にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ


・ポストヒューマン


 人と猫の共存の、新たな道。夕陽はあの日の会談の後、紆余曲折しながらも『にゃボット』における生殖機能という最後の扉を開いた。

 当時としても、人と猫の間で好き合っている関係はそう珍しいものではなかった。とはいえ、人の持つ根源的な倫理は依然、種を越えた交配を禁忌としていた。だから、小鳥遊准教授が『にゃボット』の基礎構造を作り上げた段階ではその機能を封印していた。氏としてもためらいはあったのかもしれない。しかし、時間がその問題を乗り越えることすら見据えた設計だったのは間違いなさそうだった。

 なにせ念写能力に目を付けて研究していた変人なんだから、とは娘の夕陽教授の言だが、確かに夢見がちなロマンチスト気質の持ち主だったと面と向かって言われてそれを否定することができたかどうかは怪しい。

 ともすれば、これから始まる計画についてどこまで描けていたのか話して見るのも面白かっただろうが、当時の夕陽はそれに答えられるほどの妄想家とはいえなかった。

 議会はその後、ケットシーをオブザーバー――彼女が強くその立場を希求した――に迎えることで新しい時代の人と猫の在り方を議論する最終意思決定機関へと代わり、現在はそこで行われるべき議論にもおおよそ決着を視て近々その役目を終えて解体される運びとなっている。

「議会が強く反発するようなら、様々詭弁を弄して言いくるめてやろうと思ってたが、幸いそれほど愚かな人たちではなかったことに感謝する」

 いつだか、猫新報による取材で夕陽は適当な発言をしていたが、マタタビが真意のほどを質すと「虚勢なんて旧時代の家猫の風習を、現状を鑑みても愚かしい。タマタマ引っこ抜かれる猫のきもちも解らなくて何が猫愛好家だ」と強く反発したうえで、「切り札は不気味の谷現象にある」と答えた。

 つまり、小鳥遊准教授のAIに対する屈託とはその一点に絞られていたことが理解される。早晩、滅びる運命にある人類に残された道はバイオ機構を有するロボットとの交配。ハイブリッド・チャイルドたちによる種の存続を願っていたのだろう。そこに、お誂え向きに人語を話す猫が現れたのだから、魂の問題――AIに果たして克服できたことだろうか?――はこれで解決できるとさぞ、いやらしい笑みを浮かべていた事かもしれない(皮肉っぽい部分は親子共通のものらしい)。

 さて、あの議会から百年ほどたった今、月面に建造されたドックの私室で煙草を燻らす夕陽の下に電子パネルを胸に抱える少年とも少女とも取れる中性的な顔立ちの職員が恭しく入室する。

 どこからどう見ても人とかわらない姿の少女――男より女の方が好みなのは夕陽の性癖だ――ではあったが、頭部には猫耳、臀部には尻尾が生えているという点において人とは異なった種であることが窺えた。

「失礼します。こちら先発隊となるクルーのリストアップになります。確認の上、承認のほどよろしくお願いします」

 パネルを差し出す少女は一見してむつかしい表情で煙草を吸う夕陽にものおじしているように見える。

「ん……、やあ、アレリア。私の端末に送信しておいてくれ。あとでチェックしておくから……」

 アレリアと呼ばれた少女は無言でうなずきパネルを操作する。彼女の立場上、夕陽による直接な承認を得たかったのだろうが、どうにもとりつく島がなさそうに思われた。『ブラックボックス』の最終進化系とも呼ばれる『ニューにゃーゲート』を通じて送り出される『にゃーとぴあ』先発隊のクルー選抜を一任されたアレリアにとっては緊張の一瞬だったのだろう。物憂げな夕陽を前に、猫耳をくるくる巡らせることを抑制できない彼女の感情はとても解りやすい。

 アレリアを筆頭にこの月面基地では猫耳尻尾を有する人――ヒトネコ族と呼ばれる『にゃボット』と人の間で産まれた次世代の種が多く働いている。

 舞台を宇宙、月に移した人と猫の共存はヒトネコ族に次代の担い手を継ぎ、もう間もなく新天地を目指して新たな一歩を踏み出そうとしていた。

『ニューにゃーゲート』の設計は招き猫にあやかって巨大な小判型をしている。これは念写理論をもとに証明された魂――ネコのマインドの集合知たる集合的猫意識によって形成された形而上のクラウド、『にゃーとぴあ』に繋がるゲートである。そこは遥かに宇宙的でありながら宇宙以上にふわふわした未知のバースであり、夕陽にとって更なる探求の日々を約束するネバーランドとなるはずだ。

 夕陽の描いた人猫共存の新たなるプランはこの『ニューにゃーゲート』の向こうにあり『にゃーとぴあ』への種の移住を以てして一旦の完遂となる。

 この華々しい成果を目前にして物憂げに中空を見つめて煙草を吹かす姿は、しかし、どうしようもなく寂しいものの様に見えてしまうのはどうしてだろうか。

「自分のことは自分が一番わかっているさ」

 ふと、地球の姿を見ておきたいと思い立った彼女はアレリアの報告書のことも忘れてハンドレールに運ばれて外へ向かうことにした。

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