心優しきなんでも屋は今日も行く

滝田タイシン

第一章:依頼者は死後に嗤う

第1話 依頼者は死後に嗤う(1)

「私の葬儀に元カレとして参列してもらいたいんです」

 「なんでも屋」というのは、出来る仕事は「なんでも」やり遂げるからこそ名乗れるものだと俺は思っている。細々と営業している俺の「なんでもやります小室屋」では、犬の散歩から結婚式の人数合わせや家庭の力仕事など様々な仕事を請け負っている。だが、竹下久美(たけしたくみ)から頼まれたこの仕事は今までに無く異質で驚くものだった。


「あー暇だ」

 本格的な暑さを間近に控えた七月初めの午後。俺、小室文也(こむろふみや)は住居兼事務所に置いている応接用のソファに寝転がり、テーブルの上のノートパソコンで匿名掲示板をだらだらと眺めている。

 俺の居る事務所は、盛田市駅南口商店街入り口に建つ、五階建て雑居ビルの二階にある。二十坪の部屋をカーテンで仕切り、出入口側には仕事用のデスク一台と、ソファとテーブルの応接セットを置き事務所として使用し、奥のスペースはキッチンとベッドと小さなテーブルを置いて住居スペースにしている。ビルの共同トイレを使い、風呂は無い。近所の銭湯を利用しているが、金がない時はシンクで頭を洗い、体をタオルで拭いている。

 「なんでもやります小室屋」それが事務所の看板に書かれている名前だ。その名の通り、出来ることはなんでも請け負っている。

 大学時代の同級生と始めたなんでも屋だが、その同級生の大川隆一(おおかわりゅういち)はすでに辞めてここにはいない。しかも大川は、ここを辞めるついでに俺の恋人まで奪い去って行きやがった。その時に会社を畳むことも考えたが、俺にも意地がある。この会社を大きくして見返してやろうと、社名に俺の名前を入れ、一人で引き受けて今に至っている。

 まあ、その結果が暇を持て余している今の状態なんだから、奴らには笑われているかも知れん。会社を大きくするどころか、俺一人の生活費にも困る有様だ。

「腹減ったな……」

 暇だと独り言が増える。

 今日の仕事は吉田さんに頼まれているジョンの散歩があるだけだ。歳を取ると大型犬の散歩は辛いのだろう、夕方の散歩は毎日継続して依頼してくれる。しかし、最近のペットブームは本当に助かっている。こういった仕事があるから何とか食っていけるのだ。

 俺はストックしているカップ麺を取ろうと起き上がった。こんな食生活を続けていると体に悪いと分かっていながらも改善に対する行動は何もしていない。一人で会社を引き受けた時の意地はどこへやら。今の俺は惰性で生きていた。

 ソファから立ち上がったその時、テーブルの上のスマホが鳴った。固定電話は置いておらず、仕事もプライベートも同じ番号を使っている。

 スマホを手に取って見ると、登録されていない番号だった。

 仕事の依頼かも知れない。

「はい、こちら『なんでもやります小室屋』です」

 俺は仕事を期待して、興奮気味に電話に出た。

(あの……仕事をお願いしたいんですが、大丈夫ですか?)

 二、三十代くらいの女性の声だ。大人しい女性なのか声は小さく弱弱しい。

「ありがとうございます。もちろん大丈夫ですよ、どのようなご用件ですか?」

(あの、そちらのスタッフに二十代半ばから三十代前半で一年以上恋人のいない男性の方はいらっしゃいますか?)

 俺は二十九歳だし、恋人がいたのは五年前だ。条件には合う。

「はい、私が二十九歳で条件にも当てはまりますが……」

(それともう一つ。写真の画像編集も依頼したいのですが、そのスキルも大丈夫ですか?)

 画像編集はPCの知識が必要だが、俺にそのスキルは無い。ただ、それが出来る当てはあった。

「お任せください、大丈夫です。で、どのような仕事ですか?」

(ありがとうございます)

 女性はほっとしたような声で応えた。

(それでは仕事の内容はそちらで詳しく説明します。一時間後にお伺いしても宜しいですか?)

 とりあえず向こうは条件に納得したようだが、何か特殊な依頼の匂いがする。久々に感じるその予感に、なんでも屋の血が騒いだ。

「はい、それではお待ちしております」

 俺は一時間後で了承した。


 一時間後、依頼主の女性が現れた。

 女性は病的に痩せた体を紺色のワンピースに包み、青白い顔色を隠すように厚化粧していた。

 女性の名は竹下久美。

 俺は竹下さんを見て拒食症で痩せているのかと予想していたが、それは依頼内容を聞いて間違いだと分かった。

「私の葬儀に元カレとして参列してもらいたいんです」

 俺が仕事の内容を尋ねると竹下さんは表情を変えること無くそう言った。

「えっ……あなたの葬儀って……その……あなたがもうすぐ死ぬと言うことですか?」

「そうです。私は末期の病であと数か月の命なんです。死後あなたに連絡が入るようにしておきますので、元カレとして参列してください」

「あ、いや……でも……」

 「でも」に続く「どうして?」の言葉を俺は飲み込んだ。死と言う事実に、そこまで踏み込んで良いのか躊躇したからだ。

 普通の人間がこの話を持ち込んで来ても、すぐには信じられなかっただろう。だが、目の前の竹下さんを見ると、死を前提に話しても違和感はない。

「報酬は百万円で、それとは別に必要経費として前金で十五万円お渡しします。この金額でお願い出来ないでしょうか?」

「百万!」

 俺は驚いて声が引っくり返ってしまった。金額を聞いて心にあった疑問や躊躇いなど吹き飛んでしまった。理由なんてどうでも良い。とにかく引き受けて百万を手にしたい。

「ちょ、ちょっと待って下さい。お受けするにあたって、詳しい依頼内容を確認させて貰って宜しいですか?」

「あ、はい、ここに依頼内容を詳しくまとめた書類がありますので目を通して貰えますか」

 俺は十数枚の書類とディスクを一枚、それとデジカメを彼女から手渡された。書類はA4サイズで、ダブルクリップでまとめられている。

 ここまで事前に仕事内容を整理してくるお客さんは初めてだ。特殊な仕事だとしてもその心構えに驚かされる。よほどこの依頼内容に強い思いがあるのだろう。

「前半の方にある依頼内容の項目を読んで貰えますか」

「はい」

 俺は書類をめくって読み始めた。

 最初に竹下さんのプロフィールや家族構成などの個人情報があり、その次に依頼内容の項目があった。

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