第32話防寒具
ブリー漁村の家にあったものは、なんでも使っていいと言われていたので、私は衣服のサイズがちょうどだったこともあり、麻が使われている通気性のよい服を着ていた。肘までの半袖に、ひざ丈の半ズボン。村民によく馴染める見た目になっている。
「北ですか? 今北に戻ると、雪も酷いしとても寒いですよ?」
ブリー漁村を発つ日、ククルが行きたい場所があるというので訊いてみると、ドラスト領のことだった。
離れてからもう半年以上経っていた。私にとっての故郷なので、今どうなっているのかまったく気にならないと言えば嘘になるが、果たして戻って無事でいられるだろうか。
現領主に狼藉を働いたことは確かで、それを罪に問われているのであれば、捕縛され牢屋に放り込まれても文句は言えないのだ。
追放当初は、私の動向を探るための追手がいると思っていたがそれもなく、深く追求するつもりはなさそうだった。
だからといって、ドラスト領に帰って見つかれば、お咎めなしではいられないだろうが……。
「問題ないの? 追い出されたんでしょ?」
「拘束される危険もありますが、それ以上に領民たちの暮らしが心配ですから」
「悪いやつがやってきても、僕がペペンとやっつけるから任せて!」
「ずいぶんたくましくなりましたね」
「僕は寒さは気にしないから大丈夫だよ」
「私は、元の服に着替えたとしても、防寒具がないと話になりません……」
毛皮の外套なんてものは、温暖なブリー漁村に売っているはずもなく、北上するにあたって、防寒具の類いを探す必要があった。
荷物をまとめて、来たときと同じ格好になる。久しぶりの遠出の予感に、ミロがわおわお、と吠えていた。リオンはそれを冷めた目で眺めていた。
滞在中は、ほとんどお金を使うことがなく、村の人たちに大いに助けてもらった。人も気候も景色もよく、またいつか来ようと思った。
準備が整うと、ヴェスレイのお墓に挨拶して、ブリー漁村を発ち北へ進路をとる。
釣りを覚えたククルは、鞄の中にヴェスレイの釣り竿を差し込んでいる。それが風が吹くたびに小さくしなった。腰には木剣を差していて、歩く弾みで地面にちょんちょんとぶつかっている。
ククルがもらったヴェスレイの剣は私が預かることにした。ククルを一人前と認めたときに渡すことにしている。
「アルベール、寒いの苦手?」
「ええ。寒いのも暑いのも苦手です」
「ふふ。ワガママだなー」
ヴェスレイを埋葬して数日が経っている。
その間に、ククルは気持ちの整理をつけたようだった。
「東部は山が多いですし、吹きおろしの風に当たれば凍ってしまいます。ドラスト領まで北上するなら防寒具が必要です」
「アルベールはそうみたいだね」
「ククルにも必要です。風邪をひいては旅に支障がでます」
「僕は頑丈だからひかないってば」
「ダメです。そういう人が風邪をひくんですから」
「アルベール、お母さんみたい」
「ともかく、防寒具が必要なので森に入って狩りをしなければなりません」
「狩り!?」
「わふ!?」
犬っ子と犬が反応すると、リオンは何が珍しいのかと言いたげにつまらなそうに毛繕いしている。
「村や町、行商人から買うこともできますが、値が張ります」
「だから鹿か何かを狩って、その皮で作ろうってこと!?」
冬支度が狩りと毛皮作りだったので、それには慣れている。
買うことができれば手っ取り早いのだが、手持ちを考えると多少時間がかかっても自前で作ったほうが得だろう。
「幸い、私たちには強力な味方がいます。鼻が利く賢い犬と」
「わん!」
ミロの頭をなでなでする。
「クールな森の狩人がね」
「むむぅ」
リオンがばさり、と得意げに翼を広げた。肩に乗っていたせいで、べし、と翼が私の顔に当たった。
ミロは未経験だが賢いし、リオンは私と何度も狩りに出て手伝ってくれている。
「どうやって狩るの?」
「弓矢です」
「ないけど、大丈夫なの?」
「……買いましょうか。それは……」
「買うんだったら、もう毛皮買っちゃえばよくない?」
「弓矢のほうが安上りです。そのお金で、鹿や狐を狩れば毛皮が作れますし、肉にもできます。食べきれないなら売ってもいいですし、燻して干し肉にしてもいいです。弓矢を買うわずかなお金で色んな利益が生まれます」
「へえー。アルベール、賢いね」
「弓矢がないことを忘れていましたけどね」
やがて街道沿いに見つけた町に入って弓矢を探した。
商店がなかったので、道行く人に売ってもらおうとしたのだが――。
「ダメだよ、アルベール。最初からお金払うなんて姿勢で交渉しちゃあ」
ククルが待ったをかけた。
「ははは……勉強になります」
「んもう」
その相手は、たまたま猟師で、いくつか予備があると言った。
「これじゃなくって、もっとボロくてもいいから使わないやつないかな?」
そう言うので、彼は家から使わない弓をいくつか持ってきて、私たちに見せてくれた。いずれも古い弓だったが、私はその中から手に馴染むものを選んだ。
「オレが昔に使ってた愛弓ってやつだ。もう使わなくなったがな。あんたなら、大事にしてくれそうだよ」
「うんうん。道具は、使う人がいてこそだもんね」
ククルは相変わらず口が上手く、タダでもらえるように話を持っていく。
「この子の言う通りだ。もらってくれ。そのほうが弓も喜ぶ」
内心ほくそ笑んだだろうククルが、猟師に見えないところでグッと拳を握った。
そして私を見上げ、にんまりと笑った。矢も五本もおまけでもらった。ついでに猟場を教えてもらおうと思ったが、それは拒否されてしまった。
別れたあと、ククルが唇を尖らせた。
「教えてくれてもいいじゃんかー、ね」
「私たちのような余所者が好き放題狩ってしまうと、彼らの取り分が減ってしまいます。親切心につけこんで、こちらの我がままを聞いてもらうというのは傲慢です」
「はぁーい」
弓矢を得た私たちは、かくして獲物がいそうな森を目指す。
探索に関しては、信頼と実績のあるリオンがいる。ふわりとひとっ飛びして、しばらくして戻ってきた。
ぴ、と翼で示す方角に歩き続ける。私は全幅の信頼を置いているが、ククルは半信半疑だったようだ。
「本当にいるのー?」
「むっ!」
つんつんつん、とリオンがククルの頭をつっついた。
「わっ、痛っ!? ちょ、ごめんって、ごめんごめん」
「むん」
リオンは失敬したククルの頭にぐいっと爪を立てて止まった。
鋭いので肌に食い込むと当然痛い。よっぽど腹に据えかねたらしい。
痛いー、とククルが苦情を送ってもリオンは聞こえないふりをしている。
「リオンは一流の誇り高き狩人です。あまり無礼なことは言わないように」
「それ早く言ってよ!」
ご機嫌斜めなリオンとは対照的に、ミロは様々なものが興味深いようで鼻を近づけてにおいを嗅いでいる。
リオンが教えてくれたほうへ歩き続けると、山裾に広がる森が見えた。
さっきの町からもずいぶん離れている。ここなら、あの町の猟師たちの邪魔にはならないだろう。
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