第24話かつての約束
そして、約束の時間が近づき、私たちはコーディの家を訪れた。
家は、市場のある通りから数本筋をまたいだ静かな場所にあり、ノックすると笑顔でコーディが迎えてくれて、中では食事の準備がすでに済んだ状態だった。
手土産として買った葡萄酒を開け、私たちはコーディの料理を食べはじめる。
ベルベルの町の特産を使った料理の数々に、私はいちいち感動して、調理法を尋ねた。ククルのほうは、遠慮なくガツガツ食べている。ミロとリオンは外で食事をしており、かちゃかちゃという物音が時々聞こえてくる。
「あの、旦那様……やっぱり噂は本当なんですか? もう領主じゃないって……」
太陽のようにからりとした表情を曇らせて、おずおずとコーディは尋ねた。
「はい。噂通りです。今は無職の旅人です」
「そう、ですか……」
わかりやすくコーディが肩を落とす。
もしかすると、あの件のことを言っているのだろうか。
「……すみません。約束、守れそうになくて」
「え? ……あ。ああ、覚えてくださってたんですか?」
もちろん、と私はうなずく。
「一人前になって帰ってきたら料理長にする――」
「そうそう。それです。いや、懐かしいな。もう五年前ですか」
「アルベールは、無収入の旅人なんだ。こんなおいしいご飯は久しぶりだよ」
「それは良かった」
「貴族だって勘違いされるし、お金もないし、上着を売ったらいいんじゃないかってことになって」
コーディの視線が、ふっと私に向いた。
「いいんですか? その上着は、奥様からもらったものじゃ」
「――え? オクサマ?」
私が曖昧にうなずくと、複雑そうにククルが口を閉じた。
「ククル、気にしなくていいのですよ。彼の言う通りこれはもらいものです。ですが、私のことや旅のことを気にかけてくれたククルの気持ちを無下にできなかった」
この子はこの子で、色々と旅のことを考えているだなと思うと、それが少し嬉しかったのだ。
「ううん。僕、そうだと知らなくて」
「言ってませんでしたから、気にしないでください」
「奥様はお元気なのですか? この子と旅をなさってますが」
「――はい。元気ですよ」
私は用意していた答えを告げた。せっかくの席で暗い話はしたくなかった。
話題を変えるように、私はコーディの今の職場の話を訊いた。
今は貴族がよく訪れる高級店の見習いとして日々仕事しながら腕を磨いているそうだ。
近況の半分はオーナーでもある店主の愚痴だったが、なんとか続けているらしい。
私たちの話が退屈になったククルは、外に出ていった。リオンとミロと遊ぶのだろう。
「料理、とても美味しかったです」
用意された分をたいらげて、私はナプキンで口元をぬぐった。
「そう言ってもらえて嬉しいです」
「私に何か用があったのではないですか?」
コーディは目だけで私を窺うと、かぶりを振った。
「敵わないな。旦那様には」
「今の私にできることはとても限られていますから、あてが外れたのではないですか?」
「そんなつもりは……」
噂の真偽を確認したコーディは、酷く落胆したようだった。それは、私と交わした約束のせいだと思ったが、その話題を持ち出すと、少し間があった――まるで、思い出すかのような間が。
だから、違うのだなと。ガッカリした理由は別にあるのではないかと私は考えた。
私が真っ直ぐコーディを見つめると、彼は負けを認めるように目線を手元に落とした。
「実は、ここに招いたのは、お金の相談をしたかったからなんです」
「今や私よりあなたのほうがお金持ちでしょうね」
自嘲気味に笑って、私は先を促した。
「俺、店を持とうと思ったんですが、そんなお金もないし……そんなときに旦那様が通りがかって」
「……で、私に資金を借りようとした?」
「平たく言えば。でも、俺の今の腕もわかってない旦那様が、簡単に援助してくれるとは思えない。だから、今日家に来てもらって、俺の料理を食べてもらえば説得力があるんじゃないかと」
「なるほど」
彼が今の職場に不満を持っていることは、愚痴の時間からして察せられる。店を持ちたいと思うようになるのも、料理人なら自然なことだろう。
「コーディ、使い走りをさせられているのが店でのあなたの現状です。独立は、オーナーシェフに認められてからが筋でしょう」
「そういうもんですかね……」
納得いってないのだろう。
屋敷にいた頃から気が合った私なら、要求を呑んでくれると思ったに違いない。
「コーディ、いいですか」
「……はい」
「助けを求めるときは、自分の足で立って歩けるようになったあとです。それでなくても、努力をした人間であれば、勝手に誰かが手を差し伸べてくれます。安易な選択は自分を苦しめることになります」
若さと野心と焦りと日々の不満。
それが折り重なって決断を急がせたのだろう。
こうして語る私も、幾度も失敗した。人に説ける立場ではないが、私の経験がコーディのためになればと思った。
これ以上話をする空気でもないので、私は財布から銀貨を二枚出してテーブルに置いた。
「ご馳走様でした。美味しかったのは確かですよ」
「い、いいんですか? あんな理由でここに来ていただいたのに……」
「敬意を払うべき技術と能力があれば、対価を支払うのが私の信条です。それに、食材もタダではありませんしね。勘違いしないでほしいのは、夢を応援しないわけではないということです」
説教されて暗かったコーディの表情が明るくなった。
「今は銀貨二枚です。いつか私に金貨を出させてみなさい」
「あ、ありがとうございます! 俺、頑張ります!」
「また会いましょう」
軽く会釈して、私は家をあとにした。
すぐ先の路地でリオンとミロとククルがきゃっきゃと追いかけっこをしている。
「もう夜です。お休みの方もいらっしゃるでしょう。静かになさい」
「はぁーい」
「わふーん」
「むーん」
白熱していたところに私が冷や水をかけたせいで、一人と二匹は急激に白けたようだ。
まったく、この子たちは。
町の散策と観光をしていたせいで、宿がまだ探せていない。
無事、安宿が見つかるといいが。
「さっきのご飯おいしかったね」
「そうですね」
「タダであんなの食べれるなんて得した気分!」
るんるんのククルだが、銀貨を支払ったことは隠しておこう。
請求されてないのにお金を支払うなんて、と渋い顔で私を詰るに違いない。私のポリシーを語っても、それで腹が膨れるのかと突きつけられたらぐうの音も出ない。
どうかバレませんように、と私は祈りながら夜の町を歩いた。
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