第8話突然の再会


 ククリシュラ領を出ていってから、しばらく道なりに歩いた。


 野草や果実の知識があったことと、リオンが近場の果樹を見つけて戻ってきてくれるので、満腹とは言わないまでも空腹に苦しむことはなかった。


 ときどき、街道を通る行商人から食べ物を買うこともあったが、無駄遣いはできないので最低限のパンと干し肉を買い、果物に飽きたら食べるようにしている。

 食べられそうな果物を見つけたリオンの案内で林の中に入り、食べながら休憩していると、リオンがいきなり鳴き出した。


「むッむうッ」


 切迫感が鳴き声でわかり、私は切り株から腰を上げ、落ちていた木の棒を手にする。

 すぐに獣の饐えたにおいが風上から流れてきて、腐葉土を踏みしめる音が聞こえた。前方の茂みからぬっと姿を現したのは、イノシシだった。 

 私の食料のにおいに釣られてやってきたのだろうか。イノシシはまっすぐこちらを見据えて突進してきた。


 毎年怪我人を大勢出しているイノシシ。ドラスト領でもそうだった。

 肩に乗っていたリオンが飛び去る。私の邪魔にならないようにだろう。

 荒い呼吸を繰り返すイノシシが迫る。口元では涎が泡となり、聞き取れない何かを喚いていた。


 私は棒を構えて、一度大きく息を吐く。

 間合いに入ってきたイノシシの眉間に渾身の力で棒を叩き込む。悲鳴を上げたイノシシは進路を急転換。そばにあった巨木に衝撃音とともに突っ込み、ぐったりと横たわった。

 死んだわけではなく、気絶しているようだった。ほっと私は息をつき、棒を放り投げた。


「むぅぅ~」


 安心したような鳴き声を出したリオンが私の肩に戻ってくる。


「助かりました」

「むうむう」


 私がお礼を言うとリオンは得意げな声を上げた。

 また襲われないとも限らないので、早々に林を抜けて元の街道に戻る。さっきは獣だったが、一人でいる旅人など盗賊からすれば狙ってくださいと言っているようなものだ。今後も用心に超したことはないだろう。


「むっむー」


 くりんくりん、と首を真後ろへ回すリオンが何か言いたげに翼で私の頬を撫でる。

 気持ちいいが、ややくすぐったい。


「今度はなんですか?」

「むむむ」


 後ろをじっと見つめているので、私もつられて振り返ってみた。


「あっ」


 子供が小走りで背の高い原っぱに隠れた。

 さっきのは……。


「私に何かご用ですか?」


 返答がないので原っぱに近寄っていくと、観念したらしく、その子は顔を出した。

 思った通り、ネックレスを買い戻そうとしていた半獣の男の子だった。


「おっさんのこと見てたよ」


 おっさん……。

 領主様やアルベール様と呼ばれていたせいで、ショックなのもあってこの雑な呼び方にはまだ慣れない。


「……私を、ですか?」

「うん。さっき、イノシシをババーンって倒したでしょ」

「さっきのあれを見てたのですか」

「うん! もしかして、強い?」

「全然ですよ」

「でも! でも! イノシシって強いじゃん!」


 何かしらの心得がないと、あの突進の圧力は結構な恐怖を感じるだろう。


「多少心得があるだけです。私自身大したことはありません」


 それじゃあ、と私は会釈して歩き出すと足音がついてくる。

 私がよっぽど珍しいのだろうか。

 おもむろに振り返ると、あ、という顔をして少年はすぐに目をそらし原っぱに隠れる。


「何か私に用があるのではないですか?」

「ねえねえ。どうやったらおっさんみたいに強くなれるの?」

「私は強くないので、もっと強い人に訊いたほうがいいです」

「誰、それ?」

「腰に剣をぶら下げているような方です」


 適当に濁して、私はまた歩を進めるが、やっぱり半獣の子はついてくる。

 家がどこにあるのかわからないが、あの町周辺にあるとしたら、もうずいぶん離れているのではないだろうか。


「こちらに用があるのですか?」

「おっさん、どこ行くの」


 おほん、と私はわざとらしく咳払いをする。


「私は、アルベールと申しますが、あなたは?」

「僕は、ククル」

「ククルさんは、どこかへ行く途中なのですか?」

「ううん」


 では、なぜ私の後ろをついてきているのか。


「おっさ――」

「アルベールです」


 おっさんと呼ばれるのを遮り、目に力を入れて再度名乗った。私の迫真の表情で何かを察してくれたククルは、言い直した。


「アルベールに、僕、ついていきたい」

「ついていく? ダメですけど」

「なんでっ。いいじゃん」

「いいわけないでしょう」

「僕、強くなりたいんだ! アルベール強いんでしょ?」

「何度も言いますが、強くないので、ついてこないでください」

「けちーッ!」


 やれやれ、と私がため息をつくと、リオンも「これだから子供は」とでも言いたげに(私が勝手にそう思っているだけだが)首を滑らかに振っている。


「私は、どこかを目指しているわけではないのです」


 帰る家もないし、この旅にあてはない。

 風が赴くがごとく足を進めているだけにすぎないのだ。

 私に面倒は見られないし、何より彼には保護者がいる。


「お母様のところへ帰りなさい」

「帰らない。僕、強くなりたいんだ」

「帰りなさい。そのほうが、あなたのためです」


 きっぱりと態度を示すと、ククルは唇をへの字に曲げた。


「じゃいいよもう。勝手についていくから」

「……」


 半獣の子と鬼ごっこをするわけにもいくまい。上手くまけたらいいが、ここは見晴らしがいいし足の速さで勝てるとは思わない。少し考えて、私は許可した。


「では、ついてきてください」

「えっ? いいの!?」


 ククルの表情が、ぱぁぁと輝いた。

 このあたりで亜人種が暮らす地域はいくつかある。昨日近辺を通った地域がまさしくそうで、おそらくククルは近所を歩く私を見かけてそのままついてきてしまったのだろう。


 回れ右して元来た道を辿りはじめた。


「どこいくの?」

「ついてくればわかります」

「どこ行くんだろうー」


 ワクワク顔の純粋な子を騙すのは気が引けるが、このまま黙って同行されても困る。


「その肩に乗ってるの何?」

「フクロウのリオンです」

「触っていい?」

「リオンが許すなら」


 肩に乗っているリオンを手に移し、ククルの前に差し出す。リオン自慢の羽を撫でてククルは満足そうだった。

 そうしているうちに、彼の家があるであろう地域に戻ってきた。異変に気づいたククルは、「こっちに来て何するの?」としきりに目的を尋ねてきたが、私ははぐらかし続けた。


「ククル!」


 母親らしき女性が名前を呼ぶと、ククルはすっと私の後ろに隠れた。

 まだ若い人族の女性がこちらに駆け寄ってくる。


「この子を送り届けようと思ってこちらに」


 真の目的を彼女に伝えると、


「!?」


 ククルは裏切られらような顔で私を見上げていた。

 ククル。大人はずるく、目的のためなら手段は選ばないのですよ。


「もう、どこに行ってたの」

「僕、アルベールについて行くって決めたんだ」


 え、と母親は私に目線を送ってくるので、「違いますよ」と即座に否定した。


「あとをずっとついてくるので、どうしたものか困っていたんです」

「すみません……」


 ペコペコと母親は頭を下げた。


「母さん、話したでしょ。この人だよ。この人のおかげであのネックレスが買えたんだ」

「あなたがククルに親切にしてくださった方でしたか。アルベールさん、その節はありがとうございました」

「いえいえ」

「この人なら母さんも安心でしょ?」


 そういう問題ではないだろう。

 私には、どうしてこうなっているのか話が見えない。


「仕方ないこと言ってないで、家の仕事を手伝ってちょうだい」

「やだ!」


 私は逃げようとするククルの腕を掴んだ。

 彼女に任せて先に進んでもいいが、また目を盗んで私のあとを追いかねない。きちんと事情を説明してもらったほうがいいだろう。


「どうしてククルは家を出ようとしているのですか?」


 私が尋ねると、自宅に案内された。


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