第13話忘れ形見
「坊や、わかるかい」
大工の一人が確認すると、ククルははっきりうなずいた。
「うん。本当に、ざっくりって感じだけど」
亜人種のククルは犬系の半獣だ。
だからそんな芸当ができるのだろう。
「この子、怒ってる」
「それは、私でもわかります」
「ねえ? なんでそんなに嫌がるの?」
話しかけると、犬の唸り声が小さくなり、ククルをじいっと見つめた。
しゃべるというよりは、ボディランゲージのように、尻尾をゆらしたり地面を掻いたり、小さく吠えたりを繰り返した。
「この子にとっては、大事な場所みたいだよ。だから、壊そうとする奴は許さない、的な」
区画整理がどうこう言っても犬にはわからないだろう。
「ククル。大工さんたちは取り壊し工事ができないと困るようです。どうしたらここを去ってくれるでしょう」
乱暴に連れて行こうと思えば出来るのだろう。
だが、そうしないのに私は引っかかった。
意思疎通を試みるククルをよそに、私は大工さんたちに尋ねた。
「危険かもしれませんが、捕まえて無理やり連れていくことはできますよね?」
先を譲り合うような空気が流れ、代表の大工さんが教えてくれた。
「この家は、大工仲間の家でね。そいつが、色んな廃材かき集めて一人で作った家なんですよ。築年数以上に古そうに見えるのはそのせいです」
「一人で? すごいですね」
「根性が据わってたんですよ。一人でコツコツ建てて、一年くらいかなぁ」
あまり大きくないとはいえ、平屋建ての一軒屋を一年……。
職人の技量を考えれば難しくないのかもしれないが、何をどうしたら廃材でちゃんとした家が建つのか私には想像できなかった。途方もない作業に感じられるが、腕利きならどうやらそれも可能らしい。
「大工仲間の家だから、壊しにくいということですか」
「まあ、簡単に言やぁ、そうです」
請け負ったからには解体するしかないのだが、犬から激烈な抵抗に遭っているのを理由に、まだ作業に入らないでいるという。
「この茶色の犬、ミロって名前なんですがね。飼い主によく懐いてて、仕事の現場にも勝手についてきちまうようなワン公だったんです」
「その飼い主がこの家の持ち主で、あなたたちの大工仲間ということですか」
私がまとめると、大工さんたちはそれぞれゆるくうなずいた。
「……そんなに懐いていたのに、どうしてこの家にいるんです?」
ここは空き家で、見たところ人が最近暮らしている気配もない。飼い主のところへ行かないのだろうか。
ククルは、ミロとの意思疎通に再び成功したが、浮かない顔で首を振った。
ミロは頑として動く気はないそうだ。
「ミロの飼い主は、先月流行り病で亡くなっちまったんです」
「……そうでしたか」
「ミロは、じゃあ、そのことは知らないんだね」
ククルが言うと、代表の大工はうなだれるように首を垂れた。
「ああ。そういうことだ」
ミロは、帰ってくるはずの飼い主を、ここで待っているのか。
手作りの家を何者かが荒らさないように、玄関先で不審者を威嚇して、守っているのだ。
「この港の朝市は結構な名物になってますんで、このあたりをいっちょ整理して、広くしようっていうのが領主のバンドール様のお考えなんでさぁ」
あの方なら、そういった差配も納得だった。
フランチェスコ・バンドール侯爵。私より二回りも年上のご老公だが、やり手として有名な侯爵様だ。ケインのククリシュラ領、私がかつて治めたドラスト領などを含めた王国東部では、バンドール様が一番位が高い。
バンドール様には孫娘がいるのだが……まあ、今回の件とは無関係だから口をつむごう。
「まだ猶予があるんで、ミロの機嫌がいいときにって思ってるんですがね……坊やの話じゃ、ずっとこのままかねえ」
私亡きあと、リオンはどうするだろう。
彼はまだ若いフクロウで、きっと私のほうが先に死ぬ。
そうと知らないリオンは、どこかで私を待ち続けるだろうか。
私のことなど忘れて自由に生きほしいものだ。いや、死を知ったら一週間くらい悲しんでほしい。そしてときどき思い出してほしい。これが本音だ。
「むっむー」
どこからか飛んできたリオンはご機嫌に私の肩に乗る。彼との別れを想像すると切なくなってしまい、思わず目が潤む。
「飼い主さんは、どんな方だったんですか?」
「まだ若くて……ああ、ちょうど兄さんと同じくらいの歳でね。背格好も似てる。港町は、どこからか持ち込まれた細菌がたくさんある。よく体調を悪くしてたよ。ここじゃ、頑丈じゃねえと簡単に寝込んじまうもんだ。でも、ヤワな分、腕は良かった」
悼むように大工さんは目を細める。私はひとつ思いついたことがあった。
「取り壊すにはまだ余裕があるんですよね」
「一応」
「背格好が似てるなら、私が飼い主さんになりすましてミロをこの場から連れていくというのはどうでしょう」
思いつきを口走ったが、他にいい案もなかったのだろう。
大工さんたちに反対する理由もなく、賛成してくれた。
「やってみなよ」
ダメ元で、と頭につきそうな言い草だったが、手を貸そうという私の気持ちは受け入れてもらえた。
「いやいやいや。絶対バレるって。無理無理」
ククルだけは否定的だった。
「やってみないとわからないでしょう」
やる気になった私は、亡くなるまで着ていたという遺品の衣類を治療院まで受け取りにいった。
幸いにも衣類は捨てられておらず、治療院側も扱いに困っていたようだったので簡単に渡してもらえた。
「なんでこんなことするのさー?」
あとをついてくるククルが不思議そうに言った。
「大工さんたちが困っていましたから」
「……アルベールは、困っている人がいたら助けるの?」
「ええ。可能な限りは」
「次の町、行かないでいいの?」
「はい。今は行かなくてもいいのです」
「適当な旅だね」
「自由と言ってください」
家の前にまだ残っていた大工さんたちに、飼い主の風貌を尋ねて、変装することにした。露店が並ぶ通りにやってきて、聞いた通りの見た目になるように小道具を買っていく。
「そこまでする必要あるー?」
いよいよ不満そうなククルは、唇を尖らせて言った。
「私にできることがあれば、してあげたいのです」
「無駄遣いしないほうがいいんじゃないの?」
「うっ……それは」
一瞬言葉に詰まったが、「無駄なことではないですよ」と私は屁理屈をこねる。
「無駄遣いだって自覚、ちょっとあったくせに」
痛いところを突いてくる。
気を取り直して、私はククルに言った。
「親切にしてもらうのではなく、まず、してあげることです」
「?」
「まわりまわって、巡り巡って、いつか誰かに『親切にしてもらえる』ようになりますから」
信条と言えば大げさだが、基本的にいつもそう思っている。
ククルにはまだ早かったようで、わけがわからないという表情で、あたかも私が議論を煙に巻いたかのような反応で首をかしげていた。
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