にゃにゃにゃ
人型有猫ロボット/にゃボット。構造:『ブラックボックス』に猫が搭乗することで起動する二足歩行型ロボット。『ブラックボックス』の詳細な構造を説明するにはヘンリー・ダーガー著『非現実の王国で』ほどのテキスト量を有するから割愛するが、要は猫が『ブラックボックス』と呼ばれるロボットの頭部にあたる箱状の機関で思考することで外骨格であるバイオ機構の駆動を可能にする機械である。自律AIに代わる頭脳系を猫に依存したこの研究はロボット工学の権威小鳥遊准教授によって公表されたものである。小鳥遊英司(たかなしえいじ)准教授は現、小鳥遊夕陽(たかなしゆうひ)教授の父にあたる存在だ。
『にゃボット』の構造を説明することが煩雑なこととはいえ、やはり基本的なシステムを理解しておく必要がある。ゆえに、以下から『にゃボット』を稼働させる上で欠かすことのできない念写理論から少し説明を始める。
密閉された鉄の箱『にゃボット』の動力であり頭脳に相当する『ブラックボックス』は『念写における情報の入出力』という小鳥遊准教授の論文が基礎となっている。からくりはそう複雑ではない。念写用の写真乾板は光の遮断された小さな空間にあり、念じたイメージをそこに投影する。マインド――博士はそう呼ぶ――は光子に干渉して量子論的振る舞いをもってこの遮断された空間にある乾板にそのイメージを投射する。ならばその逆、写真乾板(猫たちのことだ)から発生したイメージを箱の外に伝えることも可能ではないか? と考えたわけだ。明治大正を生きた超能力者/高橋貞子を対象に研究していた福来友吉の念写という超能力を小鳥遊准教授はイカサマペテンと一笑に付すのではなく物理学的な論理の力で説明できるだろう、とライフワークとして研究していたことが後の人類救済に繋がったのだが。
以上を元に考え出された猫の操縦席『ブラックボックス』は相互の干渉によるフィードバックによって外骨格を駆動する。その基本が念写理論になるわけでイメージとしては――場を念写し、それに伴ってアフォーダンスをもつ。その場によってその後、それに適した振る舞いを出力する/念じる。
これが小鳥遊准教授が成し得た功績。それに続くのが娘の小鳥遊夕陽教授だ。
教授は『ブラックボックス』で恒久的な生存を可能にする機能を構成した。彼女の研究はもともと音にありその中でもASMR――自律感覚絶頂反応――に対して強い興味関心を抱いていた。音の効果でぞくぞくとした感覚を伝えるこの奇妙な性質を説く過程である特殊なパルス信号を捉えることに成功。どうやらそれは脳の無意識領域に働きかける性質のものでトランス状態――いわゆる催眠に関係が深いようだった。この深層意識から引き出される特殊な感覚を『ブラックボックス』に応用できないだろうか? と小鳥遊教授は考えた。あらゆる仮説と実験を経る内に、よりノイズを排した純化したパルスを発生させることで『ブラックボックス』の基礎理論であるマインドの量子論的振る舞いとの組み合わせで思いもよらない結果を観測することに成功した。
この観測実験を活かすために小鳥遊教授は『ブラックボックス』内で眠る香箱座りの猫の空間を改造した。狭い空間を好む猫の液体的な流動性と蓬髪な毛の周囲に電場を発生させることによって先のパルスを猫本体に伝わるよう整えたのだ。バイオ機構の外骨格で起きる反応は解析されたパルス信号に変換され電場を帯びた猫に入力される――これは言ってしまえばインパルス、つまり、ニューロンの発火に相当する現象である。
このして、父の残した念写理論と娘が発見した潜在能力を引き出す『SASMR理論――超自律感覚絶頂反応』との同調によって外で発生したあらゆる現象が箱の中で眠る猫にとってリアルの現象として結果する、親子二代に渡っての偉業を為したのである。
以上が『にゃボット』を理解するうえで必要最低限必要な機構だろう。
「食う寝る打つ、思考し、そこで生み出されたエネルギーは君たちの本来の生命個体に還元される。君たちはそこで安全に香箱座りをしながら惰眠を貪ることができてしまうのさ」
外骨格で得られたエネルギーを直接的なつながりを持たない箱の中の猫に同程度のエネルギーを発生させる、ということ。猫的マインドは活性化された無意識が有意識に上ることでより強い念となり、これが像を結ぶ因果をトンネル効果否、量子テレポーテーションに近い現象が起こっているのではないか、と夕陽は仮定する。
極端な話を持ち出すと、バイオ機構の外骨格で疑似セックスすれば猫本体に情報とエネルギーがフィードバックし雌猫は子猫を孕む。
「説明していても奇妙なんだが、『ブラックボックス』って名前は伊達ではなくって未だによく解らない現象を引き起こす可能性を孕んでいる」ロボットの碩学とは嗤わせる。
「にゃー、にゃーたちをウランと一緒にその箱に閉じ込めてる、ってことはないにゃ?」
「そんな物騒なことを考えられるのは余程ブラックジョークに精通している特殊な人間だけだよ」
夕陽は実に面白い発想を聞いたとばかりに笑いながら煙草に火を点けようとして、手元にライターがないことに気が付いた。そっとマタタビを窺いみて、彼女の指先から仄めく淡い火が灯らないか? と発想してその馬鹿馬鹿しさに我ながら下らない冗談を考える。空想癖というよりそれは科学者としての直観だったようにも思えるが、はたして、そそる食欲に抗えず酒のペース配分をミスした夕陽はその辺りで意識を見失っていった。
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