのない重要な存在だったのだ。

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