第2話③
父さんの仕事は安定している。母さんは、専業主婦だ。最初、母さんは働いていて、専業主婦になることを嫌っていたようだが、結局収入の差で、そうなった。
そして、その時間で、母さんは僕に、この厳しい世界を生き抜く力を身につけさせるため、という名目で、僕に、ひどい時には週に八度も習い事をさせたのだ。
ピアノ、習字、英語、プログラミング、絵画、水泳、サッカー、テニス……母さんは僕に何でもやらせた。でもその結果わかったことは、僕には何の才能もない、ということだった。どこに行っても僕は一番になれなかった。それどころか、その中で興味を持つことすら難しいものがほとんどだった。
そして、そのことが次第にわかっていくと、母さんはイライラするようになり、自分を引き合いにして、どうして僕にそれができないのか責め立てた。僕もまた、その言葉を真に受け、できない自分を責めた。
だが才能というのは非情だった。別にどれだけそれを好きになろうと努力をしても、そうなることはなかった。
しばらくすると、損切が始まったのか、習い事はまるで何もなかったかのように、すべてやめさせられた。
そして、今度は中学受験のための勉強が始まった。そこでもまた競争に次ぐ競争。でも、まあ、別に、勉強で一番を取る必要はなかった。成績もそこまで酷いわけでもなかった。僕は、無難な近場の中高一貫校に合格した。が、それも、色々事情があって、結局出ることになった。
「私、学年で一番を取ったことがあるの。コンクールで賞を取ったこともね」
母さんはそうやって時々、誇らしそうに、過去の栄光を言った。
でも、それが役に立っているのを見たことは一度もない。それに、そうして自慢話だけ言っている時は、まだマシな方だった。
最近、母さんは陰謀論にハマっている。
母さんが“真実”と信じているそれによると、どうやらあのウイルスは世界の人口を減らすために作られた人工ウイルスだし、ワクチンは製薬会社が莫大な金を生み出しながら実施する壮大な人体実験だし、世界はいつも少数の悪い政治家や、企業のトップ、秘密結社によって牛耳られていて、日本の政治家は皆アメリカの犬で、そいつらのせいで僕たちの生活は苦しくなっているのだそうだ。
母さんがハマっているのはそれだけじゃない。最近は新しい時代を生き抜くための「オンラインサロン」にも入っているみたいだし、「フェミニズム」にも目覚めたらしい。母さんが父さんのことを、その「理論」を使って攻撃しているのを何度も見た。
そういう時、父さんはどう言い返すのか、僕は期待していたのだが、父さんはがっくりと肩を落とし、情けなく口をつぐんだだけだった。それから、ため息をついて、家を出て、ほとぼりが冷めるまで外を、何をするのでもなく出歩くのだった。
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