第25話ケインからの手紙
親愛なるアル兄へ
滞在地がわかり、今こうして筆を執っている次第です。
旅は順調でしょうか。
アル兄が今どこで何をしているのか、時々思い浮かべることがあるのですが、貴方のことですから、問題なくやれているのでしょう。俺のことを頼ってほしいと思うのですが、元々頼られることのほうが多い方ですから、訪れた先でも様々な方の頼りにされているのが目に浮かびます。
人の良いアル兄は、今も他人事に首を突っ込んでいるのでしょうか。住む場所が変わっても、きっとそうなのだろうなと俺は思っています。
アル兄が去ってから、彼女とも順調です。
父にも交際を正式に伝え(かなり渋い顔をされましたが)仲を認めてもらいました。アル兄が俺たちの仲を取り持ったのだと言うと、父がゆっくり折れていきました。
きっと、アル兄が今までククリシュラ家に対して良くしてくださったことが脳裏をかすめたのでしょう。こう記してもアル兄はきっと「そんなことはありません」と謙遜するのでしょうが、間違いなく、俺とたちの大きな後ろ盾になっています。
さて、話は変わって、最近、ロクという者が屋敷にやってきました。
アル兄のところにいた老執事です。
鞄ひとつを手に持ち上品な帽子を被ったその紳士は、やってくるとどうやらアル兄の行方を探しているようでした。こちらもわからないと言うと、ひどく肩を落とし屋敷を去っていったのです。
屋敷を辞めてきたと言うので驚きましたが、当主がベッケンに代わったので、ありえないことではないなと妙に納得してしまいました。
俺も彼は好きではありませんから。
残っていた家人はロクと同時に全員辞めてしまったそうで、屋敷に彼一人ぽつんといるところを想像すると、思わず笑いがこみ上げてきます。
しかし、そこまでしてアル兄のあとを追いかけるロクは、深い忠誠心を持った方なのですね。俺が屋敷を去っても、探してくれる家人などおそらくいないでしょう。
それは、アル兄がこれまで家人に対して誠意を持って接してきた賜物だと俺は思います。
もっと早くにアル兄の居場所がわかればロクに伝えられたのですが、行き違いになってしまったことが非常に残念です。彼の居場所もまたわからないのです。
貴方が去ったドラスト領は、先述の通り、家人が大勢辞めてしまったので、穴埋めの家人を雇ったようです。
一〇〇名は超えるという噂です。
大貴族の屋敷じゃあるまい。暇な人間が出てくるに違いありません。
アル兄が雇っていた家人が二〇名ということを考えると、それだけで器が小さいのだと思い知らされます。アル兄の家人が精鋭揃いだったというのもありますが、それにしても多いです。
ドラスト家の当主が代わったので、ご挨拶にいらしてください、とベッケンからの手紙が届きました。
代わったのであれば、代わった者が挨拶にやってくるのが暗黙の了解です。よほどの大貴族で家格が離れていれば別ですが。
同格であれば、呼びつけるなど失礼千万。
それを知らないベッケンの手紙を読んだ父は、不快そうな顔したあと、暖炉にくべて燃やしていました。
ドラスト家当主の座を奪ったことは周知の事実ですし、父とアル兄が懇意にしていたことも知らず、挨拶に来いなどと、物を知らないにもほどがありましょう。
お家騒動で当主が代わることは珍しくありませんが、非常識が目に余ります。
アル兄が潔く去ってしまったことが悔やまれます。強く抗議すれば、近隣貴族は全員貴方の味方になったはず。
ルーイズ様がいらっしゃれば、また違った結果になったでしょうか。
ククリシュラ家には、次はいついらっしゃいますか?
こちらは冬支度をはじめております。たくさんの薪を暖炉にくべて、トナカイの毛皮と温かいヤギのミルクを用意してお待ちしておりますので、いつでもいらしてください。
ケイン・ククリシュラより
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