陽純からの依頼
切り出された内容に、弥生は頷く。
その様子を見て琢彦も頷く。
「来週、檀家さんや地域の子供を集めて、慣例の夏祭りをするのですが、その際には車で来る方もいらっしゃいますからね。手前の砂利の上を祭りで使用しますので、奥の方に車を留めて頂く事になるのです。この時期は雑草が伸びるのも早く、法要が立て込んだ手前、面倒が見きれず。まだまだ精進が足りず不徳の致すところです。」
「いえ、そういった除草作業のご相談は多いので、ご安心ください。」
「実はこういった場ですので、高い音を立てる除草機械や、根を絶やす薬品を使う事は、はばかられますので。」
申し訳無さそうに、陽純が言い添える。
それを聞き琢彦は思わず苦虫を噛み潰したような顔がしたが、弥生は動じることなく静かに頷く。
「お時間と料金は頂戴する形になりますが、大丈夫です。」
応え方にも色々ある。弥生はこうした答えをする事が多かった。
工具カバンからペン入れとメモを取り出し、解説を書き添える。
「除草剤については多少なり有害な薬物を散布するわけですからね。公園なんかでは使用できないことがほとんどです。除草機械も同様で、仰られる通り、高音を発し周囲に響きますし、刃物を使いますから人通りが多い場所では人身事故にもなりかねませんので。そういった制約がある場所でお仕事をさせていただく事は少なくありません。ご家庭のお庭でも、小さなお子さんがいる例などで同様ですので。」
そういって弥生は時間料金比較表を暗記しているかのように走り書きする。
「お言葉に甘えさせてください。日にちを分けていただいても構いませんので、仰ってください。除草作業についてはそれでお願い致します。」
弥生が作ったメモ書きを渡されても、ろくに見ずに、陽純はそう応える。
「と、いいますと他にもご用命が?」
後出しがありそうな雰囲気に、弥生は先だって聞き返す。
「玄関前の植木の剪定と、そちらにある水場の水道管清掃もお願いしたいのです。最近、排水が良くなくて、こちらは原因だけでも解ればと。」
「後ほど拝見させて頂く形でも構いませんか?まずは除草作業の進捗を見て工数を立てますので。」
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「お寺って、結構大変なんですね。」
草をむしりつつ、琢彦は弥生の話しかける。
「草むしりはよくある仕事だよ。特に梅雨が明けたこの時期は、ね。雨が降ってないだけ、今日はいい方だよ。」
「それもそうですね。雨だとこの服って使えないんですよね?」
二人は最近導入されたばかりの空調服を羽織っている。充電池式の空冷ファンが思いの外、涼しく感じることに琢彦は驚いた。
「防水式や防水カバーはウチにはないからね。前に
小気味よく鎌の音を立てている弥生の作業を見て、琢彦は舌を出す。
「私達の世代はね、こういうツールの面では恵まれてるよ。この服の導入だって、社長は実際に試した後、すんなり認めてくれたしね。」
「やっぱり、社長さんたちの世代は、苦労してたんですかねぇ。」
琢彦は草を刈りながら顔を上げ、額の汗を拭う。
「この寺、離れの建物があるんですね。」
琢彦の目に視界に、家二件ほど離れた建物が見えた。
「宿坊だと思うよ。お弟子さんや雲水さんが居たりすればそこで寝泊まりしたり、最近では体験修行を開催してたりして、外部から来た人に開放してたりするんだよ。」
「雲水って、なんですか?さっき、住職も言ってましたよね、雲水上がりだとかなんとかって。弟子とは違うんですか?」
「雲水っていうのは、定まった寺を持たずに、あちこち修行して回っている僧侶の事を言うみたいだね。弟子というと、大体は息子さんとか同門縁者の人が多いから。珍しいんじゃないかな。」
「ああ、お寺って禁欲的なイメージあるけど、確かにご家族でやってる雰囲気ありますね。住職の息子っていうのがそのまま弟子にもなるのか。」
「それでも、年々、なり手が減って、寺の管理ができなくなっていってるらしいよ。一人でいくつもお寺を抱えたり、他から僧侶を呼んで引き継いで貰ったり。」
そうして会話をしていると、住職の陽純が玄関から出てきて、琢彦の視界に入ってくる。そうして、二人へ軽く会釈する。
「住職もそういった感じでこの寺に来たって事ですかね。」
「あんまり詮索するものでもないよ。仕事をしよう。」
弥生が促す。仕事を思い出した様に、琢彦は再び地面に向かう。
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