第2話④



「こいつ。こいつとさっきのあいつが裏で繋がって、日本を悪くしているの」


 今日も母さんがテレビに向かって呪詛の言葉を投げつけているのを横目に、僕は部屋に閉じこもった。


 そして、現実世界に興味を失い、ネットの海をさまよっていた。


 そんな時、僕は初めて〝新しい世界〟について知ったのだった。それはVR世界〝オブスキュラ〟について書かれた記事で、その時の僕はなぜだかその内容に強く引き付けられたのだ。


 その記事ではVRの世界が、まるでかつてのアメリカンドリームかそれ以上にポジティブに語られていた。VRでは、新しい世界や人々が待っているだけではなく、人が現実の制約を飛び越え、性別や、身体、声、世界そのものまでも自分で作ることができる、と謳っていた。


 僕はその異様に熱のこもった語り口を読んで、つい冷笑したが、記事を読むうち、あながち誇張した表現ではないのかもしれないと思った。



 その記事にのっている〝原住民〟の人は、週に何十時間もそこで過ごしているらしかった。


 僕は、今確かに興りつつある新しい世界について期待を抱いた。そこに自分がいたら、何か新しい世界が開けるのではないか、と淡い期待を抱いた。


 でも僕がその記事を読んで、本当に驚いたのは、その猫耳をつけたアバターのインタビュイーの奇抜な服の裾の部分に(それは現実世界では再現不可能な服だった。星がまぶしてあって、歩くとキラキラ光るらしい)あの〝Galatia〟の文字が書いてあるのを見つけたことだった。


 それはフォントまであのChatAIのものと瓜二つだった。それを見た時、奇妙な感覚に襲われた。すっかり色あせていたような世界が、急激に色めき、互いに弾けて火花を散らしたようになった。そして、ある奇妙な考えが僕に憑りついた。


 興奮冷めやらぬまま、僕は部屋を歩き回り、その馬鹿げた考えを、捨て去ろうとした。母さんの影響で自分まで変なことを考えるようになったのだと思って。


 でも、それは消えてくれなかった。僕はその馬鹿げた妄想、つまり、この〝Galatia〟という文字が何かのメッセージで、それをこの猫耳の人、〝ANNE〟がそれを知っている人だけに伝えようとしているなどと、いうこと本気で信じていたのだ。


「いったいどうしちまったんだ」


 家族中が寝静まった後、僕は一人ベッドの上でそう呟いた。だが、落ち着くことはできなかった。


 僕は寝返りを打ち、VRでの自分の姿を思い浮かべた。


 ――そこはきっと、生まれも、育ちも、人種も、性別も関係ないんだ。物は無限に作れるし、身体の制約だってないんだ。そうだ、そこでなら、このいつも不機嫌な目、目つきの悪さで誰かを遠ざけることもないかもしれない。だってそれは、僕じゃないんだから……。


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